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プロローグ

20万字から30万字で完結予定です。

それまでお付き合いいただければ幸いです。

「プログラミング言語は、1840年代から思考錯誤を繰り返し、1940年代にようやく実用化された。しかし、その頃のプログラミング言語は脳に対し打ち込むものではなく……」


 チャイムが鳴ってから10分が経った頃、どこの教室からも、抑揚のない声が聞こえていた。


「1957年、ジョン・バッカス氏による高級言語、FORTRANが開発されると、そこから、ソースコードの開発は目覚ましい進歩を遂げた。そして1972年、デニス・リッチー氏らがC言語を開発した。そのC言語こそが今日に繋がる……」


 教科書をそのまま読んでいるその声は、高校生には子守唄そのものであった。

 そのためにどの教室も、机に突っ伏す生徒ばかり。しかし教師はそのことに慣れているのか全く構わない様子のまま、やはり抑揚のない声で教科書を読み続けた。


「2030年。今から50年近く前だな。人の脳がソースコードで書かれていることを、日本の松本義博氏が解明。これをナチュラルコードと呼ぶ。ここテストに出るからなー。これにより人類の生活様式は激変し……」


 高校生は授業中に眠るもの。

 西暦が何年になろうとも、それらの様子に変わりはなかった。


 風景として変わったのは、紙媒体の教科書とノート、それから黒板がなくなったこと。

 現在の教科書は、情報領域と呼ばれる脳内に構築された領域に、直接インストールして読むものであるため、紙もタブレット端末も必要ない。ノートや黒板も同様で、記憶に直接入力される。

 机の上には、タッチ式のパッドも置かれているが、それは実情に追いついていないためにあるもので、実際に使われることはない。


「ナチュラルコードによって、病気は治り、才能すらも平等となり、できないことはなくなった。先生が小さい頃はな、ナチュラルコードをきちんと書ける人は少なくてな、書ける人は神様みたいに言われてたぞ。まあ、確かに今までを思うと神様かもしれんなあ。今じゃあただのお医者さんでしかないがな。高級取りだが。えー、それで、どこまで読んだんだったか……」


 そのため、授業中の高校生達は、教科書をめくることも、ノートをとることも、ノートと黒板を交互に見ることもせず、ただ座っているだけになる。

 それで眠るなとは、高校生にとっては無理な話だ。


 特にこの授業、プログラミングの歴史についての授業は、小学生の頃から散々やってきた科目であった。重要な語句や登場人物は、全員が嫌というほど覚えている。教師が何を言っても、高校1年生の彼等にとってはもうなんの新鮮味もなく、ただただ退屈さが極まるだけ。

 何人か起きていた生徒もまたあくびをして、1人また1人と机に突っ伏し、まどろみの中の冒険に出かけてしまった。起きている者とて、授業を真剣に聞いているということもなく、例えば授業が終わった後に食べる弁当のことを考えていたり、好きな子の方をチラリと見たりしているだけ。授業をまともに受けている者の方が圧倒的に少ない。


 そんな中、窓際の席で今また1人あくびをする生徒がいた。

 女子生徒。

 周囲の男子生徒より、身長の高い女子生徒。


 女子生徒はおもむろに、後ろの席を振り返った。窓際一番奥の席。そこはカバンがかかっているものの、現在座っている者がいない空席であった。

 女子生徒は、笑うとまではいかないまでも、ちょっと楽しげな表情をして再び前を向くと、今度は窓の外に目をやった。太陽の光に少し目を細め、眠たそうに再び大きなあくびをして、そして目をならしながらゆっくりと空を眺める。

 1000mを越えるような高層のビルやマンションが所狭しと建ち並び、車が空を飛ぶのが当たり前になった空を。


ーーーーーーーー


 かつて学校と言えば、村や町で一番背の高い建造物だった。その屋上からは村や町が一望でき、学生という身分の縛られた子供達にとっては、それ以上に遠い世界までもが見えていたに違いない。

