102話 始動
遠くに兵士たちの叫び声が聞こえる。
美都莉愛の進言を聞き入れ鄭湛の迎えに剣後守りの要。茶日琉殿と七八〇六号殿を向かわせたのは失策だったかもしれない。
そんな思いを打ち消しながら暗闇の中に佇む麗芙鄭・有手倉騎士爵。
先日、先代の死去により自動的に正式綬爵したこととなった。対外的な授爵式はまだだが実質的身分はそうなる。
だが、それもただの名目に過ぎない。
騎士の本懐とは何か、そは騎装にあり。
まだその父親の残り香が微かに漂うようなその操縦室の中に麗芙鄭は居た。
ふぅぅ
深く呼吸する。
父の死後、自閉症状態となり外部からの操作を受け付けなくなってしまった五六八〇号。
魔装騎士との親和性の高かった魔導知能がその離別において稀にある現象だと言う。
我が木ノ楊出流領の旗騎、ひいてはシマノクニの旗騎でもある一七ニ〇号様も木ノ楊出流十七代目亜露威様の没後その状態に陥り五百年の永きに渡りその活動を停止していた。
だが、その自閉症状態も有手倉の血を引く麗芙鄭ならば解消させ得ることが可能なはずなのだ。
ただし、過去直系とされていた子孫が魔導知能から血縁関係を否定され引き継ぐはずの魔動騎を騎装できなかった事例も無くはない。原因はあまり大きな声では言えない。
本来ならば魔導騎の引継ぎは一族のみが集い秘密裡に行われ、やんごとなき理由があった場合には速やかに一族から養子を迎え新当主になるはずだった者は急病にて電撃引退を行う。
電撃引退した者の多くは田舎へ隠棲し療養中に亡くなることが多くその実母は修道院へ入り生涯菩提を弔うことになるのだという。
なのでシマノクニの貴族間ではその血筋の確かさや貞操観念は非常に重要視される。
しかし今はそんな儀式も思惑も何もかもすっ飛ばして引継を成功させねばならない。
今、五六八〇号が動かなければ、茶日琉・105卿が帰還するまで御代の町は魔物共の蹂躙を受け続ける羽目になる。
まるで七八〇六号殿の出撃を待ち受けたかのように侵攻を始めた魔物達に明確な意思を感じ胸の高まりを抑えながら麗芙鄭はただ一人五六八〇号の操縦室で祈る様に語り掛けた。
「五六八〇殿…。聞こえているかい?私は麗芙鄭・有手倉。君の新しい魔装騎士だ」
ふっ、と前面の表示板に光の文字が浮かぶ。
五六八〇号を一時的に行動させるために九郎守様の名を使い諏訪久に加護を与えていた一七ニ〇号様が強制的に立ち上げた補助知能の反応だろうか。
『搭乗者魔力紋照会……適合、正統後継者と認めます』
『魔導知能五六八〇号 記憶初期化工程を開始しますか。(続行/中止)』
麗芙鄭は暫し考え込んだ。
魔導騎は戦えば戦う程その戦闘記録を蓄積し最適化した行動を取るようになる。一方で魔装騎士交代の際は過去の魔装騎士の記憶は消去されて仕舞う。
個々の魔装騎士との雑多な記録まで保存するほどの容量が魔導知能に実装されていないからだと言うことにはなっているが果たしてそれだけなのだろうか。
事実、製造初期の若い番号を振られた魔導知能にはこの記憶消去の機能は無いと言われている。
だが、その初期の魔導騎の多くがやはり自閉症状態に陥り実質騎装不能になっているとの話も聞く。
記憶の消去は魔導知能の円滑な運用の為に後から追加された機能なのかもしれない。
そんな事に想いを馳せながら麗芙鄭は”続行”の文字表示に触れた。
『魔導知能仲介人格 様式”幼女”変更しますか?』
コレは少し悩んだ。
しかし
「五六八〇殿、前装者から引き継げるものは全て引き継いでくれ」
そう麗芙鄭は告げた。
『宣言了承、全選択肢省略、五六八〇号初期設定開始』
「四十秒で仕度します」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。合わせて各計器類が順番に点灯していく。
