第一章
“Yシャツに灰色のジーンズ。黒いケープとリユックサックを身に着けた青年ヨセフはある日、「クレーテ・ヲードがヨセフを乗せて星を抜け出し宇宙へ旅立つ。」そんな夢を見た。”
今、自分がいる星が何処なのか、ヨセフは分からなかった。ひとつだけ言えることはヨセフが今いる星は地球では無いことだ。
空は青でも橙色でも黒でもなく、紅色の空で地面は青い砂で覆われている砂漠だった。そんな砂漠の中をヨセフは一ヶ月近く歩き続けた。ヨセフの夢では今日中に建造物にたどり着くらしい。
「まだ着かないのだろうか。」
ヨセフは独り言を呟いていると目の前に薄っすらと巨大な建物が姿を現す。それはヨセフが昨日の夢で見た建造物にそっくりだった。うずまき状の塔で、二十階以上もある。最上階は樹冠が大きく広がっていて、下は巨大な根っこが砂漠の大地を深く突き刺しながら建造物と大木を支えている。その大木はまるであの巨大な建造物を纏っているかのようだった。
「見えた…。建物だ。やっとたどり着いたんだ。」
ヨセフは砂漠の中を走り出し、建物の中へと入っていった。中には多くの部屋があるものの、住人らしき姿は何処にも見当たらなかった。
1階・2階・・3階・・・上の階へと上がって行っては中を探索したがそれでも人の気配すら無く、ふと気付いたら、最上階まで来てしまっていた。周りはトマトやラ・フランス等が実っていた。どうやら最上階は野菜と果物を育てるファームらしい。
やった。食料がある。取ってリュックの中に詰め込もう。そう思った途端に後方から視線を感じた。
「クレーテ・ヲードはこのファームに植えた植物に命を与えてくれました。ですから、そのラ・フランスはきっと美味しいですよ。」
振り向くと、茶色のディアンドルを着た長い黒髪の少女が現れた。
「あっ…すまない!僕は泥棒なんかじゃないんだ!」
「いいえ、取っていいですよ。その方がクレーテ・ヲードも喜んでくれるでしょうから。」
「クレーテ・ヲードって?」
「クレーテ・ヲードとは私たちが今いる建物のことです。」
「君はここの住人?」
ヨセフの問いに、少女は頷く。
「他に人は?まさか、君…だけ…?」
ヨセフはそう問いかけると少女は俯きながら話し始める。
「元々、ここには多くの人が暮らしていました。私はクレーテ・ヲードで暮らしていた夫婦の間に生まれたのです。それから数年後、私がまだ7歳の頃のことです。異国の民がここを占領しようとこの場所で紛争が起こりました。ここに住む人たちはクレーテ・ヲードを守るために…。」
少女の過去を聞いたヨセフの感情は混乱していた。本当は少女の微かに零れた涙を止めたかったが、何も出来なかった。少女の涙が止んだ後、また話し始める。
「それ以来、忘れ形見として生きている私をクレーテ・ヲードは見守っているのです。」
「クレーテ・ヲードは建物じゃないのか?まるで感情を持った生き物みたいだ。」
不思議そうな顔をするヨセフの表情が変だったのか、少女は微笑み始めた。
「フフッ。あなたがここに来る前、大木が見えたでしょう。あれがクレーテ・ヲードの感情と力を司る器官。植物だって立派な生き物なんですよ。」
その時、いきなり地響きが起きた。ヨセフは最上階から下を見ると砂漠の中から大木の根が暴れだし、鞭のように動き出す。
「どうした?この建物は何をしてるんだ!?」
「クレーテ・ヲードがこの星の生命力を吸い尽くしてしまったのね。」
「どういうことだ?」
「この星は既に生命の無い砂漠で覆われていると思います。それはクレーテ・ヲードが私たちに生き続けて欲しいと願っている為、星の命を吸い取り、集めた生命力を私たちに与えているのです。」
「何故そんなことを…!?」
「きっとこの子は寂しがり屋だからなのでしょう。こうして私たちを三千年もの間、守ってくれているのです。」
「三千年…!?じゃあ三千年もの間、君はこの建造物を守り続け、ずっと孤独だったのか?」
「でも、孤独ではありません。確かにここにはもう私以外の人はもう住んでいませんが、それでも私は独りぼっちでは無いことをクレーテ・ヲードは教えてくれました。」
「そうか。それにしても、ここに命が消えたとなると、この星はもう終わりだな。」
「いいえ、クレーテ・ヲードがこの星から去ってしまえば、きっと新しい命が芽生えます。」
「この星から去る?ひょっとして飛べるのか?」
「クスッ。そうです。もう直ぐご覧になれますよ。」
ヨセフはゆっくりと下を見ると、クレーテ・ヲードがこの星の重力に逆らい、徐々に空へと上昇する。そして、いつの間にか大気圏を抜け出し、クレーテ・ヲードは僕らを乗せて宇宙へと旅立った。
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