107話 再々戦
「さ、茶日琉どノ ズびばせヌ 出力三割七分低下 アと数撃ガ限界かト」
「言うな、七八〇六殿……クッ。責は私にある」
一進一退の攻防に決死に放った『杭打』も致命の一撃には至らず。
流石に武を修めた上級魔物相手に一対一は厳しいものがあった。
見れば【闇王牙】も傷つき肩で呼吸をしている様には見えるが湖の底へ沈んでも蘇って来るほどの生命力だ、生物として呼吸を必要とするのかすら疑わしい。
初見の筈なのに七八〇六号の杭打器の動きを見透かされていたとしか思えない回避様に反撃を食ったのが痛かった。
倒したはずの【竜人】か【石小鬼】らから七八〇六号の立ち回りの情報でも漏れていたと考えるのが妥当か。
されば
「「最期の一当と参りましょう」」
魔物と魔導騎。
一対一で相対した時にどうしても問題になるのが攻撃の当てやすさになるというのは魔物学、魔導騎学を修める者たちの常識であった。
同じく魔素で構成される行動体であっても生物体構造を取る魔物と鎧状に外骨格を纏い基本騎装着を内包する魔導騎では行動速度に違いが出るのは自明の理。
基本的に生身の魔物より装甲の重さの分だけ魔導騎は遅い。
なので対魔物戦においては多数で囲み鈍重でも装甲の厚い受け役が魔物の動きを抑えている間に比較的機動力の高い攻め役が削るというのが基本戦術となる。
なれば、一撃必殺を目論むのであれば手法は一つ。
腕部の一部装甲が稼働し、装着された”杭打器”ごとに外れ。
地に落ちると同時に各部の装甲。機動用の無限軌道までもが七八〇六号の身体から分離された。
関節各部を保護している流動性物質ですら排出しこれより繰り出す一撃以降の全てのことは考えない。
ズイと前足を進める。
スイと【闇王牙】が下がる。
一足一刀の間を詰める七八〇六号に【闇王牙】が間を外す。
そこであえて一歩下がる七八〇六号。どう出る?
一歩前へ詰める【闇王牙】の間に背部の推進器を全開。
一気に間を詰めると同時に一撃必中の間合いにて必殺の拳を振りぬいた。
顔面から七八〇六の拳に合わせ頬から喉へと食い込んでくる鋼の拳を半身を捻り紙一重で内側へと滑り込んだ【闇王牙】は。
踏み込んだ震脚に掴んだ大地の力を身体の螺旋の流れに逆らわず。
地から足、足から脛膝腿骨盤、脚の捻りを腹筋に伝え背骨と肩甲骨に僧帽筋広背筋脊椎屹立筋。
大地から打突点へ向け一直線に伸びた骨格と螺旋に巻き込んだ周囲の筋の力を上乗せ。
七八〇六の突進力すら逆手に使い。
人間で言う所の助軟骨から内側に向けて抉り込む。
そこは、【闇王牙】の知って知らずか、七八〇六のその場所には騎装者 茶日琉・105の座する操縦席があった。
―――内側を締めたつもりが更に内側に滑り込まれるという不覚。
目の前の内部表示が黒転し食い込んだ【闇王牙】の肘が茶日琉・105の脳髄を押しつぶす間。目も閉じず茶日琉は妻子の事のみを思う。
いつまで待ってもその時は訪れなかった。
【闇王牙】の上腕から首にかけての皮膚を削りながら拳を開いた七八〇六は自らの指が吹き飛ぶことにも躊躇せず腕の筋肉を掴んだ。
吹き飛ぶ指と等価交換にえぐった【闇王牙】の肩の筋は肘の打突を僅かに反らし。
胸部前面装甲の殆どを犠牲にして肘打突の操縦席への直撃だけを防いだ。
【闇王牙】の突進の背中に乗り弾き飛ばされた格好だ。
代償は。
「七八〇六殿ぉおおおおおお!」
茶日琉の絶叫に、みじめに逃げ、瓦礫の中に突っ込んだ形となった七八〇六は
