修学旅行篇 前編 (3)
時間は登校時間から約半日、つまり12時間ほど遡る。
空港から離れてすでに数十分。市街を通り越して今は閑静な住宅地に、車を止めている。
「本当についてくんのかよ?妹と母さんになんて言って説得すんだよ。親父の友人と街であって、急に旅行したくなって一緒に旅行してきたとか?ふざけてんすかあんたら。」
楽はそう言って二人を怪訝そうな顔で睨みつける。
「おいおい、なんだよ!大丈夫だって。たまたま一緒に旅行したって事にすれば。」
そう言うグレンは、内ポケットからタバコを取り出す。
「あーおいグレン。俺にも一本くれ。」
「タバコはダメなんじゃなかったのか?」
「あんた帰りの飛行機の中で俺に何本吸わせさせたんだ。おかげで美味しい吸い方覚えちまったよ。」
にやにや茶化すグレンに仏頂面で対応する楽。
「分かった、ほら。だかなラック。おめえこれ、キューバ産だぞ?これに馴れたんじゃ、国内のはまず吸えねえぞ。」
グレンはそう言ってこっちに一本タバコを取り出した。俺はグレンの持っているドックタグのデザインがついたのZIPPOで火をつける。
火がついたタバコをゆっくりと、そして火種が大きくならない様に少しずつふかしながらタバコを味わう。
飛行機の中で商売のイロハよりもこの吸い方を教えられたおかげでタバコならではの甘味が味わうぐらいには嗜める様になった。
タバコを吸い終わるといよいよ家のドアを開ける。玄関で二人を待たせて先にリビングに向かう。
すると俺以外の家族が和気あいあいとクイズ番組のテレビを見て頭を唸らせていた。
いや、確かに俺の『ただいま』の声が小さかったかもしれないよ。でもリビングに一家全員がいて廊下から足音がしたら誰か気づこうよ。というか、気づいてよ。
「あ、あのーただいま。」
「ちょっとお兄ちゃん、黙って!いまこの謎解きやってるんだから。」
柚葉はそう言うとそのままテレビとにらめっこを再開する。
えー、お兄ちゃん死地から命からがら帰ってきたのにその対応はないだろ。
「ハハハッ見たかよ、アイナ。あいつ妹にすらなめられてるぞ。」
「そうですね。彼女はらっくんに対する愛がなってませんね。」
ふと気がつくと後ろに二人がリビング前に立っていた。
「楽帰ってきてたのか!おお、二人も来てくれたんだな。全く帰ってくるなら連絡くらいしたらどうだ。」
そう言って家族に俺が帰ってきたことを知らせるかのように俺の親父、草薙 純はクイズ番組に夢中の母娘に話題を振る。
諸悪の根源が何をぬかすかと、反論したくなったがぐっとこらえてここは会話に合わせよう。
「ごめん、親父。急な帰国で自分も驚いてるんだ。それにしても、この二人がお父さんの友人だったなんて知らなかったよ。」
「あれ?お兄ちゃん。え、なんでいつの間に。うわっ、後ろの人誰?え、えっ?」
やっとこちらを向いた柚葉は状況が未だに掴めていないのか、柚葉が狼狽する中、素早く空気を読み取った母さんが二人をもてなす。
「まあまあ、お父さんのお知り合いさんでしたか。すみませんね。全く気がつかなくて。」
手を口にあてながらオホホと言いながらリビングに迎えるあたりさすがは主婦だと感じ得ない。
それからは、ことの顛末を嘘7割真実2割親父のアシスト1割の感じで二人に話した。
「ふ〜ん。んで、お兄ちゃんはアイナさんと一つ屋根の下で、2日間も同じ所で寝てたんだ。」
ジト目を、こちらに向けてくる柚葉の視線が痛い。え、何もなかったしむしろ未遂にしたのは俺の方なんだけど。
「アイナさん。この色情魔にぃになんかされませんでしたか?」
