観測者
わたしはすべてを見ていた。
いや、すべてを見ることしかできなかったのだ。
わたしは動くことができない。
すべてが凍結された時間の中に生きている。
眠ることも、目を閉じることもできないまま、すべてを目撃しつづけなければいけないのだ。人々は、何も気に留めずに、わたしの横を通りすぎていってしまう。それが自然なのだから仕方がない。
たまに、空から雨や雪が降っていく。わたしにとっては、そんな少しの変化がたまらなく嬉しかった。雪に埋もれて、視界が真っ白になった時なんて、最高だ。日常が非日常に変わってしまう。
わたしはいつからここにいるのだろう。何年いや何十年。何百年かもしれない。通り過ぎる人々を、ただ、見ていた。時間はわたしにとっては不変であって、もう人間は記号のような存在だ。人間の服装は変わり、馬は機械になっていった。家の様子も変わり、人々の顔から表情は無くなっていった。
「ああ、人間はいつから変わってしまったのだろうか?」
声は出せない。でも、わたしはそうつぶやいた。
天の暗闇から炎が降ってきた時よりも、人々は幸せなはずなのに、彼らの表情は失われている。
きっと、やつらもわたしと同じなんだな。
わたしは人間の足に蹴飛ばされながら、そんな風に考えた。