15話 襲撃
gego.…gego.
小休止から更に半刻、ボクらは昼間でも薄暗い沼地の畔に居た。
「で、なんで綱なんか腰に巻くんです?」
なんだか歩き始めたばかりの子供が遠くに行かない様つける安全帯みたいな感じ。
しっかりした綱を腰に括り付けさせられた。
「…命綱よ」
神妙な表情をしたお嬢様がボクをじっを見つめた。
「ご冗談を…」
ここは笑うところなんでしょうか?
「笑い事じゃないわ、命は大切に使いなさい、死ぬまで持つわ」
笑いもせずに淡々と語るお嬢様。内容は定番の酒場の親父話だったが…。
真剣ですか…。半分にやけかけた表情が途中で強張った。
gego.
「そこへ寝そべって」
「えっ、下結構苔っぽいですよ」
こんな所で寝そべったら泥だらけになってしまう。
「いいから、寝そべりなさい、狩り物競争、勝ちたいんでしょ?」
「…はい」シクシク、何が悲しくて一刻(二時間)も歩いて沼の畔の泥の上で寝そべっているんだろうか。
gego.…gego.…gego.
お嬢様の合図で莉夢が…あ、いや、本人がそう呼べって…イヤ、ハイ、スンマセンデシタ。
筆頭従者殿であったところの莉夢が数間離れた場所から綱の反対端を肩から背中越しに斜に巻きつけ体重を乗せて引っ張った。
「イデッデデデデ」
ずりずりと引きずられるボク。
またまた合図を送り莉夢を止めた。
「これならワタシも手伝えば何とかなるわね、引っかからないように出っ張ったものは外しておきなさい」
ボク、これからどうなってしまうの?
gego.…gego.
さっきから蛙がうるさい。
gego.…gego.
莉夢のいる足場のしっかりした、沼と離れた場所。ギリ平らかな?と思える荒れ地に全員集合。
お嬢様訓示。
「これから、蛙釣りを始めるわ」
…まさかですよね。
そっとお嬢様を見る、目が合った。
にっ。お嬢様が笑った。
―――――餌ぁぁぁぁぁぁっ
gego.…gego.
莉夢はそのしなやかな全身のバネをつかい放り投げた。
何を?
着地した小石はころころと転がり、沼の淵の手前で止まった。
繰り返すこと、二度三度。優雅ともいえるスローイング。
gego.…gego.
やがて、一匹の蛙の横に小石が転がった。
gego.
ちろり。
gego.
こっち見た。
gego.
ペタン。跳ねた。
gego.
ペタン。こっちくるの?
蛙といってもこいつら一匹が近所の野良猫ぐらいの大きさあるのですよ。
でも、なんか変だ、かなりの違和感がある。
「お嬢――様?」
「気が付いた?」
そうだ、近所の池で蛙の合唱に石を投げたら普通は鳴き止むし石が落ちた辺りの蛙は逃げていく。
こいつ、ボクたちの方へ向かって来る。
「油断しないで、【editor】をいつでも使えるようにしておきなさい」
言いながらお嬢様は背負った矢筒から一本の矢を抜き、小型の弓に番えた。
『很好(いいね)!興味深い、彼女天才じゃないのか?』
はい、久々の”へんはお”イタダキマシタ。
gego.
ペタン。
gego.gego.
ペタン。
丁度、ボクらと沼の淵の中間辺りに差し掛かったとき。
久々に来た!窓が開いた!
紋様反転!手を払う!(このアクションは不要だと判明してますが、ヤッパリ…ね?)
消去完了!
