優しいばあちゃん
「どうして…泣いているんだい?」
涙のせいで前がよく見えなかったので、左手でこすった。
よーく見ると、そこには知らないばあちゃんが僕の目線と同じになるようにしゃがんで、僕の体を見ていた。
「傷は…ないようだけれど…」
僕ははっと気づき、ばあちゃんに「すいません」と言ってその場から立ち去った。
昔の日本では少子高齢化だとか、人口が減っていっているだとか
言っていたが、今では子供の方が圧倒的に多く、高齢者の方々は少ない。
戦争の体験談を話すことができる高齢者も今はいない。
昔は当たり前のように高齢者の方々は町に出ていたが、今ではほとんどが国が運営する施設に行っているので町で見かけるのは珍しい。
もう塾の時間はとっくに過ぎていた。
と言うよりも、もう塾には行きたくなかった。
六歳の頃から母親からピアノだの勉強だのスポーツだのと、
やらされてきた。
当時の僕はただ、母親から褒められることが好きだった。
母親の笑顔のみるのが好きだった。
母親に認められたかった。
そのために出来る限りのことはやった。
それ相応に母親は褒めてくれた。
だけれど、どれも長くは続かなかった。
母親から褒められるために越えなければならないハードルが高すぎてしまうからだ。
そんなことを考えているうちに、いつもやめてしまう。
自分が必死になって取り組んでいたそれに自分の人生の時間を削られていると思うと反吐が出そうになるからだ。
いつも母親の機嫌取り。
そんな生活に耐えきれなくして、今日塾をサボった。
この考えは明日にはなくなるだろう。
また、いつも通りに母親の機嫌取りをするのだろうな…
「自分…バカみたいだなぁ…」
そんなことを呟くと、おばあちゃんはしゃがんで僕の目線に合わせてくれた。
「ボクが、どうして泣いてるのかはわからないけど…
多分…ボクは…人生を損してるのかもしれないねぇ」
「え?」
「人生って言うのは短いもんだよ
別に20の頃に友達と喧嘩したって、10年後には忘れてしまう
そして今の歳になると友達と遊んだ記憶すら忘れてしまう
ボクはまだ人生がたくさんあるんだから何回も失敗して、失敗して、たまに成功したりして…
まぁ、そんな記憶は今じゃもう忘れてしまう…
だからね?どれだけ苦労したって、どれだけ疲れたって、それはその時間だけなのさ、
時間は過ぎていく、人の心情も変わってくる、人の考え方も変わってくる…
ボク?この言葉だけは忘れないでね、
後悔なんてしたってしなくたって、40年も過ぎれば懐かしいものさ、
ボクがどれだけ悩んでるのかは分からないけど…
明日にはそんなことを忘れてしまってるかもしれないねぇ」
「はいよ」
そうして、おばあちゃんは買い物袋からだした焼きいもをくれた。
「これ食べて、元気だしな!
悩むことなんて明日の自分からすれば無駄な時間なんだから」
そのあと、焼き芋をたべて一時間遅刻しているけど塾に向かった。
その後の人生でおばあちゃんにあうことはなかった。
しかし、今でもあの言葉は残り続けている。
「どんな悩みでも明日になれば忘れてるさ」