第一幕 桐壺
難しい顔をして手紙を読んでいるキルシェ。
それを横目で見ながら床を掃いているルルーシェ。
その均衡を破ったのはキルシェだ。
「ルル、旅に出るぞ」
「旅?」
今まで勝手に決めたことはなく、必ずルルーシェの意見を聞いていた。
何かあったと思い、掃除を止めて荷造りをしようと階段を上る。
真ん中ほどまで上ったとき、乱暴にドアが開いた。
「よう元気だったか?」
「先代」
「でっかくなったな」
「二十年経ちましたからね。年も取りますよ」
「で、俺がいない間に好き勝手やってくれたな。誰が魔族の出入りを許した?」
「今は俺がギルドマスターですからね。好き勝手しますよ」
「表出ろや」
「言われなくても、ルル、荷物まとめといで」
階段で身動きが取れなくなっていたルルーシェに声をかけてからギルドを出る。
口を出せる雰囲気ではないのは肌で感じるからルルーシェは黙って荷造りをするため二階に上がる。
ギルドの前では男二人が睨み合っていた。
「三日時間をくれたら出ていきますよ」
「素直なのは良いことだが、それじゃあギルドマスターは失格だぜ?」
「無理矢理押し付けられたものを守るほどお人よしでないんでね。出て行けるなら出て行くさ」
「・・・キルシェ?」
「ルル、荷物はまとめられたか?」
「できた」
ルルーシェの手には二人分の荷物があった。
不安で聞きたいことだらけだが、何も言わないことを選ぶくらいには冷静だった。
それを壊したのは、先代ギルドマスターに同行していた少年だった。
「逃げるのかよ」
「逃げる?」
「先代に勝てないから逃げるんだろ」
「君は、この間、盗賊を退治してきた子か」
「俺が仕込んだんだ。盗賊団くらいは朝飯前だぜ」
ルルーシェがやきもちを焼いた相手だ。
そのおかげで進展したのだからその点だけは感謝をしている。
「ならギルドは安泰ですね。後継者もいるようですから。俺がいなくてもいいでしょう」
「違うな。俺が魔族嫌いだと知っていてギルドへの出入りを決めたんだ。落とし前はつけてもらう」
「十五年も放置しておいて今更ですか?話になりませんね」
「十五年?」
「ルルは、ルルーシェは生まれてすぐにギルドに捨てられた子ですよ。家付きハンターと一緒に育てたんですよ。今になって気づくのは遅すぎると思うだけですよ。落とし前というならルルとその少年と闘わせますか?」
「面白そうだな。こいつが勝てば、そのガキをお前が殺せ」
「良いですよ。ならルルが勝てば、同じくその少年を殺してください」
「キィ」
「というところですが、その少年が死んでも俺は得をしないので、ギルドマスターになって貰いますよ。先代でも少年でもどちらでも良いので」
負ければ自分が殺されるというのにルルーシェはキルシェの発言を咎めていた。
話を聞きつけたハンター達や近くの村人が集まって来た。
娯楽のない村で先代マスターと現マスターが争うとなれば見物するのにちょうどいい。
闘うのが、それぞれのマスターが育てた弟子となれば、さらにだ。
「キィ、何を考えているんだ」
「先代のことだ。このまま逃げたところで追いかけてでも俺たちの息の根を止める」
「何で?キィの師匠なんだろ?」
「違う。先代はたまたまギルドに寄っただけの俺にマスター許可証を渡して旅に出たんだ」
「師匠じゃないの?」
「あぁ、言葉も一回か二回くらいで会うのは二十年ぶりだ」
まだ二十歳だったキルシェに許可証を渡して本当に居なくなった。
ギルドマスターになった者は次の誰かに渡すか、死ぬかするまでギルドに留まらないといけない。
許可証に魔術がかけられていて、マスター業務以外でギルドが所属する村や町を出ることができないようになっている。