第十一幕 花散里
「理はこの世を確立させるだけのものではない」
「そうなの?」
「気になるのなら案内をしてやるさ」
理を正確に知っている者はエルフと理に触れた者だけだ。
アンディは黙って消えた。
ルルーシェもキルシェに気づかれる前に宿に戻った。
いつも一緒にいるのが当たり前だと思っていた。
別れることもずっと先のことだと思っていた。
唐突に目の前に現れた別れというものが重くのしかかった。
「キィ」
「どうした?」
「キィは」
「俺は?」
何を聞きたいのかも言いたいのかも分からないが、形になる前に扉が乱暴に叩かれた。
「起きなさい。てか起きて」
「マスターだ」
「今開ける」
血相を変えたジョーバーがキルシェに掴みかかった。
「軍人がギルドを占拠してるのよ。急いで来て」
「分かった」
宿を出ると包囲していた軍人に連行された。
およそのことは推測できるから逆らわない。
取り調べ室に入れられると軍人に取り囲まれた。
「お前が殺したんだな」
「違う」
「なら死体が荒らされていないのがおかしい」
「そうか」
「殺したんだな?ただ一言で済む。はいと返事しろ」
あの死体が三か月前に死んだものだと人では分からない。
キルシェもルルーシェも乗せてくれた魔獣が教えてくれなければ分からなかった。
このまま押し問答が続いた。
「いいえ」
「いい加減に認めろ」
「あの死体は硬直していた。俺がギルドに報告してからでは時間経過が合わない」
「なら報告の時間を遅らせたんだろうが」
ギルド所属のハンター同士が殺し合いをしても罪にはならない。
この場合はキルシェが頷くことで事件が終わることを軍人が望んでいた。
「俺は昨日まで、いや、一昨日までマスターだった。殺すことはできない」
「相棒に依頼すれば済む話だ」
「それもない」
「いいから頷け。どうせ罪にならないんだからな」
「罪にならなくても偽証することは出来ない。偽証証言はギルド審査委員会の査問を受けることになる」
「俺とお前たちが真実だと証言すれば問題ない」
偽証は罪になる。
つまりは騙して依頼を受けることも受けさせることも罪になる。
「つまりは二十年前にあるギルドマスターが偽証した罪を真実だと証言したんだろ」
「何の話だ。俺は死体の話をしている」
「俺はあるギルドマスターに騙されてマスター承諾書にサインした。だが審査委員会は黙認した。つまりは軍人も結託していたということだろ」
マスターの偽証をまとめた書類を警邏中の軍人に渡した。
その書類は審査委員会に届くことなく消えた。
目の前の軍人が関わっていたとは考えにくいが一部のギルドと軍人が関わっていることは明白だ。
「俺に共犯になれと言うことか?」
「・・・もしかしてガイに騙されたというのは、お前か?」
「知っているのか?」
「二十年前にある書類を同僚から受け取った」
ある書類はキルシェが書いたものだ。
軍人から軍人へと手渡り審査委員会の近くまで運ばれていた。
「はぁ、俺はマキシムだ」
「・・・・・・・・」
「内容はギルドマスターが若いハンターを騙してマスターにしたという偽証申告だった」
「確かに俺は書いた」
「俺はそれを上司に渡した。情に厚い人で正しく上に報告してくれる人だと思っていた」
「そいつがもみ消したのか?」
「あぁ。何度も確認した。そして中央から警邏隊に左遷された」
たかがハンターの一人が騒ぐのは面倒だという理由でもみ消された。
自分の管理区域で問題が起きれば査定に響く。
情に厚いと思っていた上司は出世欲の強いだけの人だった。




