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猫の理由―孫の場合

作者: あああああ龍之介
掲載日:2020/05/20

「猫を飼うならノラの子を拾ってあげなさい、ノラの子を、おうちに迎えるということは、それだけで一つの命を救うことでもあるんだよ」




 裕美は、おばあちゃんの言葉を思い出していた。




「それにね、ノラっ子ならタダだしね、どんな猫だって飼い始めれば、その人にとっては世界一可愛い猫ってことになっちゃうんだから」


おばあちゃんはそう言って悪戯っぽく笑っていた。




 裕美が訪れたおばあちゃんの家は、まだおばあちゃんの気配が残っていた。すぐにでも、台所の方からおばあちゃんが、前掛けで手を拭いながらやってくるような、そんな気配すらあった。




 二日前のお葬式で、おばあちゃんと、ちゃんとお別れをしたのに。それでも裕美にはおばあちゃんにはもう二度と会えないんだという実感がわかない。




 窓際の棚の上には大きな猫が寝ている。部屋には西日が差し込み、大きな猫のフワフワの毛を透き通るように照らしている。




 おばあちゃんが亡くなってからは、大学が近い裕美が、この大きな猫の面倒を見るために、おばあちゃんの家に通っている。水とご飯を用意して、トイレの掃除をする。




 そんな役回りも今日で終わりだ。もうすぐ、保護団体の人がやってくる。この大きな猫を引き取りにやってくるのだ。




 おばあちゃんは一人暮らしだった。自分に、もしものことがあった時の、猫のことを、お友達に頼んでおいたらしい。




 裕美の両親が住む実家も賃貸でペットは飼えない。裕美が大学の近くに借りた1Kのアパートはもちろんペット禁止。ママが親戚のおじさん、おばさんにも頼んでみたけれど飼ってくれる人は見つからなかった。おばあちゃんがいなくなった今、猫には行先がないのだ。




 この子は誰かに、知らない誰かに貰われていくのだ。




 裕美は不思議に思っていた。おばあちゃんは、なぜこの猫を飼ったのだろう。




 おばあちゃんは若いころからずっと猫を飼っていたという。裕美が子供の頃も、おばあちゃんの家には常に猫がいた。




 裕美自身も猫は飼っていなかったが、どちらかと言えば猫派に育った。子どもの頃は、おばあちゃんの家で猫たちと遊ぶのが、大好きだった。




 母とデパートの地下で、お弁当を買っておばあちゃんの家に遊びに来た時、お弁当の鶏肉を全部、猫にあげてしまって、自分はタレの染みたご飯だけを食べていたのを、おばあちゃんに見つかった。けれどおばあちゃんはしかりつける訳でもなく、笑って諭してくれた。




 裕美のご飯は裕美が食べるべきだと言うこと、甘い醤油味の付いた鶏肉は猫にはしょっぱ過ぎると言うこと、でも猫は鶏肉を貰ってうれしいから裕美に、もっと懐くだろうということ。