ふっ。
思わず笑みが溢れる。幼き折、父の膝に乗りこの五六八〇号殿に乗せてもらった記憶が蘇る。基本的な操作はその時に教わっている。
参った……、多分あれは五六八〇号殿に我を記憶させる意味もあったのか……。
「…お久しぶりです、麗芙鄭・あるてぐら…どの。ふつつかものですがすえながくおたのもうす…のー」
「よろしく頼むよ五六八〇殿」
「…父のことは覚えている?」思わず聞いてしまった。
「…まえの…」魔導知能の声色が変わった。
「…まえ、まえの、まえの、まえの、まえの、まえの…」
「ごめんよ、無理に思い出さなくていいよ。それよりすぐにでも出撃したい、行けるかな?」
「ごめんなさいなのーまえのそうしゃさんのことよくおもいだせないのー」
「うわんそうしつにおけるばらんすもぉめんとさいちょうせいのひつようがあるのー、こうどうちゅうにびちょうせいするのー」
「うん、暫くは慣らしだね。でも魔導騎の…”わらし”の姿を見せるだけでも兵士達の士気はあがるからね。よし、行こう」
「わかったのー”わらし”はっしんなのー」
麗芙鄭は五六八〇の出力舵を開いた。
「「五六八〇号 発進!! ぶっちらばったる!」のー」
◇◆
モンスター共を分散配置させての撹乱陽動作戦は此処までは成功と言ってもいいだろう。
戦力の分散は愚策?バカを言っちゃいけないそんなのは机の上で学者に語らせておけばいい。
こっちを撃破しようと待ち構えている軍勢とがっぷり四つに組み合う必要があるはずもなく。
反転させずに足止めさせておけるだけの戦力があれば十分だ。
殲滅する必要も無くこちらの軍勢には守るための陣地だって存在しない。
脚の遅い重量級魔物や再生成の速さだけが取り柄の雑魚は軍勢の足止めに使い。
脚が速く攻撃力に優れた機動力に勝る魔物だけを選抜しいくつかの抜け道を使って後方の本拠地を叩く。
薄く広く散らして相手側の守備戦力を分散させ薄くなったトコロを最強の駒で一点突破する。
町さえ占領してしまえば兵站も途切れ町の内部の住民共が人質にもなる。
あとはやりたい放題だ。
何をもって占領完了とするか?それは簡単だ相手の心を折って反抗する意思が無くなった時点で完了ってこと、ここは喧嘩と一緒だ。
こういう田舎者達の心を折るにはその心の拠り所となっている精神の支柱を破壊することが早道だ。
町の中央、一番高い塔のある施設を占拠して三木が魔狼ボティにフェードインしていた時にこの施設内で見たという”最高権力者っぽい神官服の女”でも裸にひん剥いて塔の上から吊るしてやれば大概のヤツは反抗する気も失せるだろうよ。
そうは言っても流石に高い塀を巡らして守っている施設だけあって守りが硬い。
結構門扉を殴っているんだがなかなか開かない。
さっきからチクチクと鳥がつつく様に背中に当たってる矢がウザい。全く効いていないんだけどな。少しウザい。
あの、弓女の矢に比べれば蚊に刺されるもかくやといったところだ。
それにしても町の北側を回り込ませたドラゴニュートとインプ共はまだ到着しないのか?
守備兵と遭遇しても押さえを残してこっちへ来るように設定しておいたはずだが?露払いぐらいには使えるかと思ったが所詮は低級魔核モンスターか?
とりあえず弓隊を指揮している鎧の肩が赤い男でも先に狩って小五月蝿いヤブ蚊共を黙らせるか?
重ね重ね、高千穂先生ごめんなさい。
実はこの話を書いたときはまだアレが刊行されるなんて情報は全く無かったんですよ。
まさかこんな記念の年にこの話を発表できるなんて一人で勝手に光栄の極みに陥ってますハイ。
次回 『103話 再戦』は再来週公開の予定です。
それでは皆様、よい週末を!




