109話 仏恥義理
『格闘衣は丈夫なだけ』
確かにあのとき、初めて格闘衣を纏ったとき。
初代様を騙った一七ニ〇様は言った。
それはウソだった。
魔導衣にあれだけの性能があるのに、一緒に配置された格闘衣が丈夫なだけであるはずがない。
伊達に姉と妹たった二人で国中を流浪して来た訳ではない。
人を観る目は有るつもりだ。信用出来る人間とそうでない人間の言動、行動の違いから人物を見極め信用するに足ると思った人の言動すらをもまた疑い。
そうして人間不信になり掛けながらもたった一人の妹を護り今日迄生き抜いて来たのだ。
莉夢は美都莉愛の魔導衣操作を観察し格闘衣にも何らかの仕掛けが無いか探り続けてきた。
そして自力で見つけ出した。
魔力を贄に自身の能力を実力以上に引き上げる力
筋力強化と反射速度向上機能。
先程まで両方ニ割増しにしていた設定をたった今五割増し迄引き上げた。
恐らくは使いすぎた場合、最悪筋繊維が断裂し二度と使い物にならなくなるだろう。
だから一七ニ〇様はそんな機能はないとウソをついた。
それでも今【闇王牙】を抑えなければ。
木ノ楊出流は潰える。
それは、妹の。
命に替えても護りたい仁芙瑠の幸せの遺棄に繋がる。
だから。
ここで命を落とそうが。
この魔物は抑えなければならない。
『莉夢っ!準備が済んだっ退がれっ!』
美都莉愛様のご命令でも今従うわけには行かない。
見ろ、この【闇王牙】の目を。
一瞬も諦めていない。こちらが隙きを見せればたちまちに逆転され、射程の外に逃げられる。
だから。
『離脱はできないっ! 構わない 私ごと撃てっ!』
『莉夢っ! ダメっ! 莉夢っ!退きなさい!』
『長くは持たない! 妹を頼みます! 通信断』
「莉夢っ!莉夢っ」
莉夢からの通話は沈黙した
「美都莉愛!」
麗芙鄭が冷たく言い放つ
「作戦を続行する」
ぎりと奥歯を噛み締め
「はいっ!」美都莉愛は叫んだ。
(速いっ!)
杖女の動きは人間のそれを凌駕しつつある。
スーパーオーガ改with斎藤の動体視力を持ってすれば致命的打撃は避けられるものの。
攻勢に出るための切っ掛けが全くと言っても良いほどに掴めない。
嫌な予感がした。
背後に居る蟹蛸が立ち上がる気配がない。
動けず沈黙して居るならイイが。そんなハズが無い。
杖女が斎藤を逃さないように銀鷹張りのラッシュを掛けているのだ、何か仕掛けて居ないはずがない。
(ちぃぃっ!)
良いのを幾つか貰う覚悟で瞬間、後ろをチラ見する。
!!ヤバい。
顎下に杖先の打撃を喰らいながら斎藤は次の回避法を考えねばならなかった。
(あれは喰らったらヤバい!絶対回避だ!)
「わらし!」
「りょうかいなのー」
半分瓦礫に埋もれた五六八〇号は残された最後の左腕を【闇王牙】に向け一直線に突き出した。
「すぅぅくぅぅりゅぅぅ」
三本詰めが開きグルリグルリと左腕全体が回転を始め――――――。
――――――キュウイィィィィィィィィィィィ!!
鋭い風切り音が大気を切り裂く。
「くらっしゃぁぁあ」
「ビッティ! 頼む!」
「ぱぁああああああんち!」
爆裂の発射音を背中に聞きながら遁走……戦術的回避の方法を考える。
杖女の視線で射線を読もうにも。
(!! この女! 躱す気がない! )
『後方よりミサイル接近。大型です』
(クソAI! 回避方向ぐらい指示しやがれ!)
杖女の打撃は致命傷にはならない、無視して三十六計が最善手。
鋭く重みを増した長杖を腕の硬い部分で受ける。
余りにも長く続いた衝撃の蓄積に。
瞬間、女の杖は砕け散った。
それを機に、離脱を試みた斎藤の足に。
「何処へ行く」
杖を捨てた女が縋り付く、邪魔だ!
とんでもない怪力で斎藤の動きを阻害する。
もう片方の足で蹴り、空いた拳で殴りつける。
頭部を覆っていたヘルメットが割れ落ち。
(杖女……こうして見ると美人じゃねぇか)
そんなことを考えている余裕はない、斎藤。
引き剥がそうとする斎藤の脚に文字通り歯を立てて喰い下がった。斎藤も力を込める。
「ぐうぅ―――――――――――――……三倍っ!」
(グギャっ!!)
メキッ! ボクっ!
衝撃と共に斎藤の右脚に激痛が走った。
(こんのクソ女っ)
もう一度杖女を殴り付け、左足で蹴り飛ばす。
先程の瞬間的剛力招来で力尽きたのか今度は簡単に離れ、杖女の身体は瓦礫の中に転がっていった。
腕が脚が明後日の方向に曲がっている。
骨折、下手をすれば筋断裂。
どちらにしても格闘家としての杖女は終わった。
(……ちっ)
何かに毒づいた斎藤は回転しつつ迫りくる”蟹蛸の腕”の回避運動に入った。
時すでに時間切れ。
眼の前に迫った回転爪の最も被害の少ない回避方向に身体を捻り――――――。
……捻り。
……捻り? ……!
身体を捻って躱す方向に”蟹蛸腕”の軌道が付いてくる?!
「ふぅンッ!!」
両腕を失った五六八〇の傍らで。
両足を踏ん張り両の掌をつきだす。
美都莉愛のこめかみに激しく浮き出す血管網#。
歯を食いしばり目を剥く。
美人が台無しだがあの少年だけはそんな美都莉愛を“美しい”と評してくれるに違いない。確信。
胸の谷間に納めた御守が熱い。
矢羽以外のモノを操作したことなどなく、理論上可能だとの麗芙鄭の太鼓判に噴気され発射の際に掴んだものの。
ブッツケ本番も良いところの“回転破壊爪腕射出”の軌道制御は極度の集中力と気力魔力をゴリゴリ削ってゆく。
ゴミのように瓦礫の中に転がっていく莉夢の姿が見えた。
ただ頭の芯だけが冷たく冴えわたっている。
絶対に当てる。
風も。
空気の中の塵一粒一粒さえもその位置と動きを掌握できている。
【闇王牙】が身を捻る。
流石だ少しでも被害を抑えようと受ける方向を考えている、いや? 反射的に反応しているのか?
どちらでもいい、美都莉愛はただ。
ヤツの動きを先読みし最も被害を与えられる一点へ向けて五六八〇号の腕矢を導くのみ。
「ん゛な゛くゾがぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああア!」
どっセイっ!
乙女にあらざる四股股で両腕で天に向け何かを放り投げるように……。
こめかみの血管からは朱が散り
叫ぶ喉から鉄の味が飛び
両の鼻の奥から鮮血が噴き出した
五六八〇の搭乗口を開け這いずり出た麗芙鄭の眼に映ったのは。
“回転破壊爪腕射出”の直撃を受け遠く弾き飛ばされる【闇王牙】の姿だった。
いつも読んでくれてありがとうございます。
次回 第110話 『上慎の最期(後編)』(仮)は再来週公開の予定です。
それでは皆様、よい週末を!




