14話 雍�
ぜっぜっはぁはぁ
「えー諏訪久、ここ迄体力無かったんだ、ちょっと想定してなかったかな~」
ボクとしては普通の中学生はこの程度かと思います、九厘とかが体力バカなだけです、お嬢様。
いま、ぼくたちは森の中にいる。
狩人衣も麗しきお嬢様と、いつもの執事服に替え、全身マントを巻きつけた旅人衣に頭までそっくり布で包み金眼のみを覗かせた美丈婦との三人で。
それだけなら、すわプチハーレムか! とも思う訳だけどもうかれこれ小半刻(約一時間)森の中を延々と進んでいる。
「あーこんな進み具合だと日が暮れちゃうわねぇ」
お嬢様は思案顔で呟いた。
先日の定例狩猟の決闘騒ぎ後。
当然ながらこっぴどくしかられたらしく、久しぶりに母上君から切諫食らったと、暫くの間顰め面でお尻を庇ってヨチヨチ歩きしていたお嬢様。
チョットドキドキしてしまったのは内緒だ。
細かい条件が男爵家と尊多商会とで決められた。
尊多商会は男爵家とも五分に渡り合ったと言う喧伝的な成果か得られるのならば従者の件は出来たら……程度の思惑だったようで、そちらの条件はボクの出した条件通り進退伺いと上慎の推薦で良いと決まった様だ。
それよりも。
街道中随所に掲げられた、《男爵家令嬢 対 商会副会頭子息 狩り物競争の乱!!》の看板、何とかならないだろうか?
お嬢様と上慎のドアップはともかく、お嬢様の下に小さく筆頭従者殿とボクの似顔絵も描かれていてメッチャ恥ずかしい。
母ちゃんは商会の知り合いから宣伝用のポスターを貰ってきて額装して飾っている。
もちろん、商会の独断ではなく男爵家もいっちょかみしておりイベント化させ広く観光客を集める方向にすすめていく方針の様で尊多商会がお祭り全てを取り仕切ることになり莫大な利益が見込まれるとのことだ。商魂逞しいことで。
片や男爵家もさすが転んでもタダでは起きないと言われる貴族家である。
一時的にではあるが見込める地域経済の活性化と木ノ楊出流領良いトコ一度はおいでと喧伝に余念が無い。
領外れの温泉宿街も突然の臨時集客のチャンスに色めき立っている。
家令様が
「臨時課税で○○の毛まで毟ってくれるわ」
と邪悪な笑みを浮かべていらしたのはボクは見ていない。
見てないよ?いいね?
ちなみに今回の騒ぎの発端ともなったお館様からは
「あーそんなことあったかも、忘れてた、ゴメン、よしなに」
と、お単身赴任先である県太守朱秘頼図弩伯爵領からご返信がもたらされたとの由。
早文を読む家令様の手がプルプル震えていたのも見ていないったら見ていない。
閑話休題。
で、なんで三人で森の中を行軍しているかと言うと。
「当然私達も参加するわ、三対三で狩りましょう」
と、お嬢様が捩じ込んだのと、
「曰く古来より勝負に勝つには天の時、地の利、人の輪が重要と言うわ、天の時と人の輪はウチの完勝だから後は地の利を極めれば勝利は揺るがなくない?」
お嬢様、輪→和です。しかも天の時の根拠は如何に? 勢い?
と言う事で男爵家特権を最大限に活用し現地特訓を行うことと相成りました。
あちら側も現地訓練したら同じでは?
