21、秘密基地
21、秘密基地
リーちゃん姉妹が家電仲間を増やしているその頃、田んぼの用水路で二人の男の子が何やらワイワイ騒いでいる。サンヨーと東芝だ。
「三井くん、そっちだよ、今その大きい石の横に隠れたよ」
二人は遊んでいる途中に偶然見つけたザリガニを追いかけていた。ザリガニ採りに来たわけでもないので網も何も持っていないのだが。
ガードレールの継ぎ目から用水路に降りたサンヨー。水深は10センチ位あるが、靴が濡れることも気にせず靴を履いたままビシャビシャと用水路を歩いて行く。昭和のやんちゃ坊主のようだ。
一方、東芝君は道路上からザリガニの位置をサンヨーに伝える捕獲サポーター役。はっきり言って靴が濡れるのは嫌だし、虫関係もそんなに好きでもない、ってか触れないタイプの子だ。
「どこどこ? あ、いたいた……動くなよ~ジーッと……そりゃっ」
サンヨーは大きい石の方にゆっくり近づき、かぶっていたメッシュのキャップ帽を脱いで素早く水中の獲物をすくい上げた。濡れる、汚れる、汚い、という言葉はサンヨーの頭には一切ないようだ。
ペチペチッペチペチッ。ザリガニは水しぶきが飛び散らし、帽子の中で暴れている。
「ゲットゲットー、東芝ぁ見てみろよ、スゲーデカイぞ」
「う、うん凄いね。で、それどうするの? 入れ物もないし、そのまま持ってたら死んじゃうよ」
「うーん、そうだなぁ。家に持って帰ったら母ちゃん嫌がるしなあ……ひとまず秘密基地に持ってくか」
サンヨーはそう言って、帽子をもう一度水の中に浸け、用水路から道路の方によじ登って来た。手に持った帽子から水がポタポタ滴り落ち、歩くと靴がグジュグジュ音を立てた。
ガードレールによっかかり、靴を脱いで靴下を絞っているサンヨーに東芝君は、少し言いにくそうに言った。
「あのー三井君、僕そろそろ帰らなきゃいけないんだけど」
「え? ああそう。じゃあな、俺もこいつを基地に置いたら帰るから」
「うん、じゃあね」
東芝君は手を振りながら、家へ帰っていった。しばらく手を振っていたサンヨーも、小さなため息をついて秘密基地へ向かって歩き始めた。相変わらず靴はグジュグジュ、足もフヨフヨにふやけている。自分も早く家に帰って着替えたいところだが、ザリガニとずぶ濡れ靴に帽子……と。
怒られどころ満載で家に帰るわけにはいかない。
とりあえず秘密基地まで歩けば少しは靴も帽子も乾くだろうし、ザリガニを他の入れ物に移して帽子をかぶって帰れば、お母さんに怒られる事も無いだろう。
「こいつ、帽子に穴開けたりしないだろうな」
ショッピングセンターがある中心部から少し離れると、辺りは田んぼや畑が目立つようになってくる。サンヨーは小さな橋を渡り、車1台が何とか通れるような狭い農道を歩いてゆく。しばらくすると、雑草がボーボーに生えた空き地に到着した。
数年前に耕作放棄された畑、ここがサンヨーの「秘密基地」だ。
周りの田畑にはナスやトマトが育てられているが、この一角だけは何かしらの大人の事情でほったらかしになっている。
サンヨーは奥の方にある古ぼけた農具小屋の裏に回り込み、慣れた手つきで波板を引っ張ると、小さな子供なら入れるほどの隙間ができた。本来の扉は南京錠がかかっているのでここが入り口だ。周りをキョロキョロ見回して、少しかがむような格好で中に入っていった。
「えーっと……何か入れ物、入れ物……っと」
小屋の中にはいろんな農機具や肥料みたいなものが置きっぱなしになっていて、ほぼガラクタばかり。だが子供から見れば宝の山だ。サンヨーはゴソゴソと探し出した。
「ん……あ、コレいいんじゃない? ってかこんなのあったっけか」
サンヨーは棚から古ぼけた電気釜を取り出した。ここへはよく来ているのだが、目立つところに置いてあった割に初めて見る気がした。
「えっと、蓋は……こう? あ、開いた開いた。俺、天才だな、外はベコベコだけど穴も開いてないしちょうどいいや」
サンヨーは丸めていた帽子を開け、ザリガニを取り出した。ザリガニはまだ元気でハサミをバンザイするように広げ、威嚇している。
「ここがお前の家だぞぉ、挟むなよ~よーしよしよし、あとは水だな」
サンヨーはザリガニを電気釜の中に入れ、床に落ちていたひしゃくを拾って用水路に水を汲みに行こうと立ち上がった。と、その時。
突然目の前で電気釜が暴れだした!
