2、テレビが来た
2、テレビが来た。
♪ピンポーン♪
いつもついているテレビが消えているせいか、リビングにインターホンのチャイムが、少し大きく鳴り響いた気がした。
「あ、来たみたいね。ハイハイっと」
家の前にトラックが停まった気配を感じたお母さんが、リビングの整理を中断し、インターホンの通話ボタンを押した。モニターに作業服姿の爽やかな笑顔のお兄さんが映し出され、
「まいどありがとうございまーす、ヤスイ電気でーす。テレビをお届けにまいりました」
「はーい、ごくろうさまでーす」
「あ、電気屋さん来たみたいやな」
お母さんは玄関のカギを開けるため1階に降りて行き、ドアを開けた。
あらためて挨拶をするお兄さん越しにトラックから降ろされた異常にデカい段ボール箱を見て、一瞬すごく変な顔になったが、すぐ気を取り直してお兄さんに一言二言何か言葉を交わすや、サッと踵を返し、勢い良く階段を駆け上がった。
物音を聞いて3階からリビングに降りてきていたミーちゃんとリーちゃんが階段の方をのぞき込み、
「あーっ、お母さん、階段をドスドス走らないーっ」
と、いつも自分たちが言われている注意をここぞとばかりにお母さんに浴びせた、が、それをお母さんガンと無視、のんびりと棚にフィギュアの並べ方を模索中のお父さんに駆け寄り、耳元で囁いた。
「あんた、下で今見てきたけど、あれデカすぎじゃない? 段ボール箱に何チャラ50Vって書いてあったよ。まさか50インチ買ったの?」
「うん、そうだけど、そんなにデカい? 店で見た時はそんなにでもなかったけどなぁ」
「そりゃあ広い店の中で見たら小さく見えるかもしれないけど……ひょっとして……寸法とか測らずに決めたの?」
「うん、ぱっと見いける感じだったし大丈夫だろ、多分」
「……やってくれた。また……このB型人間め」
お母さんは呆れ顔で呟いた。
一週間前テレビを買いに行く時、急に用事ができたので
「私よく分らんし、あなたに任すわ」
と、軽く任せてしまった事を今さら後悔しても始まらないのだが。
「お父さん、アレ絶対無理よムリムリ、50インチなんて! 電気屋さんに言ってひとつ小さいのに変えてもらおうよ」
「えー、だってもう箱開けてるし、手遅れじゃない? ほらもう階段上がってきてるよ」
「えっ? あれ? もーう! ちょっと待ってって言ったのにぃ」
階段をのぞき込むと2人のお兄さんが声を掛け合いながらテレビをゆっくりと運び上げてくる。
「おーい、上、当たらないように気ぃつけろよ」
「はーい、あっ、ストップストップ、ちょっと右に振って下さい、お嬢ちゃん危ないからちょっとどいてくれないかな、ごめんねぇ」
リビングから階段をのぞきこんでいたお母さんと姉妹を見て、お兄さんは重さに耐えながらちょっと辛そうな笑顔で一番手前にいたリーちゃんにお願いした。
「ほらほらリーちゃん、危ないからどいてどいて」
「ほへぇー」
ポカーンとした顔で、大きな壁のようなテレビを見上げていたリーちゃんは、キッチンの方に後ずさりするように、お母さんとミーちゃんはリビングの方へ移動した。
松下家の家電の中ではボクが一番大きかったけど、こいつもなかなかデカイな。ボクはそう思い、思わず呟いた。
「うわ…薄いけどホント大きいな。置けるのかな」
「ほんとデッカイねえ映画館のヤツみたい~」
キッチンからリビングの方を覗き込みながらリーちゃんが言った。まるで冷蔵庫の呟きに合わすかのように。
あれ?リーちゃんにはボクの声が聞こえるのかな?
リーちゃんは冷蔵庫の方をチラッと見てフフッと笑った。
テレビはリビングの中央あたりに一旦置かれ、保護用ミラーマットが手際よく外されていく。
「えーっとご主人、置き場所はそこでいいですか?」
お兄さんが窓の横にあるテレビボードをチラッと見ながらお父さんに尋ねた。
「ああ、うん、そこでいいよ」
お父さんは内心(あれ?こんなにデカかったっけ?)と思いながらも、だってテレビだもん、当然そこでしょ、みたいな顔で軽くうなずいた。
「はーい、じゃあ置くぞ、よっこらしょっと……ん……?……あぁご主人、やっぱりちょっと大きかったっすねぇ」
お兄さん達も玄関先から家を見た時に(この家に50インチはデカすぎじゃね?)と思っていたのでつい、やっぱりと言ってしまった。
液晶テレビはテレビボードの上に何とか置くことができたが、大きな画面がベランダの窓に少しかかってしまう。正確に言えば10センチ位、これをちょっとと思えるかどうかは人それぞれだが……
「ほらぁ、やっぱりはみ出すじゃない、あなたっていつも目分量で決めちゃうんだからぁ」
お母さんは、ちょっと猫背になり変な顔をしてぼやいた。お母さんは10センチが許せないタイプの人である。