12話 定例狩猟
「わかりました、ワタクシの受け持ちは東側の区域で主な任務は後方支援でよろしいですね?」
お嬢様は活動的な狩人衣に着替えられ、よく使いこまれた小型の弓を携えていた。
我ら従者団もそれに準ずるお仕着せがそれなりにはあったけれど、三人組以下同級生有志の面々はほぼ普段着のまま。
よくて野良仕事着である。
「はい、申し訳ありませんが同時に初年生及び軽装者の保護、支援もお願いできればと考えております」
相対する上級生、いわゆる初年生を除く次年生、終年生有志達は、完ぺきとまでは言い難いもののまあまあ充実したそれなりの装備になっている。
ま、少なくとも一年以上は先行してこの狩りを行っていたのだからそうなるのは当然の結果だろう。
「承知しました、ワタクシの従者にも手伝わせますが、よろしいでしょうか」
「もちろんです、ご協力、感謝いたします。木ノ楊出流男爵令嬢」
木ノ楊出流領雨田村国軍駐屯部隊所属倉利州騎士爵令息、初捉様は非の打ち所の無い敬礼を捧げ、踵を返すと次年・終年生行動部隊の指揮に移っていった。
流石、昨年まで若様の副官として定例狩猟を取り仕切っていただけあり様になっている。
敬礼を返した後くるりと回れ右、後方部隊つまり我々に向かって揚々と帰ってくる。
お嬢様。
きちんとした応対もできるんだなぁ。感慨に耽っていると。
「アタシをなんだとおもっているのかな?」
マズい、表情を読まれた。
「若様と同じく全体の指揮をお取りになるものかと」
手を腰裏で軽く組み、休めの姿勢で胸を張ったまま答えた。
「初回で総指揮なんてとれる訳ないじゃない、そこまで馬鹿じゃないわ」
男爵家の森は日頃は一般庶民立ち入り禁止だが、生徒の給食食材確保のための定例狩猟についてはごく浅い区域に限り狩猟許可が下りている。
しかもその東側といえば一番お屋敷に近く裏庭と言ってもいいぐらいの比較的安全な地帯だ。
とはいえ狩人が入っている可猟区の山林野に比べれば獲物の色は濃いらしく、中央学校に通う将来狩人や兵士を目指す者にとっては絶好の練習になっているとの事。
初年生、および軽装者(女子・及び非武闘系参加者)は安全地帯での食べられる山野草採りが基本業務だ。
お嬢様指揮の下残った者たちの中で上級生が班長となり、数人づつ下級生を引き連れて散って行く。
それなりに慣れた様子で、これなら無理なところまで足を延ばして遭難するような者は出ないだろう。
「アタシは莉夢と周辺を巡回してくるわ、アンタはここで待機、何かあったら大声で叫んで、聞こえる範囲には居るわ」
狩人衣のお嬢様と莉夢筆頭従者殿をお見送る、お二人ともに後ろ姿が凛々しく麗しい。
「おい」
莉夢嬢の持つ、持手布の巻かれた杖も使いこまれた感があり、黒光りするアレでシバかれたらさぞ痛かろう…。
「おいっ!」
何か後ろが五月蝿い。この区域で待機して居ていいのは留守居を任されたボクだけのはず。
三人組ですら遠くの方で山菜か何かを摘んでいる。
二人の男子が前に回り込んできた、たしか次年生の教室に居たような記憶がある。目は森を幅広く観察しているので前に回って貰わなければ話ができない。
「遅刻ですか? 狩猟班はもう奥へ向かってますので行くなら急いだほうが……」
と、言ってから二人の服装がこれから汚れ仕事しようっていう人間なら絶対着てこない、シャレ乙なシャツとズボンなことに気が付いた。
イヤな予感しかしない。
「ハァ? 狩猟だって?坊っちゃんがそんな下卑た真似するワケがないじゃあないか!頭おかしいのか?」
坊っちゃんとやらの斜め後ろに位置取ったポチャな腰ぎんちゃくがキンキン声を張り上げた。
頭おかしいのはどっちなのだろうか、領主の娘が嬉々としてやっていますけれど? その下卑たナントカ。
「まぁマテ。彼の様な庶民では僕らの事など理解できないんだろうさ」
全体的に線の細い顎も細い坊っちゃんが上から下までシロジロとねめつけて来る。
確かにボクの理解の範疇を超えている方々だ、値踏みするようなねっとりした視線が控えめに言って最高に不愉快だ。
「お前美都莉愛様の従者だな?」
と、状況見れば誰でも推理できそうなコトをドヤ顔でのたまう。
しかもお館さまのご息女を馴れ馴れしくも名前呼びとは、親戚筋とかでなければゼッタイブッコロ……されるかもしれませんヨ? コノヤロウ。
「ご親戚の方で?」一応確認しておく。
「はっ、やはり高貴な血筋は野良犬にも判ると見える。なに簡単な要件だ、お前美都莉愛様の従者を辞退しろ」
会話になっていないのですが。ってか何を言ってんだ…………………?…こいつ……。
「下郎が!さっさと坊ちゃんのいうことに従え!」
お前は何を言っているんだ?
