110話 上慎の最期(後編)
一体何をしくじったっていうんだ。
何故僕がこんな冒険者組合の一室に軟禁されて領内審判など受けなければならないのか。
全くこの世は理不尽な事だらけだ。
何故不羅毘や奈原街の女達が生きて帰って来れたんだ、しかもこんなに早くに。
魔物の巣に捕らえられた女たちは食われて死ぬか散々に犯されて気が狂っている筈じゃあないか!
万が一数ヶ月後に帰って来れたとしても頭がおかしくなっていれば証言に信憑性が認められるはずがなかったのに。
何故今回ばかり僕の不利な状況になるんだ?理不尽だ!不公平だ!
だいたいボクの技能が“〖詐術〗”ってところからふざけている。神ですら僕の才能に嫉妬するのか。
〖詐術〗じゃない! 交渉術だ。
交渉ってのは言葉で利益を生み出すってことじゃないか、言葉の端々に仕込んだ罠を見抜けないで騙されるのは相手が不勉強なだけで僕に瑕疵がある訳じゃない。
彼の伯父富嶽和領尊多準男爵様だって父さんだって母さんだって僕の交渉術を褒めてくれる。
安く買い叩いて高く売り飛ばす、その差額が僕の価値だ。商人としての素質は満点なんだ。
だから僕が世に出て名を上げ皆を導く様になればこんなど田舎の小さい街だってもっと発展して皆豊かで幸せになれるっていうのは自明の理。
なんて頭が悪い連中が揃って居るのか。
あの容姿だけは美しいアバズレ女もぼくと結婚して男爵領の経済を発展させていれば幸せになれたものをバカな女だ。
ここの男爵も家令もあのアバズレに旨く丸めこまれてしまっているのだ。
自分の身内を信じたいだろう気持ちは理解できるが正当な判決は期待できないだろう。
聡明なる尊多準男爵様が万難を廃して甥であるこの僕を弁護してくださるのは自明の理だがどんなに圧力をかけても最低限所払いは避けられないらしい。
こんな阿呆ばかりの領などこちらから願い下げだが、僕の経歴に汚点が残ってしまうことが何とも腹立たしい。
まぁ将来において僕自身が世に出ればそんな経歴も僕の聡明さを理解できなかったこの領の汚点とし広く世に知らしめられる訳なんだが。
ここまで僕の台頭を拒む何らかの力が働いているのだろうか?
領の発展を阻害して利を貪っている連中が居るのではないだろうか?
ああ、永遠なる尊多。
不羅毘がもっと柔軟な頭脳さえもっていて僕の戦略を理解できてさえいればあっという間に銀級…いや特級も十分狙えた。
行き場をなくしてオロオロしていたところを拾ってヤッタ恩を忘れて主にかみつくとは使用人の風上にも置けない。
他の女共もだ。すぐに死ぬ冒険者の様な仕事にしかつけなかったり男に媚びを売ることでしか生きていく術のない女に何の価値があるのか?
そんな無価値無教養の人間がこのぼくの立身の役に立つのだから本来は泣いて命を投げ出し手助けをするのが当たり前じゃあないか、その方が世の中の為になるんだ、死んだって本望だろうに。
バカが、無駄に生きることしか考えていない愚民が、世の為人の為に命を投げ出す覚悟が無いのか。
ず、ん… )) ) )
遠くから重くくぐもった音が響き振動が伝わってくる。
パラパラと天井から埃が舞い落ちてくる。
今夜は色々と騒々しい、また魔物でも街中に出たっていうのか?
上慎・尊多が冒険者組合の一室に軟禁されてから何日が経過しただろう。
昼間余り身体を動かして居ないので夜は中々寝付けない。
今夜も眠れない夜を過ごしていた。そのため日中はずっと昼寝ばかりしなければならない。
もう何千回目になるのか、自分を巡る世の中の理不尽に恨みつらみの呪いの言霊を乗せ思考を巡らせている。
それにしても昨夜から今朝方にかけてずっと外が騒がしい。
大勢の靴音が外部で響き渡り、遠くで怒号が飛び交っている。
「……おーい不寝番、お茶をくれないか」
部屋の扉の外にいるはずの不寝番に声をかけた。
尊多商会から手を回し上慎の見張りのうち何人かはこちらの息のかかって居るものが配置されている。
今夜の寝ずの番はそちらだったはずだ。
流石に逃がしてまでは貰えないが差し入れやちょっとした伝言等日常の細々した融通はそれなりに効いていた、やはり金の力は万能だ金で購えない正義など無いのだ。
「おーい……」返事が無い。
只の屍が不寝番という訳でもあるまいに。
立ち上がり、ガチャガチャと部屋の扉の取っ手を回す。
流石に開いてはいない様だ。
(ふん、それにしてもこの部屋。外から鍵を掛けられて内側から開けられない部屋なんてまるで座敷牢じゃないか。最初からそういう目的に作られた部屋なのか?
僕の心臓の一部がどうにかなってしまいそうだ)
仕方ないので寝る前に組合職員に持ってこさせた水筒の水で我慢することにした。
ZUOuDoDoDoDDDDDDDDDDDDDDDoh!!!!
