第二十七幕 篝火
旅を続けるうちに宿住まいに嫌気が差したアイリーンとカイルは主要拠点に家を持っていた。
今はそこでルルーシェを看病している。
ポイズドラゴの胞子の影響を鑑みてカイルとロディで看病している。
最初はキルシェが離れるのを嫌がったが人への影響が不明であるという理由を押し通した。
本当は離れたくないというのは手に取るように分かる。
「心配ないわ」
「心配ない?」
「えぇ赤ん坊が風邪を引いたようなものよ。大人なら問題ない風邪でも子どもは寝込んでしまうこと、ままあるでしょ?」
「そうだとしても、大丈夫だとは限らないだろう」
ポイズドラゴの胞子を吸い込んで倒れた者を見たのは初めてではない。
それでも今まで死んだものはいない。
確かに、だから死なないという保証はないが仮にも合いの子だ。
少し眠れば回復する。
ただの人の子よりも丈夫にできている。
「大丈夫だと判断した根拠を話すわ」
「それよりもルルのところへ」
「まぁ聞きなさいよ。それに、ただの人である貴方への影響を考えているのだから」
それを言われればキルシェは黙るしかない。
ポイズドクイーンのことも知らない以上、対策も立てられない。
「ポイズドラゴは雌雄一体だけど生殖行動によって子孫を増やすわ。でもそれだと環境の変化に対応ができない。だから三百年に一度、別種族のポイズドクイーンと繁殖するの」
「それが早まったということか?」
「えぇ、そうね。そして互いに胞子を撒く。その胞子を交換して子孫を増やすの。ポイズドラゴは新しい個体を生み、ポイズドクイーンは自分の体を宿主にして次の個体を生む。だけど百年も早まった」
「それは環境が大きく変わって繁殖を早めたということか?」
「その考えが一番有力ね。そして早めた分、胞子を確実に交換しなければいけなかった。種の生存本能に従って胞子にわずかな毒を含ませた。他の種族に取り込まれないように」
それがルルーシェが倒れた理由だ。
大人であり体も出来上がっていてポイズドラゴよりも上位種であるロディ、アイリーン、カイルには影響がなかった。
キルシェは離れていたから影響を受けずに済んだ。
ルルーシェが倒れたのは運が悪かったとしか言いようがない。
「胞子は一日もすれば枯れて消えるわ。それまでは近づかないことね。坊やですら倒れたのよ。人である貴方がどうなるか説明しなくても分かるわよね?」
「本当に大丈夫なんだろうな」
「大丈夫よ。三千年前くらいにもあって大丈夫だったから」
「三千年前のことなんてどうやって調べるんだよ」
「・・・信じてないわね」
「あぁ」
このままだとルルーシェが目を覚まさなければ押し問答を繰り返すことになる。
とにかくキルシェを丸一日ルルーシェから引き離しておくことだけを優先する。
それ以上は何を言っても無駄だ。
「明日の朝一番にはルルのところに行くからな」
「それでいいわ。ロディが胞子の特有の臭いが分かると言っていたから無くなれば安全でしょうから」
「それで早く目覚めた理由も分かっているのか?三千年前にもあったんだろ」
「おそらくは、ね」
「理由は?」
アイリーンとしても三千年前の記憶をすぐに思い出せと言われても出来るわけではない。
さらにそれよりも前の記憶を持っているから何時のときの記憶か考える必要もあった。
「理に断りなく触れた者のせいだったかしら?」
「はぁ?」
「理よ、こ・と・わ・り!」
「区切って言わなくても分かる」
理に触れた者の末路には心当たりがあった。
少し前に見つけた死体だ。
「断りなく触れた死体なら知ってるぜ」
「おそらくはその所為ね。ポイズドクイーンは戦う力が弱いから巨大な力に過敏に反応するわ」
「それでポイズドクイーンは今度いつ目覚めるんだ?」
「四百年後よ。今回寝る予定だった残り百年と次の三百年の間、眠り続けるわ」
そうなると今対応を伝えても伝承扱いで存在すら忘れられてしまう。
伝える意志がなければ途絶えてしまう。
「ギルドマスターには最重要危険魔獣として伝えるようにと通達を出してたのだけどね」
「少なくとも俺は聞いていないな」
「魔獣リストを作って配布したのだけどね」
「リスト?」
「そうよ。五百年前くらいに作ったの」
五百年前から同じところに存在するギルドはない。
せいぜい百年くらいだ。
その間に無くなったと考えるのが自然だ。




