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1.過労死したら女神が

 ま、またバグかよ……。

 ノートパソコンのディスプレイにポップアップメッセージが浮かぶ。

 バグ、バグ、仕様変更……そしてまたバグ……。

 

 これは酷い。絵にかいたようなダメな仕事っぷりだ。し、しかし、お仕事とはチームワーク。

 え、ええい。やるしかねえ。やるしかねえんだ。バグを叩き潰すのが俺の仕事。

 

 栄養ドリンクを一気飲みして、猛然とパソコンに向かう。

 

「す、すいません。日下部(くさかべ)さん。また仕様変更が入ったと……営業部の課長から……」


 新人社員がおずおずと俺に知りたくもない事実を告げる。

 申し遅れたが、俺は日下部壮士(くさかべ そうし)。二十八歳の超絶ブラック企業に勤めるしがないIT技術者だ。


「い、いま修正したところが無駄になるのか……つ、辛い」

「す、すいません」

「い、いや。君が悪いわけじゃあないじゃないか。もう遅いから、帰社していいよ」

「日下部さんは?」

「もうひと踏ん張りしてから」


 新人社員は何か言いたそうに口元を揺らすが、俺は気が付かぬフリをしてノートパソコンに向かう。

 

 さあやるぞおお。

 気合を入れるために両頬をぱああんと叩くと、キーボードを叩き始める。

 えっと、今日で会社に泊るの何泊目だっけ……そんなことを考えていたら……手足に痺れを感じ急に眠気が襲ってきた。

 

 ◆◆◆

 

 ……ハッ! 寝てた!

 朝まで後何時間だ? 慌てて顔を上げようとするが、何故か床に寝ていた。

 あれ? 起き上がり左右を見渡す。

 

 明らかにおかしい。

 だって、オフィスにいたはずの俺の目に飛び込んできたのは、見渡す限りの真っ白い空間だったんだ。

 どうやら、まだ夢の中にいるらしい。寝ころんだら目が覚めるかなあ。

 ゴロリと床に寝転がるが、夢だけに眠くならない……。どうしたものかと思っていると、不意に背後から若い女の子の声がする。

 

「あのお。ソウシさん」

「ん……?」


 顔だけを後ろにやると、二十歳に満たないほどの美少女がニコリと微笑んでこちらを見下ろしていた。

 ウェーブのかかった長い金髪に大きな青色の目。丸顔でやや小さめの口が相まって小悪魔的な印象を受ける。

 服装はなんていうんだろう。ノースリーブの古風な純白のドレスとでも言えばいいのだろうか。欧州の絵画にあるような……あんな感じだ。

 しかし、下から見上げていると勿体ないな。立ち上がろう。どうせ夢だし、気にしない気にしない。

 

 立ち上がり、彼女の方へ向き直る。

 彼女は俺より頭一つくらい背が低いので、顔を合わせるとよく見えるよく見える。

 

「ちょっと、どこ見てるのお!」

「胸だが?」

「堂々とすればいいってもんじゃないの」


 ぷんすかと頬を膨らまして両腕で胸を覆うように隠されてしまった。

 それほど大きなおっぱいではなかったけど、谷間が良く見えて実にけしからん景色だったのに。夢の中だけでもいい思いをさせてくれたっていいじゃないか。


「ソウシさん、ここは夢なんかじゃないんだからね」

「まさかあ。こんな非現実的な空間なんて聞いたこともない」

「異世界転生って聞いたことあるかな?」

「ん、その単語は……聞いたことがあるような聞いたことが無いような」

「ソウシさん、あなたは過労死したの。だから、今ここにいる」


 ……。

 酷い。あんまりだ。もし本当なら俺の人生って何だったんだよ!