「やっぱり、あの辺りが射程なのね、あと二跳ねしたら射るわ、引き続き【editor】よろ」
蛙は二歩目の着地を生きながら踏むことはできなかった、瞬間にその生を終えたからだ。
地面に縫い止められた蛙を尻目に、小石で呼び寄せ弓で射るを2度繰り返した時、それは起こった。
一番最初に射た蛙の死体から白い湯気の様なものが立ち上り、その全身を覆ったかと思えば、数舜のうちに死体は湯気と共に消え去ってしまった。
「消えた…?」
「いいえ、よく見て、矢の辺り」
確かに、よく見ると地面に突き刺さった矢の脇に小さな、白っぽい貝殻の様なモノが落ちている。
「あれが魔石よ」
魔石というと、魔導照明とかの魔力を溜めるとき充填するのは魔道具の中の魔石へだと充填屋のオヤジが言っていた。
「あの蛙は【催眠蝦蟇】
【睡眠】の魔法を使って来る魔物よ」
当たり前の話だが魔石は魔物が落とす、というか魔物が死んで時間がたつと魔素に戻って空気の中に溶け込んでしまうものの、魔物の核である魔石だけは溶けずに残るのだそうだ。
そして忘れてはならないのは。
「魔道具に加工していない魔石を保管するときは必ず魔素遮断袋に入れる事、空気中の魔素を一定以上吸収した魔石は魔物に戻ることがあるわ」
恐ろしや、【催眠蝦蟇】が家の中で顕現するとか?冗談じゃない。
「あと二匹釣ったら魔石と矢を回収するわ、諏訪久お願いね、余り沼には近づき過ぎないで、流石に寝ちゃったアンタを引っ張るの大変だから」
「あ、それで命綱…」
「そう、莉夢じゃ私達二人で引っ張るの大変だし、アタシが行ったらアンタの出番無いわね、行く気はないけど」
5匹の蛙の魔石を回収し終えるのにだいたい半刻(約一時間)と解り、あと二回繰り返して帰ることにする。
昼飯中にお嬢様の”狩り物競争勝ち勝ち大作戦”(…)の概要が発表された。
「勝利条件は獲物の価値、数、難易度を総合的に判断して冒険者ギルドの獲物の買取査定額で決める事になったわ、となると1番効率が良いのが魔物の魔石になるって訳。
兎なんて一羽で四分銀貨とか下手すれば白銅貨二枚よ、しかも森中歩き回って1日何羽捕れることやら、猪を獲ったとしても一頭担いで帰れば半日は潰れる、せいぜい二頭で銀貨二十枚が限界。
比べて魔石なら蛙ちゃんの極小魔石でも1個最低銀貨一枚、一刻(二時間)で銀貨十枚、当日はもっと矢を持ってくるし、運搬の問題も無視できるから時間いっぱい狩れるし効率は上がる。二刻あれば銀貨二十枚以上行けるでしょ、向こうが【大躯】とか【王牙】の魔石でも、持ってこなきゃ負けるわけないわ、たった三人で【大躯】倒せったって無理な話だろうし」
完璧じゃないですか、お嬢様。
パチパチパチ。ボクと莉夢はお世辞抜きで賞賛の拍手を送った。
「フフフ、もっと褒めてくれていいのヨ?どうせ、向こうは先に採って隠しておいた獲物を回収したり審判抱き込んで隠れてた大人数で狩ったりするんだからこっちも事前に魔石集めておいてどさくさ紛れに水増ししたって構うもんですか」
カラカラと笑うお嬢様に僕等は顔を見合わせ、苦笑いする。
結果、一刻半(約三時間)かけて三回戦をこなし、十五個の魔石と1つの”落とし物”を回収した。
魔物は魔石の他にも希に物品を落とす事がある。
【催眠蝦蟇】は”魔物の髭”という指ほどの長さの細い金属棒に小さな縞々のひょうたんが串刺しになったアイテムを落とした、イナヅマはそれを”レジスター”と呼んだ。
親父の仕事場にも転がっているもので、魔導武具や魔道具の部品として修理時に使うものだ。
売値は赤銅貨数枚程度だけれど一応戦利品として取っておくことにした。
狩り物競争当日までに何度か通う予定で、大荷物である命綱や予備の矢などを一応見えないように隠す。この森の管理している男爵様のご家来衆にはお嬢様から一言伝えておいてもらう手筈だ。
泥棒?立入禁止の領主さまの森の中で、この沼までやって来て盗むほどに価値がある品物なら…だけど?
日はまだ高いけれど帰路に就いた、帰りの時間を掌握しておく必要があるので早めに切り上げた、当日は時間いっぱいギリギリまで粘る予定だ。
◇
もうしばらく移動すれば水筒補給用の小川がある―――――そんなときだった。
『!警告!スポォークッ!警戒!』
イナヅマの叫びとほぼ同時に
ドんッ!
鈍い金属音が響き、傍らの樹木に当たり、地面に転がったものは。




