第三幕 空蝉
「ちっ、これで問題ないだろ」
「俺とルルーシェはこのまま旅に出る。ついでに町のギルドに書類を届けておくさ」
「ガキが偉そうにしやがって」
「この闘いを選んだのは先代、いや、現マスターだ。文句を言われる筋合いはない。ルル」
「うん?」
「行くぞ」
「うん」
闘いが一瞬で決着がついて消化不良だという村人も多いが、今まで成長を見守っていたルルーシェが旅に出るということで悲しむ女性が多かった。
「ルルちゃん、元気でね」
「ごはん、食べるのよ」
「お腹、出して寝ちゃだめよ」
「走って迷子にならないようにね」
ひとつひとつに返しながらルルーシェは別れを告げていく。
子どもに言い聞かすような内容ばかりだが、ルルーシェを育てた母代わりの女性は多い。
このままルルーシェが負けて、キルシェが殺すなどと言うことになれば、女性陣から先代マスターは恨まれていただろう。
闘いにおける条件は神域にあるものだと知っているから違えないが、その後のことは与り知らぬことだ。
「ルル、もう良いのか?」
「うん、大丈夫」
「そうか」
ルルーシェに荷物のひとつを渡して、町に続く街道を進んで行く。
後ろを振り返れば、戻りたくなるくらいには愛着がある。
それが分かっているから二人とも振り返らない。
村人も分かっている。
帰っておいでと声をかけたくなる。
だから、何もしないで見送る。
キルシェとルルーシェを知っている者だけが残り、姿が見えなくなるまで見送る。
「あんなに良い子を殺すだなんて、本当に血も涙もない男だよ。二度と内の店に来ないでおくれよ」
「ルルちゃん可哀想にね」
「合いの子になったのはルルちゃんのせいじゃないのにさ」
「何でまた帰って来たのか。そのまま旅に出てくれたら良かったのに」
母は強し。
ルルーシェの母代わりだった女性たちは口々に恨み言を残して家に帰る。
ギルドマスターは村から出られない。
衣食住を整えるには村の中で調達するしかない。
その店を営んでいる女性に恨まれれば立ち行かなくなる。
手には入るだろうが、針の筵の生活になるだろう。
最大の誤算は、キルシェがマスターとして人望があり、ルルーシェが合いの子でありながら村の女性に愛されていたことだろう。
「しばらくは恨み言を受けるしかないだろうな。で、何で戻ってきた?」
「ガイ」
「俺は審判だったからな。公平に判断したぜ。でもな、ルルは十年間ハンターとして俺たちと仕事をしていたからな。俺だけじゃない。家付きハンターは全員ルルの父親代わりのつもりだった。連中は何も言わないだろうけどな。恨み言を抱えてるのは女だけじゃないことを忘れるなよ」
「十年・・・」
「それだけじゃない。ルルに感謝してる奴は多い。知りたきゃ話してやるよ、昔馴染の誼だ、ボック」
古参のハンターはボックがマスターをしていたころのことを知っている。
そして、キルシェに押し付けたときの騒動も知っている。
ボックという男がハンターとして優秀でも人として傲慢で嫌われるのは昔からだ。
それを知っている者は適度な距離で付き合う。
本当の意味では孤独で、キルシェやルルーシェを追い出したことを恨まれる理由も理解していない。
だから自分が連れて来た少年に対してフォローをしない。
する意味や価値を分かっていないから。
「ボック、連れて来た少年の監督はしっかりしろよ。村で問題を起こされるのは面倒だからな」
「なら、ガイがしろ。俺は負ける弟子は要らねぇ」
「最初から勝てる弟子がいるならお目にかかりたいものだね」
自分にとって価値があるか役に立つか、それだけでしか判断をしない。
半年の間にほとんどのハンターたちは別のギルドに移るだろう。
二十年前と同じように中継するだけの流しのハンターだけが立ち寄るギルドになる。