16、屁こき娘
16、屁こき娘
やがて光がやむと、カミテレコンは赤いリボンのついたカチューシャに形を変えていた。形だけでなくその肌触りもベルベットのような上質な仕上がりになっている。頭の中に描いていたイメージ通りだ。
「わーい、こんなの欲しかったんだぁ」
リーちゃんはかぶっていた帽子を脱いでそれを嬉しそうに頭につけ、道路沿いの家の窓ガラスに映る自分を見てポーズを取ってみた。
するとカチューシャのこめかみ辺りからヒエール様の声が聞こえてきた。見た目は変わっても通話はできるみたいだ。
「どうじゃ? 持ち歩くときはこんな風に見た目を変えればいいダォ、元に戻すときは『オーチャイジュー』と言えば元の形に戻るダォ」
「えーヤダよ、このカチューシャ気に入ったもん、変なリモコンになんか戻さないよーだ」
カチューシャをとっても気に入ってしまったリーちゃんは、そう言って髪の毛をシャランと掻き揚げた。
それを聞いたヒエール様はちょっとあわてた様子で話しかけてきた。
「そ、それは困るヴェ、カチューシャのままじゃとボタンもないからカミテレコンとしての操作ができないんじゃがのう」
「だったらさあ、このままでも使えるようにやり直してよ、できるんでしょ? 神様だし」
ごもっともな反論にヒエール様は、ポカンとした顔で何も言い返せない。横にいる二人の神様はそれを見てクスクス笑いだした。
「ほぇー、全くリーちゃんにはかなわんのう、分かったヴェ、じゃあ家に着いたら、すまんが一度元の形に戻してくれ、そうでないと改良出来ないヴェ」
「我はテレビの神、故にファッションや流行にも造詣が深いダォ。ヒエール殿に任しておくと、またへんてこりんな物にしかねないダォ。我も協力するから形とかどんな色がいいか教えてくれォ?」
良くわからないけどお願いが叶いそうなので、リーちゃんはコクっとうなずき、神様たちにカチューシャの形や色を伝えた。
「……そうそう、そんな感じでお願いネ。あ、そろそろ家に着くからお話はおしまい、じゃあね、ってあれ?これどうやって切るの?」
「さっきも言ったが、カチューシャのままだと何もできないヴェ。とりあえずこのままでいいから、忘れずにレイ太を冷蔵庫に戻してやってほしいヴェ」
「うん、わかった。さてと……」
リーちゃんはそう言ってカチューシャをバッグに押し込み、元の帽子にかぶり直した。
玄関のインターホンを押し「ただいまーっ、開けてー」とリーちゃんが言うと、スピーカーからお母さんの声が聞こえてきた。
「あっ、お帰りー、暑かったでしょー? ちょっと待って」
トントントンとお母さんが階段を下りてくる足音が、家の中から聞こえてきた。まもなくドアの鍵がカチャッと開く音がし、それと同時にリーちゃんがドアを開けるとサンダルを片方だけ履いたお母さんが微笑んでいた。
下駄箱の上にあるデジタル時計を見ると3時16分。色々あったがおやつの時間には間に合ったようだ。
「あーのど渇いたー、お茶お茶」
「こらこら、リー! 外から帰ってきたらちゃんと手を洗う!」
「ぶー」
お約束のようなやり取りが玄関に響いた。帽子を下駄箱の上にポイっと放り投げ、バッグは……レイちゃんが入ってるから今はこのまま持っておかないと、リーちゃんは肩にバッグを掛けたまま洗面所で適当に手を洗って階段を駆け上がっていった。
ドスドスドスドスドスドスッ
「こらーリーッ、階段をドスドス走らないっ」
「へーい」
