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糖度高めの現代短編まとめ

1年の半分が過ぎたけどなんにも進化してないと思ったけど、恋の種が芽吹いていたそうです。

作者: 木村 真理

総務部の女子は、わりと仲がいい。


とはいえ。


私、29歳。独身。

他の女性陣は40歳以上の子持ちが3名、24歳と25歳の独身女子が4名。

となると、微妙に私だけが浮いちゃうのは、自然の摂理だ。


年齢的にも、独身っていうステータス的にも、若者グループに交じることが多いけど、20代の5歳違いの差は大きい。

話してても、きゃぴきゃぴ感とか、無敵感とか、かなわないなぁと思うことが多い。

あちらからしても、私には微妙に気を使うし、鬱陶しい時もあるんだろうな、とは思っていた。


だから、まぁ、平気なのだ。

ふだんは使わない部署から離れたトイレを使っていたら、総務部の若者組が入ってきて、今日の合コン予定を楽しそうに話しているのを聞いちゃったのも。

その合コンの話、私は聞いてないのも。

仕方ない、と、思う。


でも、なぁ。


「今日の合コン相手、由実の同級生なんだよね?タメで、勤務は地銀だよね。楽しみ」


「綾羽は、堅実好きだよね。まぁ、地銀は転勤が少ないのはいいか」


「ひまりは、地元好きすぎでしょ。由実は、その同級生の子が好きなんだよね?佐藤くん?」


「うん!だから、佐藤くんは手出しナシで。後は、もちかえるなり、適当にあしらうなり、お好きにどうぞ」


「そんなこと言って、佐藤くんだけかっこいいとかないよね?」


「ない!ない!佐藤くん、見た目地味だもん。そのわりに、友達はイケメン多いし」


「ほんとー?佐藤くんがいちばんかっこよかったら、食っちゃうよ?」


「やめろし!……いや、マジで。やめてください」


「夏帆、からかわない。由実、本気なんだよ。だから莉緒姉さんも呼ばなかったんだし」


「へ?莉緒姉さん呼ばないのって、佐藤くん対策なわけ?わたし、てっきりおばさんには用がないからかと思ってたわ」


「夏帆、キツいって。まだ会社だよ。ひまりも、睨まない。莉緒姉さんがほぼ30歳のおばさんなのは、ほんとでしょ。合コンじゃ、敵じゃないって私も言ったのにさぁ。由実が、どうしても嫌だって」


