8000PV・30万文字突破&100話達成記念閑話 続々斎藤さんだぞ
「次、斎藤。潜行開始~」
「うす」
全身を覆うVRドックによく似た構造の異世界潜行ユニットに身を沈め、目線操作で補助AIに異世界への潜行を開始する意思を告げる。
暫くのまどろみの後、目の前に現れたのは森の中に立ち並ぶ木々の姿。都会のど真ん中から深遠の森に瞬間移動だ。
「よぉーし、斎藤。お前のフェードインしている昆虫型アバターボディ操作のコツについてだけど……」
斎藤はバイト先のVRセンターで初めて異世界潜行体験をした。
異世界潜行ユニットに使われている技術はVR技術から転用されたものが多く、全身を覆うタイプの高度なVR装置を作成しているメーカーはこぞって異世界への潜行ユニットをも製造している。
大きな違いは各個人の五感を情報化し統制したクライアント機を繋ぐ先が各国枠地域に設置された地域VRサーバなのか。
現世と隣接異世界を繋ぐ架け橋、梵財団の技術部門クイック重化学工業管理異世界中継装置“LiLiTH”になるかなのだということだ。
異世界での一般的なアバターボディである昆虫型端末を操作しながらの初めての異世界旅行はほんの数十分程度といったところだったが、現代の地球上では味わうことが難しい雄大な大自然のど真ん中を飛び回る体験はゴミゴミとした人工物で覆い尽くされたネオトキオに暮らすことに慣れた人間からすれば開放的で心洗われるひと時であった。
バイト先で推奨されていた異世界インストラクターの資格を取得することを即決するぐらいには感動したと言っていいだろう。
今、斎藤を案内してくれているバイトリーダーの様にインストラクター資格があれば初心者を連れて仕事として異世界へ行くことができる。
今はバイト内で資格取得希望者を募る為の体験潜行であったが本来なら単純に高度VRユニットをレンタルするよりも遥かに高額な使用料を支払う必要があるのだ。
その分インストラクター資格取得者への上乗せ手当てもかなり魅力的な内容であったこともモチベーションを上げさせた。
「すげぇな斎藤。後半異世界端末との同調率が八割に迫ってるぞ、お前適正あるんじゃないのか?」
異世界へとつながる為の様々な要素のうち個人の資質というのはかなり重要視されているのだそうだ。
斎藤は生まれつき異世界に対して親和性の高い体質らしい。そんなことも異世界への興味を後押しした。
そのときの興奮をVR空間で約束組手の練習をしながら三木に語ったりもした。
「兄ィ。いいっすねぇ……オレぁ自分の将来をそんなにいい風にはとらえられねぇし」
どこか拗ねたように語る弟分。
斎藤と同じく生身等身大のスペックに北辰流デザインの胴着と旭日旗のハチマキを付けた茶髪の美少年アバターな三木だ。
斎藤も顔自体はVRアバター標準のイケメン・ニッポン人顔を使っているが三木は作り込まれたオリジナルカスタムフェイスを使っている。
そこは個人の趣向もあるので何も言う気はなかったが正拳を顔面に当てるのが怖くなるくらいの美少年顔にまさか相手の志気を殺ぐ作戦なのかとも思うくらいだ。
口の利き方は相変わらずの不良レスラーなおっさんなだけに相当の違和感を感じる。
『北辰門MK様。VR対戦の申し込みが入りました。対戦を承諾しますか? Y/N』
VRの個人練習空間へ管理AIから対戦申し込みの連絡が入った。
同時に目の前の空間ディスプレイに申し込み相手のスペック、プロフィール、対戦条件が表示される。
「よっしゃぁ! 体(VR)もあったまってきたところだし。 兄ィ、ちょいとひねってきます」
イキる三木に斎藤は。
「まあ焦るな。俺も時間はあるからセコンドにつく」
「ありゃぁーす」
「お前はもう少し落ち着いて攻めろ、初撃粉砕狙いはもう読まれてるぞ」
「ういっす」
最近は文字通り小柄なベイビーフェイス“北辰門MK”こと三木が女性VR格闘ファンの推しメンとしてうなぎ上りに知名度が上がっている。
ランキングこそ斎藤とほぼ互角だが人気的には完全に“北辰門ST”は食われてしまっている形だ。
“月刊・格闘メタバース”の表紙にも採用されマネをした後発のベイビィフェイサー達も増え格闘メタバース内に軽量級ショタ顔ブームが到来している。
他のショタフェイサーと絡む試合にはスポンサードも付きそこそこの収入となっているらしい。
