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第四十三幕 紅梅

森を走って移動したから町並みを見ることもなかった。

 

街道にはところどころに屋台が出ていて祭りを見に来た観光客相手に商売をしていた。

 

祭りよりもジョーバーのギルドに戻ることが最優先だから横目にして素通りする。

 

「あのまま里に留まっておれば一年では済まぬほどの時が進んでいたであろうな」

 

「最悪、知り合いは誰もいなくなるな」

 

「エルフは神にも等しい。時を持たぬから傲慢ではあったな」

 

いつか死にゆく者に気に掛ける必要は全くないという考えだ。

 

ハーフエルフを作るのも純血よりも子どもが出来やすいからという理由だけだった。

 

「あの里にいればルルと寿命の違いを気にすることなく永久の時をともにいられるのだろうな」

 

「でもあそこには何もないよ」

 

「ルル?」

 

「あそこにいたら眠ることも食べることも必要ないから何もすることがないよ」

 

もてなすための食べるものは用意されていたが全て木になる果実を剥いたものだ。

 

普段から食べることを必要としていないということだ。

 

「俺はあそこにいるくらいならキィと別れることになっても外で一緒にいたい」

 

「そうだな。まだ見ていないものがたくさんあるしな」

 

せっかく旅に出られたのだからわざわざ一つのところに留まる必要はない。

 

ルルーシェと寿命を気にすることなく生きられるとしても何もしないというのは時が止まっているだけのことだ。

 

それでは意味がなかった。

 

「まずはヴィリシアのところだな。理のことはそれから考えよう」

 

「我らが知らぬ一年のことも調べる必要があるからな」

 

「ポイズドクイーンはどうなったのかな?」

 

「そのまままた深い眠りについたのならいいけどな」

 

離れているとは言え祭りを開催しようとしているのだから差し迫った危機はないのだろう。

 

それかハンターたちが食い止めているのか。

 

現地に行ってみないことには分からないがポイズドクイーンが猛威を振るっているのなら只事ではない。

 

キルシェにはひとつ懸念があった。

 

またルルーシェが倒れるのではないかということだ。

 

そんな危険があるのなら近づきたくはない。

 

「この豆のスープおいしくない」

 

「屋台で出されるものだからな。薄いだろうな」

 

「知ってたの?キィ」

 

「あぁだが飲み物代わりだからな。これで良いんだ」

 

騙された感じが抜けないが屋台のスープはこれから飲まないでいれば良いだけのことだ。

 

知らないことは多い。

 

「あっ蝶々」

 

「転ぶなよ」

 

黒い大きな蝶を見つけてルルーシェは走り出した。

 

このあたりはまだまだ子どもだった。

 

村には年の近い子どもがほとんどいなかったから遊びも限られていた。

 

遊ぶにしても子どもは家の手伝いをしていることが多いからルルーシェのように自由な時間を持つ子は少ない。

 

「子どもは転ぶものだ」

 

「もう十五だぞ」

 

「それでもだ。我から見れば子どもも子ども」

 

魔獣の感覚からすればルルーシェは親に庇護されている年齢だ。

 

「だが誰よりも考えている」

 

「ロディ?」

 

「エルフの里に行ったことは無駄ではなかった」

 

「どういうことだ?」

 

「理に触れたら永き時を共に生きられると思っておったが、そこは何も無い場所だった。なら自分の望みを叶えるためにどうしたら良いかを考えているのであろう」

 

死ぬことはないが何もない。

 

同じ景色に同じものを見続けて耐えられるほど精神力は強くない。

 

それは人よりも長い時を生きる魔獣でもそうだろう。

 

「アイリーンが五百年前の地殻変動がヒントだと言っていた。理とは何かを知るために」

 

「失われし一族は理が生まれる前から存在していたと言われている」

 

「一体、何の種族なんだ?」

 

「吸血鬼と言われている。嘘か真かは確かめたことはないが、かつて大陸すべてを手中に収めたが、強すぎる力を持て余し力と共に滅んだとされる」


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