 そして、おばあちゃんは自分の鶏肉をほとんど裕美にくれた。




 裕美が高校生ぐらいになると、あまりおばあちゃんのうちに遊びに行くことは無くなった。それより予備校に通ったり、友達と遊んだりするほうが忙しくなったからだ。




 ある日、ママから、おばあちゃんの家の年老いた猫が死んでしまって、おばあちゃんが落ち込んでいるという話を聞いた。




 ママが、おばあちゃんに電話してあげて、というから渋々電話したことを覚えている。そもそも猫のお悔やみなんて、何て言ったらいいのかわからない。




「もう猫は飼わない」電話先でおばあちゃんは言っていた。「自分も年を取ってきて、最後まで飼ってあげられるか、わからないから」と。




 話もあまり弾まなかったが、とにかく元気を出してと言って電話を切ったのを覚えている。




 でも、そのあとしばらくして、おばあちゃんが、また新しい猫を飼い始めたらしいとママから聞いた。




 ずっと野良猫を拾って育てていたのに、おばあちゃんはなぜ、この毛がふさふさで高そうな猫を飼い始めたのだろう。




 猫の品種ぐらいはネットでもわかるはずだ。裕美はスマホを取り出した。




 裕美は片手で猫を撫でながら、猫に関するサイトを巡る。猫はちょっとだけ、目を開け、裕美を見て、すぐに目を閉じてゴロゴロと喉を鳴らし始めた。




 情報はすぐに見つかった。猫の種類は「サイベリアン」というらしい。「シベリア猫」とも呼ばれるロシア原産の猫。目の前で喉を鳴らしている猫の毛色と見くらべると、色はブラウン系というか、レッド系に近いのかも知れない。




 値段を見て驚いた。相場は40万円近い 。おばあちゃんはなぜ、こんなに高い猫を買ったのだろうか。




 サイベリアンについての説明を見ていて、気になったことがあった。


「サイベリアンは他の猫とアレルゲンとなるたんぱく質が異なり、アレルギーを起こしにくいと言われている」と書かれていた。




 猫アレルギー?おばあちゃんは猫アレルギーになってしまっていたのだろうか?




 違う。そうじゃない。裕美は思い出した。裕美は、あのおばあちゃんに電話を掛けたとき、言ったのだ。




「おばあちゃんちに行くと、くしゃみが出るから」




 そうだ、あの頃、どこかで猫アレルギーというものがあることを知って、裕美はおばあちゃんの家に行かない言い訳に、その猫アレルギーを使ったのだ。




 私は猫アレルギーだと言ったわけではない、でも、くしゃみが出るということで、おばあちゃんが猫アレルギーかもしれないと察してくれることを、私は間違いなく期待していた。




 私は猫に、さわってもくしゃみなんか出ない。あの時、私はおばあちゃんに嘘をついたのだ。




 思えばその時からおばあちゃんから家に誘われることがなくなったような気がする。おばあちゃんは私のためにこの猫、サイベリアンを飼うことに決めたのかも知れない。




 裕美は大きな猫のふわふわの背中に顔をうずめる。私は子供の頃からこの匂いが好きだ。




 私はおばあちゃんにひどいことをした。




 もうすぐ、猫の保護団体の人がやってくる。




 そう思うと裕美は突然、新たな悲しみに襲われた。おばあちゃんがいなくなってしまう。おばあちゃんは私の嘘のためにこんなにしてくれたのに。




 きっと、おばあちゃんは私を気遣って、この子を、この猫の種類を選んだのだ。猫アレルギーなんて、嘘なのに。嘘だったのに。




「ピンポーン」




 玄関のインターホンが鳴る。きっと保護団体の人だ。




 ダメだ。渡せない。断ろう。ごめんなさい。やはり飼うことにしましたと言って頭を下げよう。私がペットの飼えるアパートに引っ越せばいいんだ。餌代とか、引っ越し代とか、いろいろ掛かるけど、バイトを増やせばいい。




 私は心を決めて玄関に向かった。




 彼女の名前が、"キナコ"というのだと知ったのは、おばあちゃんの部屋で動物病院の診察券を見つけた時だ。




 私は、おばあちゃんの猫の名前も知らなかったのだ、私はとても薄情な孫だ。




 そういえばおばあちゃんは猫に食べ物の名前を付けることが多かった。キナコのフワフワの毛はレッド系というらしいが、キナコという名前を知れば、もうキナコ色にしか見えない。




 あの後、結局、バイトを増やす必要はなかった。なぜなら、私がおばあちゃんの家住んで、おばあちゃんの家から、大学に通うことにしたから。




 私がキナコを迎えるのではなく、キナコの住むおばあちゃんの家に私が迎えられるという形になった。




 キナコのためのご飯やら猫砂やら、大学から二駅分遠くなったことなど、いろいろと出費も増えたけれど、家賃が掛からない分、十分にお釣りが来た。




 そのあと、私はキナコとずっと一緒にいる。お嫁に行くときも、キナコを連れていった。私にとってキナコは、妹であり、子供であり、親友であり、そして、おばあちゃんでもある。


おわり

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