 学校を出て、馬車馬のように働きお金を使う暇もない。今みたいにおっぱいを閲覧する時間もなかった。


「それで、俺はこれから天国にでもいくのかな……?」


 自嘲するように呟くと、彼女はにんまりと微笑み両手を広げる。

 

「ううん。働き者のあなたに目をつけた私は、あなたを勇者として異世界へ転生させたいと思っているの」

「へええ……えええええ! 君は何者なんだ?」

「私? 私はあなたがこれから行く世界の女神。今、私の世界は魔王の恐怖に(あえ)いでいるの。だから、勇者を」

「何だって俺なんだ……」

「それは私があなたを気に入ったから……こんなこと言わせないでよ……」


 ツンデレかよ。この女神。

 まあいい。それはいい。

 

「チート能力を一つ選んで、そして勇者になって私の世界を救ってくれないかな?」

「だが、断る!」


 俺は聞き逃さなかったぞ。女神は「働き者のあなたに目をつけた」って言っていたじゃないか。

 きっと勇者の仕事ってのはクソ忙しいに決まってる。

 過労死して、またブラックな仕事とか……俺に過労死を二度も体験しろとでも言うのか。

 拒否だ。断じて拒否だ。本当にもう死んでいるというのなら、天国へ行かせてくれ……そこで俺はのんびりと暮らしたい。

 

「む、むうう。強情ね」

「もう天国へ逝かせてくれないか……いろいろ疲れたよ……ゆっくりしたい」

「それなら特別なお仕事があるわ。とってもラクチン。ゆったり。なんと今なら家と広い庭まで付いてきます!」

「な、なんだとお! どんな仕事だ?」

「それは……」

「それは?」


 そこで言葉を切り、「んー」とかもったいぶって人差し指を口に当て悩む仕草を見せる女神。


「えっとおー」

「もういいや……めんどくせえ」

「もう、せっかちさんなんだから」

「で、どんな仕事なんだ?」

「私のお手伝いをして欲しいの」


 女神はお仕事の内容を説明し始める。

 勇者の持つチートの一つに「死んでも復活する」という能力がある。ただ復活するためには、王様の元まで連れて行き彼の儀式を受けないといけない。

 そこで、一つ問題が出てくるのだ。

 異世界は当たり前だけどゲームではない。死んで(ころが)ると画面が暗くなって、自動的に王様の元へ転移することなんてないのだ。


「なるほど。俺に死亡した勇者を王様の元まで運んで欲しいってことか?」

「そうそう。理解が早くて助かるわ。言わばあなたはゲームシステムの一部みたいなものよ」

「ぶっちゃけたな……。確かにその仕事なら楽そうだ」

「うんうん。天国に行っちゃうと好き勝手な暮らしは出来ないわよ。例えばこんなこととか?」


 女神はスリットの入った純白のローブの裾をちらりと翻す。お、見えそう。

 確かに天国ではお色気とかご法度な気がする。それ以外にも美味しい食事とか、こう……何というか欲望を満たすものは無さそうだよなあ。


「……勇者が死なない限り仕事もないってわけか。確か広い庭付き一戸建てもついてくるんだったよな?」

「うんうん! 畑もできるわよ。土いじりとか『スローライフ』って感じじゃない?」

「そうだなあ」

「たまにやるお仕事でちゃんとお金も入るし! ゆったりお仕事、まったりスローライフ」

「悩むところだ……」

「まだ何かあるの? 死人はどんどんここに来るのよ。あなただけにそこまで時間をかけてられないって事情が……」


 悪くない条件だと思う。

 でも、何か裏が無いかちゃんと考えてだな……うまい話に乗っかった結果、ブラックでしたーじゃあ転生する意味がない。

 

「も、もう。じゃあ、サービスしちゃう」

「いらね」

「まだ何も言ってないでしょお!」


 どうせ碌なもんじゃねえだろ。サービスのかわりにもっと働けとか言われても困る。

 しかし、女神は一瞬たじろいたものの、すぐにまくし立てるように言葉を続けた。


「ひょっとして、能力の心配をしてる? 心配しなくても大丈夫よ。あなたはシステム。怪我をすることさえまずないと思うくらいになってるから」

「ふむ……時間もないんだったよな。分かった。やってみるか」

「やったー。ありがとう。ソウシさん!」


 喜びを露わにした女神が力一杯抱き着いてくる。

 その瞬間、俺の意識は真っ白になっていった。

よろしくお願いします!

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