第三章
“Yシャツに灰色のジーンズ。黒いケープとリユックサックを身に着けた青年ヨセフはある日、「宿の二〇三号室の玄関から血が流れている。」そんな夢を見た。”
時間を忘れて森を歩き続けていた為だろうか、すっかり夕日が沈んで夜になってしまった。きりがいい所で野宿でもしようかと思っていたが、ヨセフとアルトロはあまり疲れてはいなかった。
森を抜けたのだろうか。橙色のアスファルトの道があり、その道の先に西洋の城下町のような景色が見えた。
「見えたぞヨセフ!町があるぞ!空いてる宿があるか探してみよう!」
少しはしゃいでいるアルトロを見て、ヨセフは澄んだ表情を見せる。不思議なアルトロにも無邪気な子供のような一面もあるんだと感じた。
城下町を照らしているアーク灯の光を目印に、ヨセフとアルトロはひたすら歩き続ける。その時、アルトロはこんなことを語り始めた。
「生きている町を見つけるのは久々だ。長い間旅をして来たが、俺が生まれ育った町以外は皆死んでいたんだ。」
「…えっ?」
「龍に殺されたんだよ。ヨセフ、何故これ程までに緑豊かな星になったのか。君には分かるか?」
「…。」
「自然を脅かす人間が激減したからだ。つまり、人間が死んだ数だけこの星は綺麗になっていく。龍は恐らく、この星を守る為に、俺たちを駆除しているのだろう。」
よくよく考えてみたら、確かにアルトロの言うとお体長。人間一人が生きていく為には、多くの大木を切り倒し、多くの動植物を殺し、そして塵屑を増やしていく。この世界は驚く程に美しい。でもその美しさにヨセフは戦慄する。
「ヨセフ?…すまない、あくまでこれは憶測だ。そんなに真に受ける必要はないよ。」
「アルトロには人間としての感情があるのか、少し疑う。アルトロが言うと本当のように聞こえて怖いんだよ。あと、君と僕はあの城下町で、この星の残酷さを目の当たりにすると思う。」
「止めてくれ、ヨセフ。真に受けすぎだ。」
アルトロの冷静さと鋭い目付きには何らかの説得力があるように思えて、何が真実で何が嘘なのかヨセフには分からなかった。
「そうだ。宿に泊まったら、珈琲を淹れてあげよう。きっと心も温まるだろう。」
アルトロはもしかしたら見た目とは逆に情のある性格かもしれない。ヨセフはそう思った。やがてコンクリートの建造物がいっぱいある城下町で宿を見つけ、今夜はそこで泊まることにした。
しかし、実際に宿に入ってみると何やら様子が少し変だ。女性がお湯いっぱいの洗面器とタオルを持って、二〇三号室と洗面所を行き来している。そしてタオルには真っ赤な汚れが染み付いている。
「血…?ヨセフ…あれはそうだよな。」
「…行ってみよう。」
二人は二〇三号室へ向かうと、両手両足が切断された老人がベッドの上に倒れこんでいた。特に左腕の切断面は獣に喰い千切られたような形で、左胸まで失っている。肺が少し見えそうだった。そんな老人の口から唸り声が聞こえる。
「うっ…うぅぅ…。」
アルトロは老人へと近づき耳を傾けた。
「とうした?何だって?」
「り…龍だ…。ヤツが俺を喰い殺そうとしたんだ…。」
「…。」
老人が発した言葉で、アルトロは一瞬動揺した。しかし、アルトロはリュックから救急用具を取り出した。
「爺さん、待ってろ!今、俺が手当てしてやる。」
「アルトロ!その人はもう直ぐ死ぬ。無駄だ。」
「そんなこと言うなよ、ヨセフ!まだ助かる!」
ヨセフの言うとおりだった。老人は”洞窟に行くな”という言葉だけを残し、息を引き取った。
その後、二人は二〇八号室を借り、そこで泊まることにした。自分の無力だと悟ったアルトロはしばらくの間、気を落としていた。
「ヨセフ、さっきはすまなかった。」
「いや、謝るのは僕の方だ。アルトロを止めてなかったら、爺さんは助かっていたのかもしれない。」
「君はどうして彼が死ぬとわかった?」
「たまたま、だよ…アルトロ。」
「それに城下町に来る前にも、おかしなことを言ってただろ?」
ヨセフはアルトロに自分が正夢を見ることを話すべきではないと判断した。彼自身その力が本当にあるのか、未だに疑い続けているからだ。でも、もしこの力が本当だとしたら…。いずれはアルトロに言うべきなのだろうか。
イラスト
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