84、飛行訓練
84、飛行訓練
そんなに高くはない。せいぜい1メートルほどだが、自分の意思とは関係なく宙に舞い上がってしまったリーちゃんは、スーッと空中を滑るように飛び、サンヨーの真横スレスレに着地した。
時間にしてほんの2~3秒だが確かに飛んだ。
「うわっ、なんだよおめぇ、近いぞ」
「リー、どうしたの? どうやって飛んだの」
「わかんない、急いで行こうとしたら勝手に体が浮いたのよ」
ミーちゃんもみんなのところへ駆け寄った。もちろん普通に足で走ってだ。
「なんだ、簡単に飛べるんだ、別に練習なんていらないじゃん」
そう言ってソニーはその場で思いっきりジャンプしてみた。グリコの人のようなポーズで飛び上がったソニーの体は……そのままの体制でストンと着地した。
マスクとゴーグルで表情が見えない分、とてもマヌケな感じだ。ソニーは腰に手を当て、首を傾げた。
「おっかしいなあ、思いっきり飛んだのに……」
「リーは走り出そうとしただけで飛べたのに、どういう事かしら」
「うーん、分かんない時はヒエール様ね。ヒエール様ぁ」
リーちゃんはカミテレコンに向かってヒエール様を呼んだ。他のみんなも同じようにカミテレコンをヒエール様につなげた。
「スーツの具合はどうじゃな? 気に入ったかヴェ」
「うん、まあまあね。でもさ男子たちがみんな赤がいいってもめてるんだけど」
「ホホッそうかそうか。やはり赤は人気があるのう。東芝とソニーよ、すまんが赤はサンヨーに譲ってやってくれないかヴェ」
「ほら見ろぉ、赤はサンシャインレッドのもんなんだよっ」
「えっ? なんでだよ」
「スーツは元々サンヨーのアイデアじゃヴェ。それにスーツを着て魔神オカマから、命がけでリーちゃんを守ってくれたヴェ。その功績からして赤はやはりサンヨーじゃ」
そんなことがあったのか、知らなかった……神様にそう言われたらしょうがない。二人はしぶしぶ承諾した。
「ちぇっ仕方ないな、じゃあオレは……黒! ブラックにするよ。強そうだろ?」
強そう? 逃げ足だけは早いくせに。
「じゃ、ボクは、金にしようかな。光だから」
名前が光だから、金ピカゴールドね。光る東芝、ってことで色の問題はヒエール様の天の声で一件落着。
「それでね、空の飛び方なんだけど、あたしは勝手に飛べたのに、みんなは飛べないの。あたしもどうやったか分かんないし。どうしたら飛べるのかしら」
「フム、飛び方のコツじゃな。初めは上手く飛べないかもしれんが、自転車と同じようなもんで、コツさえつかめば自由に飛ぶことが出来るようになるヴェ」
「じゃ、練習もしないで飛べたあたしってスゴイの? やっぱりあたしが勇者だから?」
確かに、リーちゃんは生まれて初めて、大通りの横断歩道を一人で渡り、リサイクルショップまでたどり着いた「勇者」ではあるが、空を飛ぶ力とはあまり関係がないように思えるのだが。
「空を飛ぶには、心の中でマントがなびき、天に舞い上がるイメージを描きながら、両足で地面を軽く蹴るヴェ、さすれば汝らの体は30センチ位宙に浮かぶヴェ。」
「そうか、ジャンプするだけじゃダメなんだ」
「あとは行きたい方向に重心をかければその方向に進むし、もっと高く飛びたい時、逆に地上に降りたい時、スピードを上げたい時も、そのイメージを思い描くだけでよいヴェ。イメージと重心のコントロールがキモじゃヴェ」
ソニーのように思いっきりジャンプしても、ぴょんと跳ねただけになってしまう。頭の中でしっかりイメージを膨らませないと飛び立てないのだ。
ならばなぜ、リーちゃんは飛べたのか?
「ふーん、大体わかったわ。じゃ、さっき、あたしは走ろうとしただけなのに勝手に空を飛べたのはなぜかしら」
「それはエンジェルフィールというやつのせいじゃヴェ」
「えんじぇるふいーる?」
リーちゃんがヒエール様に質問を続ける中、他の4人はさっさとヒエール様との通話を切り、宙に浮く練習をし始めた。みんなバランスボールにでも乗っかっているように、フラフラしながらも浮く事には成功したようだ。その傍らで、すずちゃんがバランスのとり方をレクチャーしている。
「そのスーツの素材は運命の赤い糸、天使の羽など、天界でしか入手できない素材が多く使われておるヴェ。エンジェルフィールはそれらの素材の持つ潜在能力じゃヴェ」
「洗剤? のうりょく? 何それ」
「その物の内に秘めた力じゃヴェ。リーちゃんにとって大切な人、愛する人に危険が迫った時それが発動し、すぐさま飛び立つことが出来たのじゃヴェ」
「な、何よ大切な人とか、愛する……人?」
「おやおや、心当たりが無い、とは言わせないヴェ?汝はサン……」
プチ
「もー! ヒエール様ったらエッチなんだから、あたしも飛ぶ練習しよーっと」
マスクをつけているから外から見ても分からないが、リーちゃんの顔は真っ赤っか。リーちゃんは肩を怒らせ、のしのしと飛ぶ練習をしているみんなのところへ歩いて行った。
「よぉ香織、見てみて、浮かべるようになったぜ。お前もやってみろよ」
「う、うん」
リーちゃんは横でフワフワ浮いているサンヨーをチラッと見て、頭の中で空を飛んでいるイメージを思い描き、目を閉じて両足で軽く地面を蹴った。
シュイーーーン
するとリーちゃんの体は30センチどころか数十メートルの上空まで一気に舞い上がった。
「わぁー!スゲーな」
「さすが松下さん、飛びっぷりが違うね」
ヒエール様に愛だのなんだのと言われ、心臓がバクバク、ドキドキして興奮気味だったせいか、は分からないが、とにかくスピードもすごかった。
「あんなに高くまで……マズいな。臨場感の外に出てしまっているよ」
五重丸の臨場感のパブリックモードの高さは10メートル弱。その高さをはるかに超えて飛び上がってしまったリーちゃんは周りから丸見え状態だ。
五重丸は険しい顔で叫んだ。
「おーい! リーちゃーん、もっと下がらないと誰かに見つかっちゃうよー!」
「えっ? うわっ高っ!」
五重丸の声を聞き、目を開けたリーちゃんは、その時初めて自分のいる高さに気づいて驚いた。真下には校舎の屋上が小さく見え、そこにいるはずのサンヨー達の姿が見えない。
それは、臨場感の外に出てしまってるから。
だから誰もいないように見えるのね。
「ヤバい、戻らなきゃ。でも、どうやって?」
今のリーちゃんは、驚いて高い木に登り、下りられなくなった子猫のようなもの。安全に降下するイメージがうまく描けない。
と、その時、後ろから声が聞こえた。
「みいつけた、ギャッ」




