112話 狼煙を上げろ
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──────主上曰ク。
魔王復活セシ時 太鼓打チ鳴ラシ狼煙ヲ上ゲヨ
近隣数多ノ村町ハ此レヲ継ギ継ギ県都王都ヘト伝へ全王国ヲ持ッテきのやんでぃるを助ケ再臨ノ魔王ヲ撃チ滅スベシ
コノ約定幾百幾万幾億ノ歳月経ヨウトモ忘ルルベカラズ
初代国王ノ命ヲ持チテ発ス 諸国王侯貴族共努々怠ル事ナカレ
木ノ楊出流領都、御代の中心。
領民達の心のシンボルとも言える中央神殿の塔の中程に。
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片肌脱いで狂った様に時告ぐるる太鼓を乱打する木ノ楊出流領主夫人。
亜瑠美奈・木ノ楊出流の姿があった。
千年時を経て全ての王国貴族に伝わる約束の果し手に今、自分自身がなれた事を誇りに思う。
嫁入り後一番最初に姑に仕込まれたのはこの時を告ぐるる太鼓の打ち鳴らし方だった。
もちろん毎日の時を告げる太鼓のを叩くのは亜瑠美奈の仕事ではないが。中央神殿の神官長として代々の領主夫人が司る真の役目はこれであった。
魔力を込め空間を震わせる様に叩く魔振の太鼓はより遠くに人々の心に響き渡る。
女だてらに一級冒険者をはり魔物退治に明け暮れ、花嫁としては最低だった自分を根気よく指導してくれた義母。
木ノ楊出流の女として最も大切な事だけは及第点だと笑ってくれた彼女と代々重責を引き継いで来た木ノ楊出流の女達の為にも。
亜瑠美奈は心を、魔力を込めてこの太鼓を叩く。
神殿中央塔の上からは、亜瑠美奈の指示により神官たちが千年の間、来たるべきその日の為に準備してきた狼煙草の黄緑色の煙が太く立ち上がって居る。
この狼煙を見た近隣の村々は。
次々と歴代領主との『約定の狼煙』を上げていく。
御代から響く太鼓の旋律と上がる狼煙を受け名来流村の神殿狼煙台からも同様に煙が上がる。
名来流村で狼煙が上がれば向かいの山地の裾、出翁礼騎士爵の所領白部の里の狼煙台が煙を上げ。
峠向こうの霞村、川を挟んでその向こう、有手倉騎士爵領は長渡は南部の糸女、中央の利切、北部の嶋弐と続く。
このまま連綿と村々町々を繋ぎ、県都樫府を通じ王都まで四十里を走る狼煙の中継こそが。魔王の再臨を予言された木ノ楊出流へ初代国王が約束した王国全軍を木ノ楊出流へ集め必ず助けるとの誓い。
その最初の知らせを王都にまで連ねる木ノ楊出流にとっての正に生命を繋ぐ絆の狼煙であった。
──────富嶽和領。
ここは、木ノ楊出流から県都王都へ向う時必ず通過する富嶽和最南の地、河座。
魔王の復活とやらのお伽噺を未だ真に受けている王国から街道貴族へ課せられた狼煙台の維持を富嶽和領尊多準男爵家から仰せつかるさる役人の家の戸を叩く小吏が居た。
ドンドン
「旦那ぁ!木ノ楊出流から狼煙が上がっておりやすぜぇ!ウチも上げなくて良いんですかい?」
イキナリガラリと引き戸を開けた役人の鼻っ柱に三下のグーが振り下ろされた。
「あ‥‥」
「うあっ!いてぉっ‥‥ってめっ気をつけろぃ!」
「あわわ、すんません旦那。ってか木ノ楊出流の方で凄い勢いで狼煙上がってますよぉ!ウチもアレやるんじゃないんですかい?」
小吏の言葉に。
「‥‥ああン?仕事の話か?‥‥まだ夜が明けたばかりじゃねぇか‥‥オレの勤務時間にはまだ成ってねえ。
勝手に余分な仕事してもその分は金にゃならん、命令もない事して上手く行ってもタダ働き、下手踏めば減俸だぞ?誰がわざわざそんなコトするかヨ、おめぇも勤務開始前だ家帰って寝てろ」
「!‥‥だって、だってさ旦那ぁ、黄緑の狼煙ぁ木ノ楊出流から助けてくれって報せだろう?
