104話 変身
なんだこれは、なんだこれは。
また死ぬのかと思った。
寸分たがわず顔面の未来位置へ飛び込んできた光の矢の先端に渾身で食らいつき辛うじて牙で噛み止めた。
弓女の矢は多少躱したぐらいでは追いかけて来やがるからな。
噛み砕いた彗星の矢は光りの奔流となり周囲の空に舞い散りとけ込んでいく。
ぞわりと背筋に寒気が走る。
凝視した落下点に先行し待ち構えるのは先ほど斎藤を跳ね飛ばした戦車が人型へと変形したパワードアーマー。
(まるでアニメじゃないか)
まるで悪い夢を見ているかのようだった。子供のころに見たアニメ番組を彷彿とさせる。
しかも今の自分の役どころは悪役だ。
自分の落下していく先に待ち構えた人型パワードアーマーの構えから斎藤の着地寸前に一発かまそうと待ち構えているのが判る。
その引かれた右腕からちらりと覗く杭打ちユニットの様相が目に映る。
(パイルバンカー!!だと?!ロマン兵器じゃねぇか!)
一瞬侮ったその思考を斎藤は即座に捨て去った。
経験上判ることがある。
こちらの世界では住民の信じ強く願ったことを実現方向に補正する不思議な力がある。
思いの力を現実に変える不思議元素“魔素”の力なのかどうか確認する術はないが。
弓女の矢の異常な威力も軌道変化も恐らくはそれだ。
こちらの世界では「こっちの方が効く」と住民が信じた分だけ不思議現象の効果に補正がかかったとしか思えない出来事が起こっている。
黒オークボディを焼いた魔法小僧の火炎はそういう類のものなのだと思っている。
陸戦型パワードアーマーの操縦者は杭打機の貫通力に絶大なる自信を持っている。
あの自信をみなぎらせた構えを見れば傍からでもわかる。
それは時には物理法則すら超える。
信じる力想いの力をを現実に作用させうる。
こちらの世界の不思議物質の作用だと斎藤は確信している。
なにがヤバいってあの杭はヤバいと思ってしまっている時点で自分がヤバい。想いの力でアイツに負けてしまっている。
イキって補佐AIと作戦らしきものを練って、三木に協力を頼んで、気合い入れてやってみたがこんなところで終わりたぁ情けない。
(それでいいのですか?)
いい訳ゃないだろうが!
どうすればいい、どうすれば終わらない。
終わらせない。
終わるな。
どす黒く朱い溶岩の奔流が体中をかけめぐる。
腹の奥底にドロドロに煮えたぎったヘドロの塊がジクジクと全身に広がり狂おしい程の破壊衝動を爆発させる。
腹の奥底に拡がる腐った澱が沸騰し身体中を駆け巡り。
(なんとかしてみやぁがれこのクソやろうがぁあああああ!)
(素体進化条件第一段階達成)
補佐AIの音声が耳元を走る。
周囲の空気が冷たい氷の針となり斎藤の全身の毛穴という毛穴すべてから突き入った。
体内の溶岩は氷の針全てをを取り込み溶かし練りあげ増殖し斎藤の肩甲骨を砕き皮膚を割り、背骨から連なる灼熱の牙を噴出させた。
◆◇
(もらった)
茶日琉・105男爵令息は確信した。
七八〇六号の牙。“穿”に砕けぬもの無し。
父、椎戸歩洲・105男爵から 文和領の主力魔動騎、七八〇六号殿を任されたときから信じ、数多の魔物を打ち砕き、証明してきた。
我が領の隣人にして親類。
実際には千年の間に数度は嫁婿を交換し合い近々では己が姉亜瑠美奈が嫁ぎ現当主可汎殿と自分とは義兄弟と相成る。
兄弟領ともいえる木ノ楊出流の宿敵は文和の敵。
その敵を自らの手によって葬り去ることが叶うなれば望外の喜び。
数舜の間。【闇王牙】の頭蓋を打ち砕かんと万全の時機に振るわれたるその牙は。
手応えなく空を斬った拳を、愕然と見ゆる茶日琉・105。
全力で腕を振り切った無防備な背中を痛烈な衝撃が襲い七八〇六号は半分崩壊した店舗へ突っ込み全壊させた。
