16話 覚悟
※注 “死体”の描写があります。
三人ともに胸を引き裂かれていた。
胸の空ろから抜かれたはずの心臓は、辺りには見当たらなかった。
魔物が最も好むといわれているのは。
人の心臓辺りにあり魔法の発現を司ると言われている“魔導器官”。
そこに宿る魔法の源であるところの”体内魔素”。
いわゆる通常”魔力“と呼ばれている力。
一説によれば、濃密なる魔素の塊である奴等は、それを食らい続けるうち現世に受肉するのだという。
「冒険者組合へ登録された冒険者たちの様です。
製材組合名義の偽の依頼書、描きかけの地図、結構な額の金が出てきました。
樹木の育成具合の調査を請け負った…と言う体で”男爵家の森”の地形・獲物秘匿場所や人員の隠れ場所などを調べていたとみられます。
この時節、有り体に言って尊多商会の手配した連中でしょうね」
「証拠はないがな」
『誤って森の結界を壊してしまいました、でも進入はしていません』と、殊勝にも出頭して来た胡散臭い冒険者の話は、緊急伝令によって木ノ楊出流領軍、乱破頭出翁礼騎士爵のもとへもたらされた。
早馬を騎って現地へ到達すれば、果たして複数人の進入した痕跡。それを辿って来たるところのこの惨状。
「自ら結界を壊してしまいましたと名乗り出るような殊勝な冒険者が、半日以上も遠回りして昼飯食ってから出頭なんてするかよ」
「まあ、間違いなく罪状分散のための共犯でしょうね、私達は結界は壊していない、開いて居たので入口だと勘違いした…とかナントカ…」
「状況証拠だけだし、当人らは証言出来なくなったがな。
”殊勝な冒険者”殿には冒険者三名殺害容疑で暫く留置所の冷たい粥でも食っていただけ。
小賢しくも我が木ノ楊出流領軍警備部を謀ろうとした報いは受けて貰わねばならん、日頃優しい領兵様も、舐めたらシヌで?と骨身に染みねば領民の安寧は図れんわ」
諸々の手配を部下に任せ、再度惨劇の場の観察を行う、現状森の中で何が起こっているのか、手口からすれば【小鬼】の群れ、それも死体の惨状から見て十匹以上によってたかってなぶられている様子が伺える。
奥地に魔物の発生点を持つがゆえに”男爵家の森”として封印を施され、一般人の侵入を禁止してきたこの森ではあるが。封印の縄張りからたかだか一刻(約2時間)程度の浅層で、はぐれでもない【小鬼】の群れが出現するなどこの百年程の記録には無かったはずである。
それにしても十数匹の【小鬼】の群れ如き、殲滅は無理だとしても魔物とは戦いなれているはずのベテラン冒険者共が三人も揃っていて撤退戦も出来ないとは如何とも思い難い、構成も盾持ちに弓、斥候と悪くない。
「…嫌な感じだな。今日は…お嬢が”蝦蟇の沼”で蛙狩りか…」
「おい!お嬢の影守を増員しろ、ここにいる中で足の早い者を編成し至急”沼”へ向かえ。私は一度帰りハヤブサオー殿とともに向う、多分そのほうが早い」
そう周囲の部下たちへ下知を取ると、自身は踵を返し跳躍すれば近くの樹木の枝に飛び移り、猿の様に枝から枝へ渡りだした。
(ぬかったわ、お嬢の影守が居るからと今日ばかりは坊主の監視を外したが…万一の時は…気張れよ!お漏らし坊主!)
心で呟きながら、正武・出翁礼は、ひらり、ひらひら宙を舞い、先を急ぐのだった。
◆
『!警告!スポォークッ!警戒!』
イナヅマの叫びとほぼ同時に
ドんッ!
鈍い金属音が響き、傍らの樹木に当たり、地面に転がったものは。
ひし形の刃に持ち手の付いた、小刀”苦無”であった。
「なっ!」
おそらくは、苦無の投げられた方を見れば、誰か、倒れた人の上に馬乗りに群がる、こども?の群れ???。
「止まるナッ!諏訪久!駆け抜けッ!」
諏訪久の傍らを莉夢が杖を構えながら通り抜けた。
「【小鬼】!約十!走れっ!」
左手に弓、右手に一本の矢を携えたお嬢様も走り抜ける。
『逃げろ!考えるな!走れ!』
Za.Za.
イナヅマの指示に先行する二人を追う。
何が起こっているのか
Za.Za.Za.Za.Za.Za.Za.Za.
倒れていた人も気になるが、多分あの人が苦無を投げて知らせてくれたんだと思う、だとしたら叫ぶ事も出来ずに襲われた?
【小鬼】てそんなに強いって聞かないけど、大人ならともかく子供じゃ戦っても勝てるかわからない、ならば全力で逃げて、逃げて逃げ切るか。大人の居るところまで引っ張って倒すのは任せるのが最良の手段か。
莉夢もお嬢様も、一瞬で考え行動している。
走りながらやっとここ迄思い付く自分のバカさ加減が恨めしい。
前を走るお嬢様が走りながら弓に矢をつがえた。
Za.Za.Za.Za.Za.Za.Za.Za.
「シッ!」短く鋭く響く、噛み合わせた歯の隙間から息を一気に噴き出す時の音。
先頭を走る莉夢はその音に反応したのか進路を左へずらす、莉夢の身体が無くなった空間。
その先にいた【小鬼】の胸に矢羽根が突き立ち
繝√け繧キ繝ァ繧ヲ!繝、繝ゥ繝ャ繧ソ
(チクショウ!ヤラレタ)
奇怪な哭き声と共に後ろに倒れる
その隣の【小鬼】は一瞬気をとられた隙に、莉夢の手にいつの間にか握られていた紐。
その先に付いた、おそらくは適度な重石などが入っているであろう頭陀袋に、走行加速+長身及びしなやかな全身の発条から生み出される力をを添えて。
すなわち、走る馬上から斜めに振り下ろされる鞭の先端に付いた分銅。それを食らった【小鬼】の頬骨は
繝倥ヶ繧・!