 けれども2000年を過ぎた頃からは、学校よりも高い建物が乱立し始めた。2000年も後半にさしかかってしばらく経つ現代に至っては、むしろ学校が周辺で最も背の低い建造物になってしまっている。屋上に立っても見えるのは学校を取り囲む道路と、隣の建物だけ。村や町全体は、とてもじゃないが一望できない。

 それどころか、1000mもあるビル群に囲まれていては、空すらも。


 しかしそれでも、真上を見れば空は見える。

 時刻は12時30分にさしかかる頃。

 太陽は丁度真上にあり、屋上に出て空を見上げたなら、何にも阻まれることのない、青い空と太陽が輝いている。


 そうして今、1人、そうやって空を見上げる男子生徒がいた。

 男子生徒は授業中にも関わらず、全く罪悪感も感じていないような表情で、広い屋上にポツンと一人で座り目に空の青を映していた。


 とは言え、空の色や雲の動きを楽しんでいるわけではない。ただ、思考するために、顔を上に向けていただけだった。

 男子生徒は2、3秒そのままそうして、「よし」と何かの考えをまとめると、再び視線を落した。あぐらをかいて座る膝には、ノートパソコンが置かれていた。型は10年以上古いが、まだまだ現役であるノートパソコン。男子生徒はそこに、まとめた考えをカタカタと打ち込み始めた。


 PCにキーボードが必要なくなってから、かなりの世代交代が進んでいるため、本来、その2060年代に販売されたノートパソコンにもキーボードはついていない。ついているのは、男子生徒が外部装置として後付けしたからだ。

 そんなことをわざわざするこの男子生徒は、PCが好きだった。そしてコードが好きだった。


 キーボードを使い、つぶさに打ち込んでいるのは、プログラミング言語によるソースコードである。画面には、知識のない者が見たなら何一つ理解できない不気味な文言が延々と羅列されていた。

 しかし知識のある者が見れば、それはほうっとため息を漏らしてしまうような、美しい文字列であった。


 男子生徒は、また1つ手を止め悩むと、再び書き始める。

 指と目の動きから、書く速度もよく分かる。好きこそ物の上手なれ、とはよく言ったものである。

 それを職とする者と比べても幾分か早い、


 男子生徒はコードを書くのが、何よりも好きであった。

 それは、授業をサボってでも打ち込んでしまうほどに。正確には、授業を開始するチャイムが鳴っても、気付けないほどに。


 キーンコーンカーンコーン、という、令和どころか平成、昭和まで遡っても変わらない音楽が鳴り響いた。

 すると、男子生徒は、パッと顔を上げて、なぜだか慌てた様子で時間を確認して言う。


「まっずっ、授業始ま――、あれ? 12時30分? これ授業終わりの鐘? 始まりの鐘は? 授業、終わってる?」


 男子生徒は愕然とした。

「間違い、だよね。そんな気づかないとかありえないもんね」そして自分の言葉にうんうんと頷くと、祈りながら時計を見返した。しかしPCのデジタル時計を見間違えるはずはなく、12時30分を示していた。


(念のため……。もしかしたら表示が狂ってるだけかもしれないし、ネットで正確な日付と時間を……)


 PCを操作し、インターネットを進む。

 そこで表示された時刻は、2077年、6月16日、12時31分。


 男子生徒はようやくその事実を受け入れると、

「はあ……、やっちゃった……」

 そんな深いため息をついた。「また補習が近づいてくる……。夏休みがなくなる……」呟く口には、成績の悪さを伺わせる哀愁さえ漂っている。


 そう、こんな日だったのかもしれない。


 ともすれば、この日こそが始まりだったのかもしれない。


 人が超人になってから、37年の歳月が過ぎた今日この日。


 例えば、少年の恋の物語の。


 例えば、少年の冒険の物語の。


 例えば、この世界に、神様が生まれる物語の。


 そして例えば、世界が終わる物語の。

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