「七八〇六!急進っつ」
茶日琉の声と同時に左片足の無限軌道が露出し急速発進。
斜め左下方向に引きずられる様に騎体の位置をずらした。
長い漆黒の爪がそれまで七八〇六号の頭部があった位置の瓦礫を削り飛ばした。
倒れたらその場でグズグズせずすぐにを離脱行動をとるべし。
父の指導の賜物であったと言えよう。
後退しながら首を発条に跳ね起き様。
茶日琉・105の目に映ったものは。赤黒き翼を広げ大地に降りてくる【闇王牙】の姿だった。
その場にいた魔動騎も魔装騎士も領軍も領民も括目し見ゆるその身姿は。
「聞いたことが無い……【王牙】に翼が生えるなんて……それにまた体が大きくなっている」
「茶日琉卿、私の情報集にも彼の魔物については情報が存在しません、が」
管理知能№七八〇六号の言葉に
「が?」
茶日琉の問いに答える。
「…太古の記録に、魔王種は魔物と魔物の中間の体型を取ることがあった…と」
「…つまり…」
「現時点で今対戦している魔物は推定“魔王”です」
千年前の盟約の物語は文和領、いや全国の貴族が諳んじている。
自分たちの原点・そして存在する意義の根源だからだ。
(……約束の時が、今?)
己がシマノクニ王国千年の歴史の節目。その真っただ中に居るやも知れぬことに茶日琉・105は戦慄した。
◇◇
「莉夢、充填を」
七八〇六号と五六八〇号二騎の魔導騎と相対する推定“魔王”を睨み、唇をかみしめていた美都莉愛は傍らで同じくその“翼を持つ【闇王牙】”を胡乱な視線で見つめている莉夢に声をかけた。
「承知しました」
すぐ我に帰った莉夢はその両手を美都莉愛の両肩に乗せ魔導細外套の肩当てに刻まれた幾何学模様の意匠に魔力を込め充填を始めた。
つい先ほどまで美都莉愛の保持魔力量では二発が限度だった筈の光の矢を連発できていたことの種明かしがこれだ。
美都莉愛の魔力回復速度ももちろんだが相当な量の魔力をその内部に保持することが魔導衣の機能の一つだった。
強いて言えば、女神の弩の発動魔力自体もは魔導衣の充填魔力から供給されているらしい。
そしてその魔力は着用者の使用魔力としても流用が可能だった。
素では高速で強力な魔力吸収転換能力を持ちながらも魔力保持量が少ないが為、吸収し転換したた魔力の殆どを余剰として放出してしまっていた美都莉愛は魔導衣という外付け魔力タンクを得、魔力を蓄積または外部から充填させることによって“屑星”から“金星”へその存在を一変させていた。
また、莉夢自身も |魔力の守り《たりすまん おぶ おど》を介すことなく美都莉愛への魔力補充が可能となり発動手段を持たない魔力だけを保持する者をも意味した“屑星”のその存在価値を大きく改められることとなった。
千年前の魔導士達が当時使っていた極大魔法の発動形態。
魔法発動手、魔力充填手による複数人での魔法運用形態が再現されたことに、この時代にいる全ての人々は気づく由もなかった。
◇◆
(うわぁはは なんだこりゃあ、こっちの人間でも“願えば望みは叶う”ってのか!)
間一髪。頭部へ必殺の一撃を喰らう所いきなり背中に生えた黒い烏様な翼の空気抵抗により一瞬身を浮かせた斎藤は陸戦型パワードアーマーのパンチとそれに付随するパイルバンカーの打撃をかわすことに成功した。
(消費魔力抑制のため【飛空】の発動を休止します)
……補佐AIの言動がなんだかおかしい件。
まあ、いい。
大振り後スキだらけの陸戦型の背中に縦回し蹴りを浴びせなぎ倒す。
転がった先に延びた爪で追撃を加えるが流石にかわされた。
戦い慣れてる奴はやっぱ一味違うな。
楽しすぎるぞ、異世界。
次回 『105話 領都炎上』(仮)は再来週公開の予定です。
それでは皆様、よい週末を!