「まだ、分からんのか?」
まだ、っていうほど説明されてない。
「前々から父上が男爵様にお願いしてあったはずだ、美都莉愛様の従者には尊多男爵家親戚かつ、恩恵技能を授かった《星》であるこの私こそが相応しいと」
この人《星》なのか。
「それを一介の庶民に任せるなど信じられない! まだ遅くない、お前が辞退してその座を私に譲れ」
なんとなく判った。
尊多商会といえばここら一帯の物流を仕切っている一大商会だ、県中央の大商会は利益率が低くて参入してこないから隙間産業的に権勢を保てている商会でしかないけれが、逆にここら辺りの物流は尊多商会無くしては成り立たない。
従者レベルで物流企業とどこまでやっていいのか判断に苦しむな。
こういう時は…。
「上慎、あんた面白いこと言ってたわねぇ」
お嬢様に丸投げだー。
真後ろから響くお嬢様のドスのきいた声に、二人は飛び上がった。
二人の後ろから近づいて来る我が主と筆頭従者殿へは一度も視線を投げなかったので、気が付けなかったでしょ? キ・ミ・タ・チ(ニヤニヤ)
「シマノクニの国法にはねぇ、詐称罪と言うものがあるのよ? 主に貴族の爵位を騙る場合重罪も重罪、縛首のうえ一週間晒し者、一親等以内の親族も連座だけどぉ?」
小首をかしげてやや斜め下から上慎とやらを蛇のように睨めつけるお嬢様。
あまりのお美しさに背筋が慄える。
マズい、好きになりそう……ダメダメ、つるかめつるかめ。
「ああっ! 木ノ楊出流男爵令嬢様、ご機嫌麗しゅう〜〜」慌てて左手を腹に当て紳士の礼を取る上慎とやら。
「詐称などと、とんでもない!我が伯父であります隣領々主尊多は紛れもない……男爵家……」
訝しげに顔を顰めるお嬢様。
「尊多家が男爵?いつ昇爵したの?爵位詐称も同罪たけど?」
マジわからん。と言った表情。
「だ、男爵家などと恐れ多い!ジュ……男爵家でごさいます」
「あ〜〜〜〜?聞こえんなぁ!!」
手を耳に当て、さも聴こえなさ気に顔を近づけるお嬢様。くぱぁりと開いた口から覗く白い前歯とぷっくりした舌が愛らしい。
「じ、準! 男爵家にございます」
あ〜、お嬢様。上慎涙ぐんでますけど? 後のポチャも顔真っ白にしてドン引いてます。
「で?その準男爵家の親戚がどうしたの?」
お嬢様の問いに語尾を震わせながら上慎が答えた。
「その、こちらの庶民出身の従者の事にございます。
木ノ楊出流男爵令嬢様従者の件はわが父が叔父である尊多準男爵様に口添えをいただき、男爵閣下にこの上慎・尊多を如何と打診致しましたところ当面従者を付ける予定はないとのご返答を頂きその折に今後従者選定ありし時にはその候補末席に是非に加えていただきたいというお願いに、“わかった”とご快諾頂いていたところでございます。
ところが先日木ノ楊出流男爵令嬢様の従者がそれも二名も決定されたとの報を聞き及び、よもやあるまいと本日ご内聴に伺った次第」
な、なんだって~。