有料ファンサイトの欲しいモノリストに入れてある支援物資も必要以上に送られてきており三木の実生活ではちょっとしたバブル到来なのだそうだ。
しらんけど。
この個人練習用のVR空間を借りられるのもその恩恵であったりするので斎藤も文句はない。
(中身は元おっさんレスラーアバターの中学生やぞ)
と斎藤は思ったりもする。
VRのみの付き合いとはいっても斎藤我流の北辰門空手唯一の同門であり慕ってくれる後輩でもあり数少ない友人でもある。
ついでにVR練習場のスポンサーでもあったりする訳なので彼の対戦にはなるべくセコンドに付く様にはしている。
相手アバター殺害判定前に我を失った“北辰門MK”を止める。
という重要な役目もあるからなのだが。
VR対戦とはいえ殺害反則負けはファンの皆様にあまり心証がよろしくない。
「いいか、三木。アバター転送入るぞ」「了解っす」
二人は光り輝くライトに照らされた数千人の観客ひしめくVR空間上の闘技場へ降り立った。
◆
「すんません、兄ィ」
「なに謝ってるんだ、試合は勝ったじゃないか」
しょんぼりとうなだれる美少年アバターを斎藤は励ました。
今回のリング設定が総合向けのせいでもあったろうし、相手がやはり軽量級の空中殺法もどきだったため北辰門の良い所があまり出せず、思わずテキサスクローバーホールド崩れな技で極めてしまったのだった。
レスラーボディを使っていた時の癖が出てしまったのだろう。
相手も軽量級だったこともあるが、正直女の子の様なほそっこいボディでよくもあれらの重厚な技が繰り出せるものだと感心する。
「兄ィが本物の“北辰門”に会いたくて今のスタイルでVR対戦やってるって聞いて。オレも協力するって弟子にしてもらったのに、すんません。オレ頭に血ィ昇ると体の方が動いちゃって……」
それであれだけの戦績を残しているのだから正直斎藤からすればうらやましい限りだ。
「大丈夫だよ、三木のおかげで十分“我流北辰門”は目立ってきているよ。
これで反応がなければ向うの方がVR対戦には全く興味が無くて伝わらないのか知っていて全く相手にされてないってことだから元から俺のとった方法が間違ってってことだよ」
「……すんません」
斎藤はしょんぼりする中学生VR格闘家の肩を抱きエールを送る。
学生生活、バイト、VR格闘メタバースに明け暮れる日々が過ぎていった。
そんなある夜。
斎藤が練習VR空間にログインした時だった。
いつも先に来て練習を重ねていた三木の姿が見えなかった。
「珍しいな、今日は休みか?」
実際、学校と食事以外は殆どVRに費やしているのではないかと思うくらい三木は空間に入りびたりのまさしくガチ勢という奴だった。
違和感があった。
VR空間で違和感を感じるというのもおかしな話ではあったがいつもの練習空間とは密度というのか歪みというのか。
アバターの皮膚を通して生身に刺さる感覚がわずかに違った。
「AI、三木はどこだ」無意識に声が硬い。
補助AIの反応がなかった。
(ハッキングされてる?)
ランカーと言っても“裏で億単位の金が動いている”とも言われている一桁台のトップランカーならともかく。
二百位程度のアマチュアランカーの練習空間にメタバース有料空間のセキュリティを突破できる程のトップクラスのクラッカーを使ってまでハッキングしてくるメリットがどこにも見当たらない。
ザ、ザ……。
練習場の中央に走査線が走り。
小さな少年が倒れている映像が現れた。
なっ……。
斎藤に見覚えのあるその道着姿に駆け寄れば、四肢の骨を砕かれ、顔をパンパンに腫らした三木が倒れていた。
「三木ッ! オイッ! 何があった!」
三木のVRアバターを抱き起こす。
普通ここまでのダメージを負えば補佐AIが自動的にアバターと生身の肉体を切り離しベイルアウトしているはずだが。それがなされていないということは。
システム自体丸ごとハッキングされているということか。
「……あにィ。すんません、あんなシャバ僧に……」
三木のアバターボディの目から一筋。
光るものが床マットに溢れ落ちた。
斎藤の耳にボーイソプラノの声が響く。
「你好、ニセ北辰門クン」
スペシャル記念なのに主人公でない話を持ってくる……ま、いっか。