「だって、佐藤くん年上好きだって言ってたし。包容力あるのがいいんだって」


「包容力……?莉緒姉さんに?あの人、わりとドジだし、ぼーっとしてるし。包容力とか皆無じゃない?」


「ひっど。莉緒姉さん、仕事はできるじゃん」


「仕事だって、年の功なだけでしょ。わたし、自分が29歳になったら、もっと仕事できる自信あるし」


「でも、夏帆はあんなふうに後輩フォローしたりしないでしょ」


「ひまり、ムキになりすぎ。っていうか、わたしはアラサー前には結婚して、仕事やめる予定ですから」


「予定は未定っていうけどね?だいたい、夏帆は25歳なんだから四捨五入したら30でしょ」


「綾羽、それ以上いったらシメる。莉緒姉さんと一緒にするなし」


くすくすと、悪意のある笑いがかわされる。


「あ、もうこんな時間。昼休み終わる」


ひまりちゃんの声がして、ぱたぱぱたと3人はトイレから出て行ったみたいだった。

後に残された私は、1分くらい便器の上で呆然としていた。


それなりにかわいがっているつもりだった後輩4人。

年齢差から、ちょっと疎まれているところはあるだろうと思っていたけど……。

仕事まで、微妙だと思われていたとは。


これでも、彼女たちのミスは私がだいたいフォローしているのに。

年長組はバリバリに仕事はできるけど、お子さんのお迎えとかがあるからって残業はしてくれないから。


仕事なんだからしょうがないといえば、それまでだ。

でも、だからって割り切れない。

どうしようもなく、モヤる。


唯一の救いは、いちばん懐いてくれているひまりちゃんが終始私の味方をしてくれたことかも。

ひまりちゃん、いつもキラキラした目で「莉緒先輩、すごいです。尊敬してます」って言ってくれているのに、あれが演技だったら心が死んでた。


けど、やっぱ他の3人の言葉を思い出すと、イライラする。


やってられねぇよと思いながら、午後の勤務はいつも通りにこなした。




で、6時。終業。

わりとホワイトなうちの会社では、繁忙期でもない限り、総務部は定時で帰宅できることが多い。

特に今日は、月末の金曜日で、ノー残業デーだ。

終業の鐘がなると同時に、席を立つ人も多い。


女性陣は、特にだ。

私以外の全員が、鐘がなりおわると同時に、ピッ、ピッとタイムレコーダーに社員証を押し付け、「お先に失礼しまーす」と軽やかにフロアから去る。


「莉緒先輩は、まだ帰らないんですか?」


あっという間に、フロアから人が消える中、まだパソコンをたたいていると、ひまりちゃんが声をかけてくる。


「んー、この書類だけしたら帰るわ。あと5分ってとこ」


「そうですか。お先に失礼します」


「はい、お疲れ様」


ぺこりと頭をさげて、ひまりちゃんはフロアを出る。

その小動物っぽい後ろ姿に、ため息がもれた。


考えてみれば、仲のいい同僚が全員私を下げている中、かばってくれるのは勇気のいる行動だ。

他の3人にしても、わかりやすく浮いている私を軽く攻撃することで、仕事へのうさばらしとか、仲間意識をかためたりとかしてるだけだろう。

中高生の女子が、先生を陰口のネタにするようなものだ。


私は、彼女たちの仲間には慣れない。

ごちゃごちゃ考えたって、それは単純な事実だ。


「結婚、かぁ」


夏帆ちゃんの言葉を思い出して、つぶやく。

アラサー。

ほぼ30歳。

どれも、事実だ。


結婚したからって仕事をやめるつもりはないけど、そろそろのんきなことも言っていられないお年頃なのかも。


思えば、今年の1月には「今年中には結婚する!」って思ってたんだよね。

まぁ、「今年こそ、TOEIC750点超える!」とか、「ダイエットして3キロ落とす」とか、毎年思ってるけど、すぐ忘れるのと同じで、今まですっかり忘れていたけど。

けっきょく英語の勉強もダイエットもぜんぜん進化してない。

そろそろ今年も半分が終わるのに、なんかもうダメだ。


お見合いでもするかなぁ。

文書を保存しつつ、ぼんやりと考える。

まぁ、現実にはお見合いしたからといって、すぐ結婚できるものでもないらしいけど。


「……結婚!?」


どさっと何かを落とした音といっしょに、フロアの入り口で声がする。

うわ。独り言、聞かれてた?

会社でひとり居残りつつ、「結婚」とか独り言言うアラサー、痛すぎじゃない?


「あ、加々美くん、お疲れ様」


何事もなかったふうに、しれっと言う。

フロアの入り口にいたのは、ひまりちゃんの同期で、営業部所属の加々美くんだった。


「ひまりちゃんなら、もう帰ったよ」


「ひまりが帰ったのは知っています!そんなことより、莉緒先輩、結婚って……、結婚するんですか?誰と?」


あっという間に私の机までにじりよってきた加々美くんがつめよる。

大学までラグビーをやっていたという体育会系バリバリな加々美くんのガタイはよすぎる。

つめよられると、若干恐い。

あと、顔が近い。


「いや、結婚したいなーって願望が口から出ただけ。相手はいません」


パソコンをシャットダウンしながら、ひらひらと手をふる。

でも加々美くんは納得できないのか、凛々しい眉をひそめてじっと見てくる。

やめろください。


「いや、今日で6月も終わりだし、今年も半年過ぎたじゃない?そろそろ年齢も年齢だし、結婚したいなーと思って」


「って、相手はいるんですか?その、彼氏とか?」


「いないよー。なんかお見合いでもしようかな」


「なら、俺と結婚してください」


「ん?」


いま、なんか聞こえた気がする。

クリアディスクにはうるさい会社なので、机の上を片付けていて、うっかり妙な幻聴を聴いたようだ。

さっさと帰って、寝よう。


「さてと。私も、もう帰るね。加々美くんも、フロア出てくれる?さすがに他部署の子、残して帰れないし」


「俺と、結婚してください!」


よっこらせっと椅子から立ち上がったら、加々美くんに手を握られた。

って、えぇ?


「結婚!?加々美くんと!?」


なにが、どうして、そうなった!?


だって、加々美くんと私は、別にぜんぜんそういう関係ではない。

ひまりちゃんと同期だという彼とは、同じ会社だからそりゃ顔を合わせる機会はある。

ひまりちゃんたちと一緒の大人数の飲み会とかも、一緒に行ったことはある。

でも、二人きりで話したことも、出かけたこともない。

プライベートな連絡先すら、知らない。


なのに、なぜ、結婚!?


私が繰り返すと、加々美くんも自分のむちゃくちゃな言葉に気づいたようだった。

日に焼けた浅黒い顔をかぁっと赤く染めると、しどろもどろに言葉を紡ぐ。


「い、いや、それは、先走りすぎました。あの、今日、6月終わりだし、そこの神社で夏越の祓やってるし、莉緒先輩そういうの好きだから、誘ってみろってひまりにけしかけられてて……」


「ひまりちゃん?」


夏越の祓は、6月の末日の大祓だ。

好きというか、毎年近所の神社に行っているので、行かないと落ち着かないから行くつもりではあった。

会社の近くの神社でも、茅の輪が出ているのは知っていたけど。

ひまりちゃんが誘ってみろって、けしかけたって……?


「えっと、どういうこと?」


「好きです。付き合ってください」


「へっ」


話が、あっちこっち飛びすぎでしょ?

