1、土曜の朝
1、土曜の朝
「お父さーん、テレビ午前中に持ってくるんでしょ、ちょっとそろそろその辺付けてよ、ほら、上に飾ってあるおもちゃとか、あとDVDの配線とかもさぁ」
夏休み直前、もうすぐ梅雨も明けようかという7月の土曜日、ベランダで洗濯物を干しているお母さんがリビングの方に声をかけた。
「そうか、今日は新しいテレビが来る日やったんや」
リビングのソファーにぼてっと寝転がっていたお父さんは、その声を聞き、(おもちゃじゃないよ、フィギュアだよ……)と心の中で軽いツッコミを入れながら、
「ん、あぁ分かった……」
と言って、よっこらしょっと起き上がり、ベランダ側の大きな窓の横にあるブラウン管テレビの前まで行き、気の毒そうに呟いた。
「壊れている訳でもないしまだまだ現役で使えるのに、もったいないんだけど、まぁ、時代の流れには逆らえないよなぁ、ま、申し訳ないがお役御免ってことで……」
テレビ放送が地上デジタルに移行するまで、あと約1年。ここ松下家も大画面液晶テレビを購入し、今日それが家に届く日だ。
テレビの上に飾ってあったフィギュアをサイドボードに移動させ、お父さんは愛おしそうにテレビの横を軽く撫でた。そして作業をしやすいようにテレビを少し手前にずらし、裏側に体を潜り込ませ配線を外しはじめた。
と、その時、
「デデデデデーン! さあ、かかってこい、今日こそぶったおしてやるぜ」
サイドボードに置いたフィギュアの戦士達が突然動き出し、しゃべり始めた!
「ホーッホッホホ この命知らずめ、思い知るがいい、ハアァァーッ」
戦いを挑まれた敵のボスもまた、いやらしく笑い、邪悪な気をため始めた。
なんのことはない。二人の女の子がお父さんのフィギュアコレクションを手に取り、いきなり伝説の戦いを始めただけである。
「あぁ、ミーちゃん、リーちゃん壊すなよー それ限定品の高いやつなんだから、コラコラ、腕を抜いたらだめだって、は鼻に突っ込むなーって!」
フィギュアの両腕を引っこ抜き、鼻に突っ込むという必殺技で戦いを挑む、この子はリーちゃんこと香織ちゃん。この松下家の次女。
対して、いきなりの必殺技に一瞬ひるんだのは姉の美香ちゃん、ミーちゃんだ。
「そ、そんな攻撃この伝説の剣で粉砕してくれるわー!」
「? ねえねえ、フンサイって何? おねえちゃん」
まだ若干7歳のリーちゃんは分からない。
首を傾げ、気をためるのを止めたその時、鼻に突っ込んでいた腕が片方ポロッと落ちた。
「えーっと粉砕は……メチャメチャにしてやるってことよっ」
剣をかまえたままミーちゃんは、小学4年生として知っている限りの説明をし、間合いを少し詰めた。
まさに戦いが始まろうとしたその時、片付けを途中で放り出したお父さんが二人の間に割って入り、
「あぁもう、勘弁してくれよ、壊れるって、塗装が剥げるってぇ、あ、踏む、踏む!」
「いいじゃない、今度のテレビ薄いし、そのおもちゃも飾れないんだからリサイクルショップにでも売っちゃえば?」
細部までリアルに再現された、マニア垂涎の限定フィギュア。しかし、興味のないお母さんには、ホコリがかぶってうっとうしいしいガラクタおもちゃにしか見えないのである。
「ダメだって、こっちの棚整理して飾るんだから。鼻水もついてるし、高く売れないって、この勇者サマのフィギュアなんか買ったとき、い……」
購入時、値段をごまかして買っていたことをうっかり忘れて
「1万8千円もしたのに」
と言いそうになったお父さんは、声を飲み込み、お母さんの方をチラッと見た。
「い……って?」
2千円で買ったって言ってあるのに、2千円でもボヤかれたのに、実は1万8千円+税でしたぁテヘ、とは口が裂けても言えない。
「い……いい感じで箱にも入ってたし、そうそう、フィギュアは箱を開封してしまうと値打ちが下がるんだよ。未開封じゃないと二束三文だし」
「ふーん、まあいいけど、じゃ、ついでにそっちの棚も整理しちゃえば?電気屋さん来るよ、もうすぐ。ミーちゃんもリーちゃんもあまりお父さんの邪魔しないでさぁ」
「はーい」
「へーい」
二人はフィギュアを放り出し3階の子供部屋にドドドッと上がっていった。
「コラーッ階段をドスドス走らないっ!」
はぁ……この松下家の4人ったら、いつもこんな調子なんや、仲がいいんか悪いんかよく分からんけど、ボクは好きやな、この家族。
え?ボク?
ボクもこの松下家に住んでいるけど家族じゃない。ボクはリビングの奥の、対面式カウンターのそのまた奥の、キッチンにある冷蔵庫。それがボクや。
なんで冷蔵庫がしゃべれるんだって?いやいや、しゃべれるだけやないで。物も見えるし音も聞こえるんやで。
ただ、ボクの声は人には聞こえないみたいやけど。
先に言っておくけど呪われてるとか、そう言う恐ろしい類のヤツやないで。どっちかというと明るい性格だと思うし。
だから、それはなぜかって?うーん。
なんでやろうね。
人間に分らん事、冷蔵庫に分るわけないやん。