8、ヴェーのおじさんは?
8、ヴェーのおじさんは?
自動ドアが開くとエアコンで冷やされた店内の空気がフワッと当たるのを感じた。リーちゃんは「あー、生き返った」と、気持ちよさそうにため息をついた。
リーちゃんとレイちゃんは店の中に入り、早速ヴェのおじさんを探し始めた……といっても知っているのはシールをもらったときに聞いた声だけ。名前も顔も知らないし、どうやって探していいのやら。
とりあえずレジや商品の整理をしている店員さんの近くに行って顔をのぞき込んだり、その声に耳を澄ましてみたりしたが、いまいち「あっこの人だ!」っていう店員さんはいないようだ。
リーちゃんはちょっと困った顔をして呟いた。
「うーん、あたしが聞いた声はおじいちゃんみたいな声だったんだけど……おばちゃんとお兄さんみたいな人ばっかりだねぇお店の人」
「ヴェーのおじさん今日は休みなんかもね。他に何か手がかりがあるかも知れへんし、もうちょっとそこら辺探してみよか」
二人はまるで迷路のようになっている通路をあちこち見て回った。新品みたいにきれいなものから、どこからどう見てもガラクタにしか見えないものまで色んなものが売られている。それを見て「何だこりゃ、アハハ」などと言いながら歩いていると、リーちゃんは急にハッと、何かを見つけたような顔をして速足で歩き始め、パタパタと走り出した。
「! 何か手がかりでも見つけたのかな?」レイちゃんもその後を追いかけた。
リーちゃんが走って行った先は「おもちゃ&ホビーのコーナー」だった。ショーケースにはお父さんの好きそうなフィギュアがずらりと陳列され、その上にディズニーやキティちゃんとかのでっかいぬいぐるみ達がお出迎えをするようにこっちを見ている。
どうやらリーちゃんは手がかりを見つけたんじゃなく、ただ、おもちゃのコーナーに行きたかっただけみたい。おじさん探しそっちのけで……。
やっとこさ追いついたレイちゃんは、女の子向けおもちゃのコーナーで箱をゴソゴソあさっているリーちゃんに聞いてみた。
「ちょ、ちょっとリーちゃん何してるの? ヴェのおじさんもう探さへんの?」
「え? あぁ、探すよ、探すけどさぁちょっと待って、あたしこれが欲しかったのよねぇ、このダイニングテーブル」
リーちゃんが手にしていたのはシルバニアファミリーのダイニングテーブルセットの箱だった。箱をくるくる回しながらリーちゃんは話を続けた。
「だって、うちの子達いつも積み木をテーブルの代りにしてご飯食べてるのよ、かわいそうでしょ?立ち食いでお行儀悪いし、それに……」
……出た。必殺マイペースや。リーちゃんの頭の中ではヴェーのおじさん問題もシルバニアの生活環境問題も重さはたいして変わらないんやな、やれやれと思いながらリーちゃんの話を聞いていた。
と、その時レイちゃんはピーンと何かの気配を感じた。何かは分からないが二人を呼んでいるような気配……そしてその気配に引き寄せられるように、一人でおもちゃコーナーの入り口付近まで歩いて行った。 リーちゃんは相変わらずシルバニアのコーナーで、箱を並べてブツブツ言っている。レイちゃんが離れて行ったのには全然気づいていないようだ。
レイちゃんはおもちゃコーナーの入り口から、さっき歩いてきた方と反対側の通路の方を覗いてみた。数メートル先に店の入り口とは反対方向にあるガレージ側の出入口が見える。気配はどうやらそのあたりからしているようだ。
レイちゃんはリーちゃんに声をかけた。
「ねえ、リーちゃん、よくわからないけどあっちの方に何か感じるんやけど、何かいるような気がするんや」
それを聞いてリーちゃんは初めて自分から離れたところにレイちゃんがいるのに気づき、思わず少し大きめの声で返事をしてしまった。
「へぇ、そうなの、ちょっと待ってね、すぐ行くから!」
うっかり大きな声で返事をしてしまったリーちゃんは、一瞬「ヤバイッ」と思い周りをうかがってみたが、おもちゃコーナーは結構人も多くにぎやかなので、誰も気づかなかったようだ。
「あー良かった……」
ホッとしたリーちゃんはダイニングテーブルの箱を売れてしまわないよう、ちょっと奥に押し込みレイちゃんの所に走って行った。そしてレイちゃんの指さす方を見てみて思わずハッとした。
「あぁ、そうそう、思い出した。たしかあの辺だわ、シールをもらったの」
「ふぅ、やっと手がかりらしいものがみつかったな、じゃあ、ちょっと行ってみよか」
リーちゃんがおもちゃコーナーから出たその時、どこからともなく懐かしい声がした。
「おお、久しぶりだヴェ、ちょっと見ないうちに大きくなったヴェ? それにお前、冷蔵庫も連れてきたヴェ、という事はひょっとしてもう名前を付けてしまったんだヴェ、大丈夫かヴェ? ちょっと二人ともこっちに来るヴェ」
「あー! ヴェのおじさんだ! やっと見ぃつけたっ……て、どこにいるの? 声は聞こえるけどおじさんが見えないよぉ! こっちってどっちよ、いったいどこに行けばいいのよぉ!」
リーちゃんは嬉しさ余ってさっきよりでっかい声で返事をしてしまった。しかも今回は興奮モードに入ってしまっているので止まりそうもない。声の主を探すようにキョロキョロしながら走りだそうとした。その様子を見て声の主は慌てて言った。
「まーまぁ落ち着けヴェ、そんな大きな声で叫んだら他の人に怪しまれるヴェ、我の声は耳に聞こえてるようだが我はしゃべっていないヴェ、お前らの心の中に話しかけてるヴェ、心の中で思うだけで話せるから、そんなに騒ぐなヴェ」
「え? そうなの? そんなことできるの? じゃあ……」
声の主に静止され我に返ったリーちゃんは、試しに「心の中」で喋ってみた。
「ヴェーのオッジさーん、どーこですかーっ」
「ハイハーイ、ここですよー、じゃないヴェ。もう、調子が狂うヴェ……とりあえず落ち着いてガレージの方に歩いてくるヴェ。それに言っておくが我はおじさんではないヴェ」
「あ、ホントだ思うだけで喋れるんだ、スゴーイ、何か魔法みたいだね。えーっとそれで、あなたはおじさんじゃ無かったのね、おじさんじゃ無いのなら、ひょっとしてあなたは……」
「フフッ、そーだ。さすが勘が鋭いヴェ、我こそは……」
「おばさん? ヴェのおばさんだったんだ」
「ちーがーうーヴェェェーッ! おじさんでもおばさんでもないヴェッ」