(ヘブゥ!)
見事に粉砕され道の端に吹き飛ばされたのは当然の結果だろう。
Za.Za.Za.Za.Za.Za.Za.Za.
情けのない事に二人の切り開いた道をただ駆けるボク。
何が出来る?ボクに何が。
『諏訪久!、更に前方に何匹か【小鬼】が居る!待ち伏せされているぞ!』
ぜぃぜぃ
「お嬢!…さまっ!前に…もっ、ゴブっいるっ…」息も絶え絶えに叫ぶ
ボクの声に気づいたのか、お嬢様は右方向を指しながら「莉夢っ」先頭にも声をかけ。僕らは道から森の中へ進路を変える、歩調は落としながらも歩みは止めない。
「(はァ)こんな浅い場所で(はァ)予想以上に多い(はァ)どの道、この速度で(はァ)移動は続けられない」
「諏訪久、なるべく地面は乱さないで、(はァ)【小鬼】ごときに”斥候”の真似事ができるとは思わないけど…さっき(はァ)の”影守”潰しやこの先の待ち伏せを考えると、妙に賢い【小鬼】どもだわ(はァ)」
お嬢様は、何やら樹木の枝を触っていたが、道から見えない方に向かうと茂みの裏へ入り込んだ。
「奴等がどれだけの集団か分からない…突破か、何処か…地形が、…個別撃破可能か…」
小声でぶつぶつ呟きながら、道から外れていくお嬢様。ボク達従者は後に付いて行くのみ。
小声で呟く「イナヅマ…“貸し”を全部使いきってもいい、何とかこの場を切り抜けたい」
『承知、探知装置の感度と範囲を拡大をしたい、君の魔力を直接貰うぞ』
魔力充填する時の様に体内で何かが動く感触。
ただし、いつも通りの手の平からでなく胸の辺りから流れ出している感じ。
『索敵範囲内の【小鬼】は十四匹、さっきの二匹は死んだ様だ、待ち伏せの六匹はまだ気付いていない、後ろの八匹は我々を見失った後、こちらの茂みにあたりを付けたようだ、道からはずれてゆっくりとこちらへ近づいて来ている。多分弓を警戒しているな。だが気をつけろ、雑多な群れじゃない、統率する奴がいるぞ。そういう動きだ』
はぁはぁ‥
前を進むお嬢様に小さく声をかけた。
「お嬢様…ボクの言う事信じて貰えますか?」
お嬢様は振り向き、真剣な目でボクを見ながら。
「内容によるわ、言ってみて」
―――――ボクはイナヅマから聞いた情報を伝えた。
歩みを進めながらも、すぅと深く息を吸い、数舜思案顔のお嬢様であったが。
「事実だとしたらとてもありがたい情報だわ…諏訪久、私はあなたを信じる、でも…」
何かを言いかけてお嬢様は、
「今はやめておくわ、生きて帰ってから色々話しましょう」
そう言ってぎこちなくもそのほほに笑みを浮かべた。
「待ち伏せ六匹と合流される前に後ろの八匹を叩く、距離があるうちに数を減らす、矢の数は心もとないけど莉夢、アレも使うかも、準備しておいて」
「…承知、しました」莉夢の声に一瞬の戸惑い。
無理やり息を整えたお嬢様は右手に二本の矢を持ち、茂みの影で歩みを止めた。
莉夢は杖に巻き付けた持ち手の布をほどき始める。
先程の頭陀袋から握りこぶし大の石を取り出すと布の中に包み込み、端の紐を杖に引っ掛ける。
『投石杖か…。なかなかにエグイ…』
「あっちでいいのね?」
莉夢は大まかな方向を諏訪久に確認すると、頷きと同時に、思い切り杖を振りかぶりながら茂みの陰から飛び出した。
居た!
瞬時に狙いを定め全力で振りぬく。
途中、その勢いで紐の端は外れ、石が飛び出した。【小鬼】どもの奇声が響く。
ゴすッ
音が響く前に莉夢が折り返し茂みに飛び込む。
耳を澄ませ、ごぶりんの声から大体の位置を把握したお嬢様が入れ替わりに飛び出し、番えていた二本の内、一本の矢を速射、続けて流れるように弦を引き絞り二本目の矢を高速連射。
弓を知らない者でも判る、相当高度な技術だろう。
「行って!」
お嬢様が撃ち終わる前に莉夢に促され更に森の奥へ、なるほど、移動しながら敵の数を減らしていくのか。
踵を返したお嬢様が次の茂みに身を隠す頃。
先程まで僕たちの居た茂みから飛び出してきた【小鬼】は顔面に岩石をめりこませ絶命した。
明らかに敵の進行速度は落ちた。
この隙に距離を稼ぐ。
一瞬で敵の数は半数に!風が語りかけます。強い、強すぎる!。
「喜んでもいられない、そろそろ別働の六匹が合流してくるでしょ。まだ向こうは十匹居るわ」
そうなのだ、そして矢はあと三本、頭陀袋の石だってあと三個ほどだ。
蝦蟇の沼に予備矢を置いてきたのが悔やまれるが今更だ。
「…必ずどこかで近接戦になる、それまでにどれだけ減らせるかが勝負の分かれ目ね」
ゴクリ
思わず唾話飲み込む、腰に差した藪漕ぎ用の剣鉈の柄をそっと撫でる。飾りじゃない、刃物だ。武器だ。
こわい!けど・・覚悟を・・。決める!