あっちにゃダチも居るし弟だって向こうで働いてる!早く王都へ助けを呼ばにゃ!」
縋る様な小吏の顔に役人は迷惑そうな表情で
「そらぁオメェの勝手な都合じゃねぇか、やりてぇならテメェで勝手にやんな。オレを巻き込むな!
善意で動いたつもりでこれ以上左遷減俸されたらかかあに殺されらぁ!」
目の前でピシャリと戸を締められた。
‥‥勝手な事をすると解雇か‥‥。
どんな仕事をしても要領が悪くスグにクビになりロクに長続きしない、両親があちらこちらに頭を下げてなんとか齧り付いたのが領都富嶽和から派遣されてくるお役人の使い走りの様なこの仕事。
馬車馬の様に扱き使われて子供の小遣いに毛が生えた程度の給金だが何も無いよりはマシであったし。
間接的とは言え領内の両親や知り合い達が笑顔になるために骨を折っているのだと思えば何処か救われる気がして、それをやり甲斐としてここ迄勤めてきたのだ。
それでも遠く隣領で立ち昇る黄緑色の狼煙を見ていると、ダチや弟の助けを求める声が聞こえてくるような気がする。
小吏は意を決し朝日の斜光を受けながら小高い丘を登り丘の上の倉庫へと向かった。
丘の上の巨大な倉庫には、各種色の信号弾や狼煙用に備蓄した草が多量に詰め込まれ、屋根付きの回廊を通りこれまた屋根付きの狼煙台に移動させ火を付ければ雨の日だろうと次の町の狼煙守に届く様に狼煙が上げられるのだ。
富嶽和が今のご領主に替わる前、子供の時分。まだ専任の狼煙守が居た頃、その狼煙守の爺様に何度も何度も聞かせられた国主様と街道貴族家の物語。その御下命を今日迄伝えし自分等の仕事への誇り。
他の子供達は数回聞いて飽きてしまい他所へ遊びに行ってしまっても小吏だけは爺様の話に目を輝かせドキドキワクワクしながら聞いていたものだ。
特別だぞ?
と、言われながらそっと鍵を開け倉庫の中の多種多量の信号用の狼煙草の山を見せて貰ったりもした。
当時と変わっていなけれは、小吏一人でも手押し荷車で狼煙台まで草の塊を運び狼煙が上げられる筈なのだ。
ご領主様が替わり、狼煙守りの爺様が死んだ後。
日がな一日木ノ楊出流の方をボーッと見ているなどというナマケモノの仕事はジギョーシワケの対象となり、派遣された官吏の仕事の一部となった。
爺様が生涯かけて守り続けた狼煙守りは絶えた。
息を切らせながら丘を登り詰めた小吏は道で拾った石を両手に掲げ、扉の取っ手に巻かれた鎖を止める錠前を叩く。
(弁償ぐらいしてやんよ!)
何度か打ち付け壊れた錠前が外れ、鎖を解くのももどかしく扉を開いた時。
「なっ!何だこりゃ?!」思わず叫んだ。
子供の頃に見た天井にまで届く程の狼煙草はどこにも見当たらず。
なにやら多量の物資、糧秣や木箱、ずた袋、筵袋がギッシリと詰み並べられて居る。
これらは狼煙として燃やして良いものなのか?
そんな訳ない。仮に燃やしたって白い煙だって上るものかどうか‥‥。
小吏は力が抜けたようにその場にへたり込み、ただ呆然と物資の山を見上げるばかりだった。
いつも読んでくれてありがとうございます。
次回 『113話 王軍』(仮)は再来週公開の予定です。
それでは皆様、よい週末を!




