5、どうしよう……
5、どうしよう……
「リー、さっきからキッチンで何してるの? こっちおいでよ、面白いから」
リビングでお父さんと新しいテレビのリモコンをいじくりたおしていたミーちゃんは妹の驚いたような声を聴いて立ち上がり、カウンター越しにキッチンのほうをのぞき込んだ。そこには冷蔵庫の前でへたり込んでいるリーちゃんが見えた。その姿を見てミーちゃんは、
「あーっ!お母さーん、リーがぁ」
ゲッ、ヤバい、お姉ちゃんにレイちゃんを見られてしまった。みんなビックリして大騒ぎになっちゃう、リーちゃんは冷蔵庫から出てきたレイちゃんをかばうように前に立ちふさがり、首を横に振った。
「シーッお姉ちゃん、違うの、これはね、違うのよ」
……違うって何が? リーちゃんもついさっき目の前で起きたことを理解できていない今、これが精一杯だった。いつもならもう少し上手くごまかせるんだけど。
「リーがまたアイス勝手に食べるよー、ごはん前なのにー」
ミーちゃんは1階にいるお母さんに通報した。
「ええっ?」
あーよかった、お姉ちゃんにはこの子が見えてないみたい。とりあえず一安心だけど……冷蔵庫から出てきたこのちっちゃい冷蔵庫、レイちゃんだって言ってるけど、じゃこっちの冷蔵庫は誰? いったい何なんだろ……
ま、考えても仕方ないし、とりあえず今はアイスの無実だけ晴らしておこう。
一階でお姉ちゃんの声を聞きつけたお母さん、あの子ったらしょうがないわね、という顔で階段を上がってきた。リビングの方にチラッと目をやり、作業の後片付けをしているお兄さん達に(ごくろうさま、と)軽く笑顔で会釈をしながらキッチンの方へ。
冷蔵庫の前にいたリーちゃんを見つけ、
「ダメよ、もうすぐお昼なんだから」
と言おうとしたら、
「あたし食べてないよ、アイスなんか」
食い気味に否定されてしまった。
口の周りにアイスが付いている、なんて分かりやすい物的証拠もないのでどうやら嘘でもなさそうだし、「あら、そうなの?」と、リーちゃんの顔を見つめた。もちろんその目にはわが子の後ろにいる得体の知れないバケモノは見えてないようだ。もし見えていたなら外まで聞こえるような悲鳴を上げてひっくり返っているだろう。ゴキブリが目の前にカサカサ現れただけでも大騒ぎするんだから。
よしよし、前から声も聞こえなかったんだし大丈夫とは思っていたけどお母さんにも見えてないみたいね。
レイちゃんもその様子を見て安心したのか、リーちゃんの発言に賛同するように口を挟んできた。
「そーだ、そーだ、リーちゃんは何も食べてないよ、お姉ちゃんは今朝こっそりあずきバー食べたけど」
「ホント?お姉ちゃん朝からあずきバー食べたの?」
レイちゃんの証言に思わず答えてしまってリーちゃんは一瞬、「しまった!」と思ったがそれ以上に驚いたミーちゃんは、
「あ、あんたまだ寝てたじゃない、何で知っているのよ、しかも何で種類まで」
何でもクソも、冷蔵庫が言っているのだから間違いない。
「だめじゃない、ミーちゃん、勝手にアイス食べちゃ。ほれほれ、お昼の支度をするんだからあっちに行って、シッシッ」
お母さんはお姉ちゃんを軽く窘め二人をキッチンから追い出した。正確には二人と一台だが。二人は何やらブツブツ言い合いながらキッチンを出てリビングの方へ、その後ろをまだ歩くのに慣れてないレイちゃんが頼りない足取りでヨタヨタとついて来た。
「ねぇねぇ、何でわたしがアイス食べたの分かったのさ。おかしいじゃない、みんなまだ寝てたし絶対バレないはずなのに……」
「え? えーっと……あ、そうそう、キッチンのごみ箱にアイスの棒が捨ててあったし、それにお姉ちゃんの口、あずきバーの匂いがするよ」
「うそっ、そんなに匂うかしら、ってかあんたそんなに鼻良かったっけ?」
ミーちゃんがアイスを食べたのは3時間ほど前で、その後朝ごはんも食べているし、匂いなんて全然してないんだけど、それらしい言い訳がパッと思いつき、要領よく切り抜ける。さすが次女である。一方、実質「長男」のお父さんはリビングで、大好物のあずきバーの残り本数を気にしながらも、後片付けをしているお兄さん達の相手をしていた。
「いいですねぇ楽しそうなご家族で」
「いやいや、これが毎日だと結構大変ですよ、イタズラはするし、いう事聞かないし」
「アハハ、そうですかぁ、でもまぁ子供ってそんなもんですよね。じゃあ、テレビの設定もこれでOKです。後、このハガキに必要事項を書き込んで送っといてくださいね。本日はどうもありがとうございました」
「はーい、どうもご苦労様でした」
設置作業を終えた電気屋のお兄さん達はアナログテレビをトラックに積み込み、お母さんに見送られて帰って行った。
「はぁ……」
これからどうしよう……自分の後ろで体育座りしている小さな冷蔵庫をチラッと見てリーちゃんは大きなため息をついて呟いた。
「この子冷蔵庫から出しちゃったけど、今んとこ冷蔵庫はぶっ壊れてないみたいね、お母さん普通に使ってるし。それはいいとしてこのレイちゃんって一体何者? 動物? お化け? エサとか食べるのかな? 食べたらウンチもするだろうし……ってか、お尻の穴もあんのかな?お姉ちゃんとかには見えないみたいだし、相談してもバカだと思われるだけだし、あーもうどうしていいかわかんないよー」
「あのぉ……リーちゃん?」
レイちゃんはどんよりとした紫のモヤモヤに包まれたように悩んでいるリーちゃんに声をかけた。
「僕はエサっちゅうかご飯も食べないしウンチもしないから安心して……冷蔵庫だから電気さえあれば大丈夫やし。それと自分が何者なのか僕もよく解らないし、とりあえずそのシールをくれたヴェーのおじさんやったら何か知ってると思うんやけど」
「そっか、うんうんそれがいいわ、じゃあご飯食べたら一緒にヴェーのおじさんを探しに行こう、まだ『リサちゃん』にいたらいいんだけど……」
モヤモヤがふわっと晴れてリーちゃんはちょっと元気になった。レイちゃんもそれを見てちょっとうれしくなった。
「リー、さっきから何ブツブツ言っているの?ヴェって何?」
独り言を言って落ち込んだり急に元気になったりしている変な妹の顔をお姉ちゃんは不思議そうにのぞき込んだ。
「え?ううん、何でもないよ。あーーお腹すいたぁ。ご飯食べよーー」