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第三十七幕 鈴虫

休むことなくロディは歩き続けるがそれには理由があった。

 

惑わしの森は生き物の棲まない森ではない。

 

香りに惑わされることなく生きているものもたくさんいる。

 

それらは臆病で動くものには攻撃をしないが弱ったものには牙を剥く。

 

一所に留まれば集まり餌食になる。

 

惑わしの森の歩き方は魔獣の間で伝わっていたりもする。

 

「惑わしの森は外に生きるものに優しくはないな」

 

「そうだな」

 

ロディから惑わしの森の知りうること全て教授されていた。

 

戦うこともできるが地の利がある分は不利になる。

 

エルフの里に行くための方法は知っていても辿り着くまでにどれだけかかるかは行ってみて初めて分かる。

 

体力はできるだけ温存しておきたいというところだ。

 

「迷い込んだときは襲われなかったのか?」

 

「常に動いていたから襲われなかった。その点は仲間に運が良いと言われたぞ」

 

エルフの里が奥にあると知らなくても惑わしの森へ度胸試しに入るものはいる。

 

そんな彼らの中で生きて帰ったものが歩き方を教える。

 

だが何故、惑わしの森に棲む生き物が惑わしの森の外へ出ようとしないのかは解明されていない。

 

「我が探検をしたときが偶然にも導きの月の夜だった。月の光が道標になって辿るうちにエルフの里の入り口に行けるようになっている。どうしてそうなるのかは分からんが」

 

「月が道標か」

 

「里の入り口まで行ったが我は怖くなったのだ。あれは何とも言い難いが畏怖というのにも近いかもしれん」

 

幼いが故の本能による回避だろう。

 

それがあったからロディは今も生きている。

 

巡り巡ってエルフの里にもう一度近づくのは何の因果だと嘆息してもいた。

 

「今思えばエルフの里を取り巻く空気は理に似ていたのかもしれん。それゆえに恐怖したのだ」

 

「理と似ている?」

 

「魔獣は理の形を見ることができる。それは半分正解で半分は間違いだ。理の外見だけは見えているというのに近い」

 

「どんな外見なんだ?」

 

「言葉にするのは難しいが理というモノを包み込んでいる膜のようなものというのが的を射ているか」

 

黒よりも黒く。

 

闇よりも暗い。

 

どろどろと渦巻き何かを包み込んでいるが中の様子は全く見ることができない。

 

知らなくても一目見ただけで理であると理解させられて逃げ出すという一択しか与えてくれないもの。

 

見ることのできない人は気づかずに進み触れて命を落とす。

 

死体は腐敗することなく留まり続け命以外の何かを一緒に失っていた。

 

エルフは理に触れることができる。

 

理とともに生きることができる。

 

それだけで十分に異質な存在だった。

 

そんな得体の知れないものに触れようとしているのだから気が狂うというのも納得がいくことだった。

 

「中に何があるのか。中がどうなっているのか。まったく見えん」

 

「どこにあるのかは分かるのか?」

 

「近づけば分かるがあれは理の一部なのかもしれん。常に移動しているからな」

 

常に同じところにあるわけではなく移動している。

 

移動するにも意思があるようには見えず漂っているという表現が合っていた。

 

昨日無かったところに急に現れたり突如として消えたりと不安定なものだった。

 

「透視ができる魔獣でも中を見ることはできなかった。ただ触れたら危険だということだけは皆が口を揃えて言っておったな」

 

理について詳しく話すことは少ない。

 

誰もが口を重く閉ざしてしまう。

 

それが惑わしの森に入ってからロディは饒舌だった。

 

理にもっとも近くまで行った経験と理について話せる相手がいなかった穴を埋めるように話した。

 

「中はそう良いものではないのかもしれないな」

 

禍々しい気配しかしないものの中や先に良いものがあるとは思えなかった。

 

戻れなくなるなにかに囚われる予感だけが頭に過った。


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