これは『練習』だから! 〜それでもあの子とキスがしたい〜
はじめての短編!
よろしくお願いします!
杉崎凜は高山祐香のことが好きだ。
恋愛対象は男性であるし、交際や結婚も男性とするだろう。
しかし、高校で出会った同級生の祐香にだけは特別な感情を抱いていた。
かわいい。いろんな意味で食べたい――。
これが凜の本性である。
だいたい無表情な彼女だが、その裏ではとんでもないことを考えていたりするのだ。
そんな彼女にとって、今、祐香の家で二人っきりの勉強会をしているのはオイシイ展開であった。
対する祐香も凜には特別な感情を抱いている。
凜の照れる顔を見たい――。
イタズラっ娘の祐香は人の照れ顔が生きがい。
しかも凜はいつもクールで、大抵は無表情なのだ。
笑う時も微笑むだけ。
ましてや照れたり驚いたりなんて姿は一度も見たことがなかった。
だからこそ見たい!
凜の照れる顔を焼きつけたい!
そこで、勉強会という口実で凜と二人っきりの空間をつくることにした。
実際には勉強のことなんてどうでもいいが、祐香より凜のほうが成績優秀なのも事実。
そして、今――。
「ね、凜ちゃん。ちゅーの練習しようよ」
唐突に祐香が切り出した。
「……祐香。あんた、男子にもそんなことやってない?」
「逆壁ドンはやってみたよ。クラスの小さい男の子に」
「身長はどうでもいいの。あんまり変なことしない方がいいんじゃない?」
(だって私にやってほしいから! 祐香の壁ドン見たかったよ!)
いつもイタズラされる度に適当にあしらっているけれど、心の中では狂喜乱舞。
凜は祐香と同じ空気を吸うだけで幸せを感じるほど、重症だった。
「でも凜ちゃん。これはイタズラじゃなくて、本気のお願いだからね」
(キスしたい! 好きなだけさせたいし、したい! なんならそれ以上も――って何考えてるんだ私は)
凜は自分の無表情が崩れていないかいつも心配になる。
そしていつも崩れておらず、安堵する。
この流れは祐香に話しかけられた時のテンプレと化していた。
テンプレはもうひとつある。
(凜ちゃん、真顔なんですけど。言い方がストレートすぎたかな……)
祐香も祐香で無表情を崩さない凜に、毎回不服であった。
(ぐいぐい行きすぎて嫌われたくないけど、ここで引くのも悔しい……)
祐香はさらに攻める。
不意に近づき、凜の頬に軽くキスをした。
(ほっぺたなら嫌われないよね。ほら、照れろ凜ちゃん!)
唇を離すと、すぐに凜の表情を窺う。
だが、その顔に変化はない。
「……祐香、なにやってんの」
そんなことを言って、いかにも平静を保っているが本心は――。
(はあぁぁぁぁぁぁ! 祐香が、私に、キス! したぁ!)
と、大騒ぎ。
(待って、もっとしてよ! いや、させて! 私からもキスさせて!)
「キスの練習なら普通、唇と唇じゃないの? これじゃ練習になってないし、やっぱり最初からイタズラ目的だったんでしょ」
「ち、違うってば! えーっと、ムードが必要じゃん。その雰囲気を演出するためにも最初からやってるっていうか……」
(凜ちゃん、なんで無反応なの! 顔の筋肉固まってない!?)
「変なことしてないで、勉強に戻るよ」
(バカバカバカバカ! キス返せよ私!)
「えっ!? り、凜ちゃんからもしてほしいな……なんて」
(勉強なんてどうでもいいって! 凜ちゃんマジメすぎ!)
お互い、自分の目的に必死。
しかしそんな心中をお互いが察せずにいる。
それもそのはずだ。
凜は本当の自分を知られたくないし、祐香はイタズラを台無しにできない。
むしろ胸の中にある思惑を知られてはならない。
祐香のおねだりから数秒が経過した。
祐香からのおねだりは凜にとって絶大な破壊力があった。
絶大すぎて思考がフリーズするほどに。
空っぽの頭で一点を見つめ、微動だにしない。
「り、凜ちゃん? 凜ちゃーん……?」
「はっ! しよう、キス! めっちゃしよう!」
祐香の呼びかけで回復した途端、本音がだだ漏れになった。
(やっべ! 変なこと口走った気がする……)
しかし、祐香は。
「う、うん! ほら、受けるのも練習だからね。しよ、しよ」
と自分の本性には気づいていない様子。
(よし、役得! 少し意識飛んでたけどそれも結果オーライ!)