凄まじい振動と連続した破裂音が近づいてきたかと思った瞬間、格子の入った窓と壁がいきなり砕け散り屋根が崩れ落ちてきた。
部屋反対の扉側に居た上慎は奇跡的に無傷だった。
「ふわぁあああああ! なんだ? 何がどうした!?」
もうもうと埃舞う空気を直に吸わないよう口に手を当てる。
それでもなお埃を吸い込みゲホゲホと咽る上慎の目の前に黒く小高い山の様な筋肉の盛り上がりが見えてきた。
(?……こ、これ……は!)
その大きな岩の塊のような身体には確かに見覚えがあった。
◆◇
「不羅毘! 大丈夫か!」
いきなり襲ってきた衝撃は冒険者組合の建物を大きく揺るがせた。
「くっそぉお! 今度はなんだってぇのよ!」
昨夜から明け方まで冒険者組合の建物を拠点に警戒体制を続け、森の中では見たことも無い様な魔物達の出現に右往左往しながら辛くも撃退に成功していた。
朝焼けの薄光に辺りが包まれ始めた頃には、新たな魔物は見当たら無くなりようやく一息着いた所だ。
辺りには家屋の焦げた臭いが湿り気をも帯びて漂う。
あちこちで上がった火の手のは鎮火したと見て間違いなかろう。
そっちは自警団の仕事だ、いつもなら冒険者は不良の余所者だし自警の連中は憲兵気取りの田舎者だがこういう時は互いに頼りになる相方みたいなものだ。
「ンだば、魔石の回収に行くよ〜!」
樽素虎のそろそろ代表が板について来た掛け声が響く。
そうだ、これを怠ると事後に魔物が復活し、民間人への被害でも出れば大目玉を食うのは間違いない。
それに魔石の提出数に如何によっては領主男爵家からの憶えも目出度くなり謝礼の割増だって期待できる。
もちろん位階上昇の査定にだってかなりの影響がある事間違いなしだ。
下手をすれは特級冒険者集団だって出るかもしれない。
ず、ん… )) ) )
遠くから振動が響く。
「中央神殿の方ではまだ男爵家の魔導騎サマが上級魔物と闘って居られる。
巻き込まれない様に注意しなァ!」
「「「おおよ〜!」」」
上級魔物等王軍や領軍の軍隊が魔導騎サマと連携しながら相手にする代物だ。冒険者集団風情がクビを突っ込む様な話じゃない。
ついさっきどこぞの領兵くずれが単身喧嘩売って魔導騎サマ到着までの時間を稼いだらしいが頭オカシイとしか言い様がない。
本当なら吟遊詩人に謳われる程の話だ。
数集団に別れ状況確認がてら魔石回収の打ち合わせを進めている最中だった。
ZUOuDoDoDoDDDDDDDDDDDDDDDoh!!!!
振動と破壊音が近付いてくる、中央神殿の方向からだ。
「ヤバい! 皆伏せろォ!」
いくつかの家屋を破壊し、転がりながら冒険者組合の建物に黒っぽい岩石の様な塊が突っ込み停止した。
「‥‥」
不羅毘には覚えのある色に見えたが。
まさか、ね‥‥。
しかも、突っ込んだ先は。
ギリッ。
奥歯を噛み締めた。
自分が、仲間が、奈原街の女達が女として地獄を見せられる箏となった元凶。
領内裁判を受ける為に軟禁されている上慎・尊多の留置場所の近くだ。
周りの冒険者連中は突然の騒ぎに混乱している。
腰の剣の柄を握り締める。
全てを失い文字通り裸一貫で帰って来た 不羅毘に昔の仲間達が揃えてくれた細身の剣だ。
たとえその原因者だったとしても裁判前に殺してしまえば裁判はご破算となり、奴の罪は確定せず、逆に私怨による一般住民の殺害で自分が罪人となる。
頭では解っている。だが、始めて胎の中に宿った生命を堕胎せざるお得なかった女達の気持ちを、複数の魔物達に次から次へとのし掛かられた気持ちを直接ヤツにぶちまけなければ収まらない。
どうせまた筋の通らない言い訳をつらつら連ねてコチラを呆れさせ論破したと言い張るのだろうけれど、殺さない程度に脅かす位はしたっていいだろう。
それも罪になる?その程度は覚悟の上だ。
辺りに漂う土埃に紛れて冒険者組合の裏手に歩を進める。
「うおっ! 止めろっつ。僕はちゃんと女を貢いだじゃないか! 約束が違う! 契約違反だっ 王国法に反するッ」
聞き覚えのある声が響く。不羅毘は急ぎ崩れた壁面を回り込んだ。
そこには。
「ぐぎゃああああああああああああ!」
不羅毘の見たものは
絶叫する上慎を片手で捕まえ抱え上げた【闇王牙】の牙がその薄っぺらい胸に象牙色の牙を埋める瞬間であった。
いつも読んでくれてありがとうございます。
長かった。前編からほぼ一年、やっと回収できた。
次回 111話 『降臨』(仮)は再来週公開の予定です。
それでは皆様、よい週末を!