という問には、お父様から許可が貰えればだけどね。
そもそも打診もないし、打診があっても麗芙鄭が何かフッかけるだろうし、例の“よしなに”の件でお母様から直筆の早文が送られて居るから、お父様からも多分無理ね、勝負当日まで帰って来れないみたいだし、色々な意味で。
と、お嬢様のとても下級生達には見せられない笑顔。
こんなときやはり家令様と血の繋がった御親戚なんだなぁと思うのです。
「どうせ向こうも二人は手練の冒険者を雇うのよコレぐらいのハンデで丁度よ」と屈託もなく。
地元の狩人には流石に領主一家に弓引くモノは一人もおらず。
寧ろここが狩人ギルドの見せ場と当日の安全確保と不正防止の審判役を買って出たそうな。やるな~と関心していたら。
「日頃は入れない森だからね、現地を見て色々とアタリをつけて置きたいんだろう」と、家令様。政治って怖い。
更にしばらく進むと、少し開けた所で小高い丘に出た。
「ここで小休止するわ」
筆頭従者殿はサッと背に負った敷布を木陰に拡げ、テキパキとお嬢様の簡易休憩場所を作る。
すみません、手伝って居るだけのボクは今にもヘバリそうです。
「あの窪地の先に小川があるわ、冷たい水を汲んできてくれない? ちょっと滑るから二人で行ってきて」
ゴロリと横になりながらお嬢様は空になった水筒をポンと投げ寄越した。
従者は自分の都合で水汲んだりできないからこういう時ついでに補充しときなさいという配慮らしい。
優しいなさすがお嬢様やさしい。
お嬢様の元を離れる事を躊躇する筆頭従者殿に
「何かあったら叫ぶからすぐ帰って来て」
と伝え、先日の大音量を思い出しながら僕等は頷いた。
小川で自分の喉を潤し水筒を満たしているとき。
「諏訪久、話がある」
ドキリ、日頃無口な同僚が業務以外で話しかけて来たなんて初めてじゃないかな、もしかしてだけど、もしかしてだけど。
どきどきしながら莉夢嬢の顔を見上げる。
「私は、貴殿に礼を言わねばならぬ」
?驚いて居ると。
スルスルと頭と顔に巻いた布を解き現れる端正な顔立ち。
栗色の肌と金眼のコントラストが眩しい。
深々と頭を下げ、
「貴殿があの日救ってくれた子は、私の命より大事な弟なのだ、ありがとう、貴殿は私の恩人だ」
「へひっ?」久々に変な声出た。
あのボロ布…もとい、ボロ布殿?様?
あの日、莉夢嬢は弟を残し、その夜の寝床と食料を確保するために町中に出て居たらしい。
まさか、その日に街道でハレの行事があるとは知らずに。
一定の居場所を持たない流民はハレの表には立たないのが普通だ、その土地に税を納めていないのだから為政者が住民の為に施行する行事を楽しむべきではない、という考え方がこの国の民にはある。
姉不在の時、ハレの行事にでくわしてしまった弟はどうしてよいか分からず、その場でオロオロしていたという。
そんなとき、道の反対側にいた子供が持っていた焼き菓子を落とした。
流民の生活は楽ではない、菓子なぞ偶に気の良い住民が分けてくれた時位しか味わう機会はない。
菓子を落とした子供は、行列が来る前に裏通りへ親に手を引かれて行ってしまった。
貴い方に”そそう”をしてしまう事を恐れ、幼い子供は行列の近くに出さないのが普通だ。
若様や家令様の様な庶民に優しい貴族ばかりではないのだから。
弟は、その菓子を拾おうと飛び出してしまった。
「弟は街道を守備していた私服の領兵殿に救けられお屋敷に送られた。
その方に聞けば、貴殿が体を張って時間を稼いでくれたからこそ救けることがかなったのだと聞いた。
弟は私の命だ、救けてくれてありがとう」
語尾は擦れ。雨でもないのにハタリ、ハタリと雫が足元の石を濡らす。
そのまましゃがみ小川の水でジャブジャブと顔を洗い、再び顔に布を巻き付ける莉夢。
「お屋敷に保護されているときに、家令殿がたまたま所持していた《魔導小板》で私の能力を診てもらったところ、お嬢様のお役に立てるモノを持っていることが分かり、姉弟共にお屋敷で雇ってもらう事もかなった。
流民の子供が領民になることが出来ただけでも望外の喜びである。
そして、お嬢様は名の無い流民の私に名前を下さった、お嬢様の……美都莉愛様の夢、莉夢と」
「お嬢様も貴殿も二つの意味で私の恩人だ、私に出来ることであればいつでも手を貸そう、もっとも私の命も身体もお嬢様の為に使うと決めているので出来うる事は限られるが」
さっきからずっと、小川で顔を洗い続けていますけど、何か?
今日ほど「情けは人の為ならず」という言葉を真の意味で納得できた日はなかったし、あの時の自分をメチャクチャ褒めてやりたいと思った。
ピロリん♪『オジサンモウダメデス(´;ω;`)ウゥゥ』
…この人は…。
◇◆
「GUoooo…Garrrrr」
森の一角に響き渡る音があった。
赤金色の髪が特徴的なうら若き人間の少女。
丘の上であられもない姿で寝入っている。
はるか遠目に、その肢体を見なめる無機質ないくつもの目、目、目…。
その薄い唇を、赤黒い舌がベろぅリと舐め回す。
その、やけに鋭い歯のギッシリと生え揃った口元が哭いた。
―――――雍�(ニェ)
待て、温泉回(未定)