(待ってよ凜ちゃん、本当にするの? ねぇ……)
凜の頭には幸せしか残っていなかったが、祐香は逆だった。
とても焦っている。
(もっと照れてさ、『やだ、恥ずかしくてできないわよ……』ってなるんじゃないの!? ほ、ほんとにするなんて聞いてないけど)
「祐香。目、閉じててね……」
「えっ!」
(なんかヤバいよ、凜ちゃん! 目が野獣みたいになってるって! まさかガチキスするの!?)
(祐香とのキス、祐香とのキス、祐香とのキス……)
じりじりとにじり寄る凜に思わず後ずさり。
だがこの空間も無限ではなく、気づけば背中に壁が当たっていた。
「り、凜ちゃん……」
その先にも言葉があったはずなのに、それは形を失った。
(ほんとにダメだって! 言わないと、イタズラだって言わないと……)
一歩、また一歩と四つん這いで凜は接近した。
ゆっくりとした動きで。
祐香の鼓動が凜の接近に合わせて強くなる。
彼女の聴覚は自分の心音だけで塞がり、それがいっそう緊張感をあおる。
「祐香、赤くなってるよ……。かわいいね」
(うおぉぉぉぉ! ノリで言っちゃった! かわいいよ祐香、かわいいよ!)
「凜ちゃんのメンタルがオバケなんだってば……」
(もう降参かな……。勝てないや……)
凜が壁に手をついた。
祐香を逃さないように。
「ほら。キス、するからね」
「うん……」
凜は祐香の髪を撫で、それを彼女の耳にかけた。
祐香は目を閉じ、もう抵抗する気力を見せずにいる。
(祐香の唇エッロ! てか髪の毛さらっさらじゃん! いいのか、マジでキスしていいのか!)
練習――そんな言葉が凜の胸に刺さった。
(……そっか、練習だったね。あくまでも、ごっこ遊びだよね)
だがそれは、センチメンタルでもメランコリックでもない。
むしろ、吹っ切れた気持ち。
(ごっこ遊びなんだから、徹底的にやるべきだよね!)
凜はついに、祐香の唇と重なった。
やってみると多くの情報が感覚を刺激する。
祐香の匂いも、体温も、唇の間から空気が漏れる音も。
たまに彼女が震えたり、のどの奥で声を殺しているのも。
凜は唇を離し、もう一度つけた。
何回も、何回も。
たまにどちらかの唾液が出てきて、だがそれを拒むことはなく。
その練習は続いた。
もう長い時間、キスだけしか考えていなかった。
唇をつけても、どこまでが自分でどこからが彼女かわからくなっている。
それほどまでに体温や粘液が混ざりあって、ひとつになっていたのだ。
やがて、祐香の全身がぐったりとしてしまった。
凜は唇を離す。
「どう? 情熱的な練習は」
「凜ちゃん……。は、はじめてだったのに……」
祐香は口の端から液体を垂らし、目には涙を浮かべていた。
呼吸ひとつひとつがまたもや凜の欲望をくすぐってしまい、もうどうにもならない。
「……じゃあ、次からははじめてじゃないね」
――――――――――――
「そろそろ帰るね」
凜が乱れた服を戻しながら言った。
「凜ちゃん、泊まっていきなよ。もう暗いよ?」
「大丈夫だって……。あ、泊まってほしいの?」
「凜ちゃん、私よりイタズラの才能あるよね。無表情のくせに」
「無表情を保つのも苦労するよ?」
(祐香は顔に出すぎ、かわいすぎ。私を犯罪者にするつもりかな)
今日は犯罪一歩手前まで進んでしまったが、きっと訴えられることはない。
だって、全部練習なんだから。
「ごめんね、家に妹がいるから」
(妹もかわいいのよ! あっ、推しの前で浮気する背徳感っ!)
「私も凜ちゃんの妹になりたかったな……」
(プライベートなら表情豊かなのかな)
祐香の言葉は足元に落ちた。
凜には届いていないようだ。
「じゃ、おやすみ」
凜はそう言って家を出てしまう。
「あの、凜ちゃん! また、『練習』しようね……」
(これはイタズラじゃなくて――なんて言えないよね)
結局、祐香は今日も凜の照れ顔を見ることなんてできなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
『犯罪一歩手前』はどこまでいったんでしょうね!
みなさんのご想像におまかせします……!
追記:好評につき、クリスマスデート編を書くことにしました!
クリスマスデート編を読みたい場合は作者名か「これは『練習』だからシリーズ」をクリック!
またまた追記:なんと、本作品にレビューがつきました。読者の皆様に心より感謝申し上げます!
これを記念して、続編を2作書くことにしました!
2作目は未定ですが、1作目の公開日は決めてあります。
2020年の元旦です!
1年のはじまりを百合と共に……。
お楽しみに!