3、聞こえるよ
3、聞こえるよ
「はみ出してるって言っても別に邪魔になってる訳でもないしいいんじゃないの?」
「だって外から見えるしカッコ悪いじゃない、無理して大きいテレビ買ったみたいで」
「ここ2階だし見えるとしたらお向かいの三井さんからくらいだろ、大丈夫だよ、うんうん」
お父さんは自分の失敗を何とか結果オーライにしようと説得するが、お母さんも黙っちゃいない。
「その三井さんに見られた時点でもう週刊誌に載ったようなもんよ、だって三井さんおしゃべりだし、言いふらすに決まってんだから。リーと同い年の洋君だっているし……」
なんか面倒くさい事になって来たな、と思った電気屋のお兄さんが、打開策をぶち込んできた。
「あのー、何なら今からでも一つ小さいのに交換することできますけど、どうします?」
お兄さんの提案を聞き、困り顔だったお母さんは瞬時にして笑顔になった。
「え、そうなの? そうなんだってお父さん、どうする?」
が、そこに、目の前にあるでっかいテレビがすっかり気に入ったミーちゃんが口を挟んできた。
「え~ヤダヤダ、わたし大きい方がいい! 迫力あるしカッコいいじゃん」
輪をかけてキッチンカウンターの奥からリーちゃんがピョンピョンとジャンプしながら、
「そーだ、そーだ迫力半端ねーね!」
「おお!」
普段であれば女性3人に圧倒され肩身の狭いお父さんであったが、今回の問題に限っては、でっかいテレビ賛成3、反対1。久々の勝ち組だ。電気屋のお兄さん達も余計な仕事をしなくて済みそうなのでほっとした顔で結果を待っている。
一方、形勢不利になってきたお母さんは冷蔵庫の方を見ながら、過去の「不祥事」を蒸し返してきた。
「大体ね、大きいのは邪魔なのよ、あの冷蔵庫だってもうちょっと小さかったら、幅の広い食器棚が置けたのに」
と、口をとがらせてボヤいた。
「ええ? ボクも邪魔かよ。気に入ってもらえていると思ってたのに……」
確かに。定格内容量550ℓの5ドア、4人家族にしてはちょっと大きめではある。
「アハハッ冷蔵庫さん言われちゃったね」
ボクにもたれかかっていたリーちゃんは、反り返るように上目遣いで笑いながらボクを見て笑った。ボクは、恐る恐るリーちゃんに聞いてみた。
「リ、リーちゃん? ボクの声が聞こえるの?」
「うん、ずっと聞こえているよ。お母さんとか他の人には聞こえてないみたいだけど」
ボクは驚いた。驚いた拍子に庫内温度が2℃ほど上がった、ような気がした。
そういやボクが目を開けたとき一番初めに見たのは驚いた顔でキッチンから逃げていくリーちゃんだった……
何だよぉ、聞こえてるのに今までずーっとシカトかい?ひどいなぁ……
でもリーちゃんなら、ひょっとしたらボクが何でしゃべったり出来るようになったのか知っているかも。リビングでみんながもめているすきにちょっと聞いてみるか。
「ねえ、リーちゃん、ボクの声いつ頃から聞こえていたん?」
「今年の3月くらいからかなぁ、まだ幼稚園に行っていた頃だったし」
……3月頃か……ボクの記憶もその頃位からやし。
「なんでボクは冷蔵庫なのにしゃべったり出来るようになったんかなぁ?」
「それはね、多分あたしが、あのシールを貼ったからだと思う」
「え?何?あのシールって」
「冷蔵庫さんにあのシールを張ったの。そしたらシールがピカーッて光って、冷蔵庫さんが急にしゃべりだしたから、あたしびっくりしてお母さんの所に行ったの」
「ふんふん、それから?」
「お母さんに冷蔵庫が喋ったよって言ったら、あたしのおでこに手を当てて、そしてすっごい悲しそうな顔で『リーちゃん、大丈夫?冷蔵庫は喋らないのよ。お願いだからそんな事よその人に言っちゃダメよ』って言われたの。だから聞こえていても聞こえないフリをしていたの」
「そうかぁ、うーん……そんならまぁ、しゃあないわな。親としては正しいアドバイスやな」
本人が言うのもなんやけど、家電がしゃべるなんて普通ありえへんし、誰かに言ったらアホちゃうかって思われるだけやし。
「ねえねえ、あばどいすって何?」
「あば……アドバイス? えーっと、そうした方がエエよって事かな? ところでボクに張った『あのシール』とやらはどうしたの? 誰かにもらったの?」
「あのシールはね、お母さんとリサイクルショップに行って、お母さんが買物をしている間、一人で待ってるとき、『もしもしそこのお嬢ちゃん』ってどこかから声がして、キョロキョロしてたら小さな袋がポトッって落ちてきたの」
「袋? 袋が上から落ちてきたの?」
「そう、それを私が拾うと『これをやるヴェ、内緒だヴェ、家の冷蔵庫に張ってみるヴェ?』って言われて、それで袋を開けて中を見たらキラキラシールが入ってたので、言われた通りに冷蔵庫さんに貼ってみたの」
ヴェーヴェーと変な口癖の謎の人物がくれた謎のシール……怪しすぎる。やっぱりボクは呪われてしまったのか? いやいやそんな筈はない、自分で言うのも何だが冷蔵庫だからと言って冷たい性格やない、むしろ明るい方やと思うし……
「ほかの所にも貼ったけど光らなかったよ。冷蔵庫さんにしか効かないのかしらね、このシール。不思議だねぇ」
「ふーん、他の所にも貼ったんや。どこに張ったの?」
「リビングのスイッチの所に張った。ほら、あそこよ。でも光ったりしないでそのままだよ」
冷蔵庫はリーちゃんの指さす方に目をやった。リビングの照明スイッチの所に8角形のキラキラしたシールが貼ってあった。
「ああ、あそこに貼ってあるシールか。あれと同じやつがボクにも貼ってあるんか、えーっと、ん? どこに?」
ボクが貼られたシールを探していると、リーちゃんは冷凍室の左上あたりを指でキュッと押しながら言った。
「ここに張ったんだけどね、ピカッと光ったあと消えてしまったの」
「消えた?」
「うん、染み込んでいくみたいに無くなって茶色い跡だけになっちゃった」
なるほど、どうやらシールには物に魂を吹き込む不思議な力があるようだ。
魂を吹き込む事に成功したシールはその場所にシミのような跡を残して消えてしまい、失敗したらシールのままそこに残るんやな。
「そっかぁ、何に貼ってもボクみたいに魂が宿って、話せるようになる訳でもないんやな」
シールのことは大体分かったけど、誰が何のために子供のリーちゃんに渡したんやろ? 渡し方もなーんか雑やし、冷蔵庫を「指名」した意味も分からんし。
そのリサイクルショップに行けば何か分かるかもしれないけど、ボクは冷蔵庫やし「ほな、行ってきまーす」って出かけられへんわな。そもそも足がないし歩けへん……。
「ねえねえ、タマシーって何?」