82、練習しよう
82、練習しよう
サンヨーは辺りをキョロキョロと見回して、声の主を探した。
乗ってきたタクシーは突き当りの丁字路を曲がり、大通り方面に走り去って行き、近くにいるのはサンヨーのお母さんだけだ。
「母ちゃん、何か言った?」
「え?」
サンヨーのお母さんは、入院のため準備していた荷物を玄関前に置き、振り返った。息子が何を言ったのかよく聞こえなかったが、落ち着かないその様子を愛おしげに見て思った。
(この子ったら病院ではブスッとしてたけど、思ったより結構反省しているのね……今までちょっと怒りすぎたかしら……)
妙に優しそうな、そしてどことなく悲しそうな顔で、こっちを見ている母親をサンヨーは気持ち悪そうに見つめ返した。
(……言ってないよな。それに聞こえたのオッサンの声だったし。気のせいか……)
「大丈夫よ、夏だから布団だってすぐ乾くし、シーツも新しいのに取り替えておくから。さあさあ、明日から楽しい夏休みだ、エンジョイしようぜーっ」
(ウンウン、おねしょなんて遅かれ早かれ、大きくなったらみんな治っちゃうんだから……子育ては焦っちゃダメね)
「うわ、何だよ母ちゃん、やめろよ、カッコ悪いからやめろってば」
いきなりハグして、顔をスリスリしてくるお母さんを払いのけ、玄関ドアの方に逃げるサンヨー。お母さんも置いていた荷物を抱え軽やかなスキップで追いかけて行った。
「イェイイエーイ、ハッハッハー」
サンヨーがお母さんとイチャイチャしているその頃、リサちゃんでは、変身アイテム「ヒエールバッジ」を試してみたい4人が話し合いをしていた。
「ホント? これで変身できるの? やってみたい、今すぐ変身したい!」
「ダメよソニー。聞いてたでしょ、ヒーローは正体がバレちゃまずいんだから」
「だってさ、オレ達、飛行機も乗ったこと無いんだぜ? 変身して空飛ぶ練習しないと」
「そうね、私らだって自分で飛んだことないし、デザインも気になるしね」
「それは心配するなヴェ、我のデザインセンスを侮るでないぞヴェ」
このバッジの出来栄えを見て心配してるんだよ、と東芝以外の全員が思った。
「ま、まあそう思うなヴェ。ちなみに色や装備はその者のイメージで変化するから、そこそこ気に入ってくれると思うヴェよ」
ヒエール様は、デザインセンスを心配するみんなの心を読んで、そう答えた。スーツの基本的なデザインは変わらないが、色や装備は呼び出した人の好みで変更できるようだ。
「リーちゃんの言う通り、ここで変身するのはマズいね」
「そやそや、そのうえ、空を飛んだりしたら大騒ぎになるで」
「でもさー、飛ぶのって結構ムズイよー、練習は必要よー」
飛行の専門家すずちゃんが言うとおり、何もない空中でバランスを取り、自由に空を飛ぶには練習が必要だ。
問題はその練習をどこでするか、だが……
「神社でやる?」
「うーん、夏休みはオレ達みたいに虫取りにくるヤツが結構来るから、どうかな」
「校舎の屋上ってのはどうだい? 夏休みだし誰も来ないと思うけど」
「そうね五重丸、職員室や運動場は先生がいるかもしれないけど、屋上には来ないよね」
「まてよ、屋上ってどうやって行くんだよ。鍵かかってて通れなくなってるぞ」
「ソニー、大丈夫よ」
リーちゃんは初心者二人に、家電達の使える魔法やバビエオの説明をした。相変わらずヘタクソな説明で、二人には半分ほどしか伝わらなかったが、ヒエール様や五重丸の補足説明を受け、大体のことが分かった。
「そうなんだ、バビエオで合体すれば空を飛んで屋上に直接行けるんだね。じゃ、サンヨーも誘ってみんなで練習しようよ」
「分かった、行けるかどうかちょっと聞いてみるね」
リーちゃんはそう言ってカチューシャのリボンを外し、サンヨーに連絡しようとした。
「あれ? 何か変わってるね。これどうするの?」
「連絡先が増えたからの、少し改良したヴェ。リボンに向かって話ししたい者の名前を言えばボタンに名前が表示され話しが出来るヴェ。例えばミーちゃんと話したい時は、”ミーちゃん”と言っても”お姉ちゃん”と言ってもOKヴェよ」
「スゲー、音声認識するのか、AI入ってるの? こんなペラペラなのに」
新しい物好きのソニーは、自分の帽子の野球ワッペンを取り、しげしげと見つめて言った。1年生なのに難しいこともよく知っている。
そんなソニーを横目で見ながら、リーちゃんは言われた通りリボンに呼び掛けた。
「おーいサンヨー」
ビチビチビチ♪ビチビチビチ♪
臭そうな着信音がサンヨーの帽子から鳴り響いた。
「もしもーし、サンヨー? 今どこにいるの?」
「あぁ家だけど……ってか、お前らヒデーぞ。おねしょして3階から落ちたって、何だそれ! すずちゃんだって……」
「あーごめんごめん、仕方なかったのよー、でさあ、今ヒマ? これからみんなで空を飛ぶ練習をしに学校へ行く事になっから、家の隙間で待っといてね、迎えに行くから」
「え? 何? 学校で空飛ぶ練習って、ど…」
プチ
リーちゃんは、雑な謝罪と大雑把な説明をして、リボンをカチューシャに戻した。
一方サンヨーは「空飛ぶ練習」が気になって仕方ない。
仕方ないから、行くしかない。
「サンヨーは? 来るって?」
「うん、たぶんね。さ、あたし達も支度しましょ」
「あ、あぁ」
そう言ってリーちゃんは、展示コーナーの裏側に隠れ、五重丸に預けていたSR-18をヘブレージボックスに吸い込んだ。それをショルダーバッグに放り込み、再び、みんなのところへ戻った。
「じゃ、レイちゃんとすずちゃんとジャブ君は、バビエオでレジャズになって。それと、ダイさんとトコちゃんは一度本体に戻った方がいいよね。バタンキューになったらマズいし。東芝とソニー、ワッペンのボタンを押して戻してあげて」
「あんた、随分張り切って仕切るわね」
「そりゃそうよ、あたしが一番先輩なんだから。みんなも早く飛んでみたいでしょ」
「そうだね、洋君にも会いたいし。えっと、このボタンを押したらいいのかな」
東芝はそう言ってトコちゃんのボタンをポチっと押した。それを見てソニーもダイさんのボタンを押した。すると、トコちゃんとダイさんは目の前からシュッと消え去った。
二人ともバタンキューになっていないから、学校に着いた頃に呼び戻せば体力は回復しているだろう。
「おっしゃー、準備できたでー……毎度ご利用ありがとうございまーす」
空中にレジャズの手がにゅっと現れ、おいでおいでをしている。リーちゃんは展示コーナーの裏から回り込み、臨場感の内側に姿を消した。ミーちゃんは、ビビる東芝とソニーの背中を押しながら、その後に続く。
「それじゃ気をつけてのう、安全第一じゃヴェ」
ヒエール様達に見送られ、みんなを乗せたレジャズはリサイクルショップを出発した。
そしてサンヨーも首を傾げながら待ち合わせ場所に向かった。
「空を飛ぶ練習、って聞こえた気がするけど……飛び箱の練習の聞き間違いか?」