「うわっ! なんだなんだ?」
驚いたサンヨーは尻もちをついてしまったが、すぐに立ち上がり、ひしゃくをかまえて慌てふためく電気釜を見つめた。
「キャー! 何々? あんた、私の中に何入れたの! 出してよ、出してってば!」
電気釜はひっくり返るようにして中のザリガニを放り出し、床に落ちていた蓋を拾い上げるとそれを自分で閉めて、目の前の悪ガキとザリガニをチラッと見てフーっとため息をついた。
「んもぅー、いきなりなにすんのよ。え? 何これザリガニ? 私、虫とかきらいなのよ!」
「すい……炊飯器がしゃべったー! オバオバオバ、お化けだぁー!」
「シーッ騒ぐんじゃないわよもう、うるさいガキねえ!」
「何だよ! 先に悲鳴上げたのお前の方だろ?」
「いきなりザリガニなんか入れられたら誰だって騒ぐわよっ! あんただって、いきなりパンツの中にザリガニ入れられたら大騒ぎするでしょーにっ」
「うう……そ、そりゃそうだけど……」
「フン、分かればいいのよ分かれば。そのザリガニ、逃がしてやんな。あたしゃ面倒見ないからねっ」
「あ……はい」
炊飯器にそう言われ、床でモソモソしているザリガニを拾い上げたサンヨーは(なんだよもう、偉そうに……)ブツブツ言いながら農具小屋の外に出た。
「何モンだ? アレ、人の秘密基地に勝手に入って……新型のロボット? にしてはスゲーダサいし、やっぱりオバケか妖怪か? あ、ひょっとして全部夢とか? なあ、お前はどう思う?」
サンヨーはザリガニを顔の前に近づけ、聞いてみた。小屋にいるしゃべる電気釜と違ってこのザリガニは至って普通のザリガニ、答えるわけがない。ハサミをブンブン振りまわし、目の前にいる自分を捉えた敵の鼻を挟み反撃した。
「いててっ、何すんだよもう、でも痛いってことは夢じゃないって事か。あーいてっ」
挟まれた鼻からハサミを引き離し、サンヨーは考えた(じゃあアレは何?)
ザリガニを用水路にポイっと投げ込んだ。無事解放されたザリガニは水面に落ちると、煙幕のように泥を巻き上ながら泳ぎ去っていった。
なんだか分からないが手を振って見送るサンヨー。
「さてと、あとはアイツか、どうしようかな? ……とりあえず警察? あーダメだ。俺たちの秘密基地がばれてしまうし、それにどうせ信じてくれないだろうしな」
信じてもらえないどころか不法侵入で怒られるのがオチである。農具小屋に戻ったサンヨーは、波板をそっとめくって中の様子をうかがった。
電気釜は自分で元にあった場所に戻り、じっとしている。居心地がいいのか当分ここから出ていく様子はなさそうだ。
「ホント今日は変な日だな、香織は轢かれそうになるし、あのオネエみたいな炊飯器だって……ま、奴も逃げたりしなさそうだし、靴も乾いてきたし、今日はもう帰るか。東芝とかを誘って明日また来ようっと」
サンヨーは小屋の中に入らないまま家に帰っていった。