「ずびばせず、ざでぃどぅどどどべいよにどどをどぅっででぃばっだ……じがじ、あ、だ、だ、じ、、、じんでぼじぐ、、、なが、、、っつだ」
(すみませぬ、茶日琉殿の名誉に泥を塗ってしまった。しかし、あなたに死んでほしくなかった)
茶日琉への謝罪を最後に七八〇六号は沈黙した。
「すまぬ……謝らねばならぬのは私の方です、ありがとう七八〇六殿」
茶日琉は両の目から溢れる涙を止めることができなかった。
手動で外部音声へ切り替えた茶日琉は。
「【闇王牙】殿。見事也、我完敗ス」自らの敗北を宣言した。
その意が通じたのか、未だ戦闘姿勢を取ったまま距離を置き様子をうかがっていた【闇王牙】はゆっくりと拳を落ろし。
謚シ蠢
(押忍)
倒れたまま立ち上がれぬ七八〇六号に向かい立礼を捧げた。
間を置いて。
赤銅の装甲を纏った魔導騎が【闇王牙】と七八〇六号との間に歩み割って入る。
五六八〇号は【闇王牙】の方へ向き直るとその巨体を軽く前傾させた。
礼のつもりらしい。
七八〇六号の渾身の一撃を一重で躱した【闇王牙】も肩から首筋にかけての皮膚が広範囲に裂かれ体液が流れ肩で息をしている様子だった。
言葉が通じる通じない等そんなことは些細な問題であった。
「【闇王牙】殿に告ぐ。我は王国が臣木ノ楊出流男爵家に仕えし麗芙鄭・有手倉騎士爵なり」
外部音声で麗芙鄭騎士爵の声が響く。
「本来なれば貴殿の完調まで時間を置き決着申し込むべき所であるが道理。
なれど、本領決戦であるが故ここで屈するるは我等には予後が有らず。
貴殿が引かばここで見送りたし、引かずば騎士の栄誉かなぐり捨て、貴殿の整い次第再戦を申し込むものなり」
続けて。
「なお、この仕儀、卑怯と申すなれば申されよ。卑怯は我麗芙鄭・有手倉の全て負う物、茶日琉・105卿、七八〇六号殿の栄誉に一片の曇りなき事を宣言する」
二回戦目、都合三度目の五六八〇号VS【闇王牙】戦が始まろうとしていた。
◇◆
(そうだよなぁ…お前ら後が無いもんなぁ。なりふり構っていられないよな。そうだよ守る側は何でもやらなきゃ生き残れねぇ。むしろこっちの息の整うのを待ってくれてるだけたいしたもんだ)
(このまま森へ帰れば見逃してくれそうな空気だな)
斎藤は心の中で笑った。麗芙鄭の意図を的確に感じ取っていた訳だが。
多分、ここで引いたら再度侵攻できるほどの魔核は確保できないだろう。
これだけの動きを既にしてしまったからには異世界警察の調査監視は必ず入る。
今回一気に支配しきってしまわなければ次はないだろう
もう、押し切るしかない幸い目の前の片手蟹蛸でトリッキーではあるものの未熟パイロットが相手なら負ける気がしない。
付け焼き刃の目隠しなどのトリックの類に引っかからなければ……といったところだが。
『兄ィ! 今いいか!』
三木から、補佐AI経由での通信が入った。
『兄ィ!小僧はコッチにいるぜ、エース級黄金のパワードアーマーと一緒だ、一緒に食っちまって良いだろ?』
一応、お伺いを入れてくれた訳だ。
「ああ、勿論だ。こっちはこっちで骨のあるヤツと一戦交わした。蟹蛸とも決着が着けられそうだ、小僧はそっちで好きにしてくれ」
『了解!』
さて、交錯受けでの裂傷もあらかた修復した様子だ、三度目のデートでいつまでも恋人を待たせておくのも無粋。
ヤろうぜ!蟹蛸。
次回 108話『卑怯上等』(仮)は再来週公開の予定です。
それでは皆様、よい週末を!