わけがわからなくて、ぽかんと加々美くんを見つめる。


加々美くんの顔は真っ赤で、握りしめられたままの手は熱い。

私を見つめる視線は、熱がこもってて……。


ぶわっと、私の顔にも熱がうつる。


加々美くんは、ひまりちゃんと同期の24歳で。

私より、5歳も年下で。

だけど、営業部でも大きな契約をつぎつぎとまとめているホープで、仕事のできる同僚で。

顔もちょっとキツめの目が恐いけど、整ってるし、ラグビーで鍛えた体はたくましいし、つまり女の子たちに大人気で。


……ひそかに、私も一緒の飲み会の時に「いいな」って横目で見つつ、初めから諦めていた相手なのに。


私のことが、好き?


都合よすぎて、信じられない展開。

だけど、加々美くんの視線が、態度が、私のことを好きだって訴えてて。


むしろ、今までどうして隠してたんだ?って思うくらい。


加々美くんは、自分を落ち着かせるように、大きな呼吸をひとつして、言った。


「初めて見た時から、綺麗な人だなと思ってました。美人だけど、それだけじゃなくて、髪とか爪とか服とか、丁寧に手入れされている感じとか、ぴんとした姿勢とか。生き方が丁寧で、綺麗なひとだなって。一緒に仕事をしていると、電話やメールの的確さとか、書類の見やすさとか、相手のことをさりげなく気遣える人なんだって、ますます気になって」


どくどく、心臓がなる。

男の人に見つめられるのって、こんなにもどきどきすることだっただろうか。

ひとつ褒められるたび、恥ずかしさと嬉しさで、どうにかなりそうになる。


「いつの間にか、好きになってました。たまにうっかりするところも、真面目すぎて貧乏くじひくようなところも、めちゃくちゃ好きです」


「なにそれ」


「先輩は覚えてないかもしれませんけど、2年前の入社してすぐの飲み会の時、トイレで吐いてた男いたでしょ?あれ、俺です。ほとんど酒のめないのに、仕事だからって断れなくて……。他の人は見ないふりして逃げてったのに、先輩は最後まで付き添ってくれて」


そういえば、そんなことあったかもしれない。

わりと、よくあることだったから覚えてなかったけど。


「飲めないなら、断っていいんだって教えてくれて。適当な逃げ方も、教えてくれたでしょう?」


「……ごめん、わりとそれ年中行事だわ」


毎年、いるのだ。

その手のことに不器用な新入社員が。

だから、誰が相手だったとかいちいち覚えていない。


「というか、最近って加々美くんも最後まで残って潰れた人の介抱とかしてくれてるよね?」


「莉緒先輩、ひとり残していくわけないでしょ?俺みたいな男が出るかもしれないのに。それに、ちょっとでも莉緒先輩と一緒にいたかったから」


乙女か!

なんか初々しい反応に、若さを感じる。


加々美くんはモテそうだし、実際、大学生のときなんかは彼女絶えなかったって噂を聞いたけど、あれは嘘だったのだろうか。

ピュアさが痛い。


あぁ、でも。


好きかもしれない。

こういうの。


ちょっと不器用に、かっこわるく、私のことを好きだと言ってくれる加々美くんは、手の届かない年下のイケメンなんかじゃなく、ひとりの、私のことを好きになってくれた男の人だって思えた。


なんだかんだいいながら、私の手をいまだに握りしめたまま、離してくれない必死さも、なんだかかわいくて。


ほだされる、と言ったら、違うかもしれないけど。


「いいよ」


「え?」


「とりあえず、付き合ってみる?」


若干上からな感じで言う。

素直さも可愛げも、ゼロに近い。


なのに、加々美くんは。

ぱぁあっと、めちゃくちゃ嬉しそうな顔で、笑う。


そして。


「はい!お願いします!」


って、抱き付いてくる。

大きな体にすっぽり抱きしめられて、ぎゅっと身を縮める。

それから、そっと力をぬいて、加々美くんの胸にもたれかかる。

バクバクと、心臓が大きな音を立てているのが聞こえる。


太い、力強い腕が、私のことを大切そうに抱きしめる。

こんなふうに大切に抱きしめられるのは、いつぶりだろう。

その温もりに、切ないほど心臓がときめいた。










などとのんきに久しぶりの恋にときめいていた私は、恋愛沙汰に不慣れそうな年下の彼氏が、仕事のできる男だって言うのをすっかり忘れていた。

私の了承を得たと思った加々美くんは、当初の宣言である「結婚」に向けて外堀を猛スピードで埋めていき、今年の終わりには結婚式をすることになるなんて。


その時の私は、想像すらしていなかった。


なお、私たちの結婚式に出席してくれたひまりちゃんは、「私は初めからこうなるって思ってましたよ」と笑っていた。

「まぁ、加々美には先輩はもったいないと思いますけどね!」と微笑む彼女は、まちがいなく私たちのキューピッドだ。




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