お母さんの注意を振り切り、リーちゃんはまっすぐ冷蔵庫へ向かった。喉がカラカラ、というのもあるけど、それよりも何よりも早くレイちゃんを冷蔵庫に戻さなきゃ、バッグを開けレイちゃんを取り出した。
「ふぅ」と一息ついて、リーちゃんは小さくなったレイちゃんを冷蔵庫の扉にそっと当ててみた。
プリンにスプーンを差し込んだ、そんな感じで小さいレイちゃんは何の抵抗もなく冷蔵庫に半分ほど入った。安心したリーちゃんはキュッと一気に押し込んだ。すると、
「プゥゥゥ~」
けっこう大きなオナラみたいな音がし、ブルッと冷蔵庫が揺れた。
「んもぅーヤダ、何なの? また臭そうな音」
一応うまく戻せたみたいだけど、今の音、誰かに聞かれたかしら……そう思いキョロキョロしていると後ろから誰かの視線を感じた。ゆっくり振り返ってみるとカウンター越しにこちらをのぞき込んでいる姉、ミーちゃんの顔が見えた。
「リー? あんた今、屁こいたでしょ、くっさー」
「ち、ちがうよ、あたしじゃないって! 今の音は冷蔵庫ので……あ、えーっと」
「ほほう、オナラの罪を冷蔵庫になすり付けるとは、お主、斬新よのう」
「出るものは仕方ないんだけど、もうちょっとお淑やかにできないかしら?今のは完全にオッサンのやつよ?」
でしょうね。
リビングに響き渡るような大きな音だったし、家族全員に聞かれてしまった。しかも全員リーちゃんがやったと思っている。
本当のこと言っても信じてもらえないし、不毛な「屁をこいた、こいてない論争」してても仕方ない、マジで喉が渇いてるのでここはしれっとスルーして、「お茶、お茶」っと。
リーちゃんは何事もなかったように冷蔵庫を開け、お茶をコップに注ぎおいしそうに飲み干した。
「ぷはーぁ、おいしかった、ねえねえ、お母さんおやつは何?」
鼻の下に汗をいっぱいかいて、おやつを要求してくる屁こき娘の顔を見て、お母さんはため息をついた。
「冷蔵庫にプリンがあるから食べときなさい」
「やったぁ」
リーちゃんは再び冷蔵庫のドアを開け、プリンを取り出しバタンとドアを閉めた。と同時にサーモスタットが働き、モーターがグイーンと音を立てて動き始めた。
お母さんは冷蔵庫をチラッと見てお父さんに声をかけた。
「この冷蔵庫もガタがきたのかしら? オナラはしないけど音がうるさくなってきたわね、そろそろ買い替え時かな? お父さん」
「ブホッ」リーちゃんは一口食べたプリンを吹き出しそうになった。冷蔵庫を買い替えると、この冷蔵庫は捨てられてしまう、そうなるとレイちゃんも一緒に……! そりゃマズイよ、買い替えたらレイちゃんがいなくなっちゃう。
「ダメダメ、そんなの絶対ダメよ! あたしこの冷蔵庫すっごく気に入ってるんだから、ずっとこのままでいいよ」
「あらまあ、リーちゃんがそんなに冷蔵庫が好きだったなんて初耳だわ。でもね、新しいヤツの方がスリムだし、電気代も安いのよ」
お母さんは元々この大きすぎる冷蔵庫があまり好きでなかったし、本気なのかしら?
「そうだな、でも壊れてる訳でもないしもったいないよ、電気代だってアレが出来たら解決するし。冷蔵庫なんて冷えりゃいいんだ、当分大丈夫だよ」
ま、でっかいテレビ買ったとこだし、そう言うだろうと思ってたけど。予想通りの答えにお母さんは軽くうなずいた。一方、ホッとしたリーちゃんは顔で残りのプリンをペロッと平らげた。
「ごちそうさまー」
リーちゃんはプリンのお皿を流し台にもっていき、冷蔵庫の方を見てぎこちないウインクをした。
(あーよかった、でもアレが出来たらって、一体何ができるんだろ?)