「ええ、楽さんはとても優しくて私たちに接してくれました。(ポッ」
にこやかに笑いながらはなしをしている柚葉とアイナ。いや、アイナの方だけ微妙に頬を赤らめてるな。やめてくれ、なんだか寒気がはしる。
「そうだ、楽。お前後から俺の部屋に来い。聞きたい事があるんだ。」
聞きたいこと?なんだろう。このくだり。聞き覚えあるんだけど。
「怪訝そうな顔をするな。なに、ちょっとした確認だ。」
ああ、何かと思ったら俺をこの現状にした状況とほぼ一緒じゃないか。
「また、どこかに連れて行かれるのか。頼むぜ俺は腹はくくったがまだこの年齢で死にたくないぞ。」
いわれるまま、親父の寝室兼書斎に入ると、先の商売先で手に入れたアタッシュケースが父の書斎に置かれている。
奥には椅子に座って開きっぱなしの窓からまだ寒い5月の風を名残惜しそうな表情で感じていた。
その表情は父の顔でもあり、子どもの時に時々見た父親の真剣な顔でもあった。
「……楽。本当にいいのか?父親としてはこの仕事をお前にさせるのは反対だ。もう、お前は今の学生には戻れない。もう、同い年の友達と一緒に遊べないし、酒もこの先飲めないかもしれない。お前が進もうとしている道はそういう道だ。」
ここまで真剣な親父を俺は見たことがなかった。いや、見たことはあったがそれは仕事をしている時の親父だ。俺にここまで愛を持って父親として話しかけてきたのは初めてかもしれない。
だけど、俺の気持ちはあの日、既に決まっている。
「親父……わかってる。いや、親父からしたら多分分かってないんだろうけど、俺なりには分かってる。多分いま俺が進もうとしてる道は非道徳的で非人道的な道だろう。それも蔑み憎む人間はいても羨望される事がない道だ。だけど決めたんだ。俺は俺なりに生きていこうって。それでみんなが笑える世界を作ろうって」
「フッ、壮大だな。出来ると思うか。1秒間に約2人の人間が死んでいるこの世界に。」
その言葉に目の前の親父を見る。そこにいたのは父では無く、そこには仕事をする男だった。
小馬鹿にするように嘲る親父はアタッシュケースをこちらに無造作に放り投げそれをキャッチする。
「まぁいい。自室に帰ったらアタッシュケースを開けてみろ。そこにお前が行こうとしている道への道具が入っている。いいか、絶対になくすな。もしなんか考えるな。なくしたら帰ってこれないからな。なぁに、経験を積めばいつしか身一つで商売できるさ。それと、ルーディ。」
親父がハンスの名前を呼ぶと部屋の中に入ってきた。俺が来た時にはいなかったのに、いつの間に来てたんだろう。
「こいつに色々教えてやってくれ。こいつは知識も度胸も度量もまだまだだ。たのんだ。」
親父が頼むのに対して、あくまで面倒くさそうに、手のひらをヒラヒラさせながら了承の意を示す。
「あ、あの親父。」
親父はそれっきり話さなくなった親父に声をかける。
「なんだ、楽。ああ、一つ言い忘れていた。お前はもうlimitの社員だ。つまり、俺とお前は上司と部下の関係だ。よって今後家族の前以外で俺のことを親父と呼ぶのを禁ずる。以降俺のことはBOSSと呼べ。いいな。」
親父にそう言われた時は驚いたが、妥当な判断だと思う。これからは親と子ではない。上司と部下。だとしたらこのまま『親父』と呼ぶのはいささか問題だろう。
そこから先は、ルーディからの簡単なこの職業のあらためての説明だった。正直なところ、親父と旅をしていた時に一部を目で見ていたので特に疑問に思うことは無かった。
説明が終わり部屋に入ってそこからアタッシュケースの中身を開ける。
中には黒塗りの折りたたみ式携帯とこちらも同じく黒色だが一世代前の電話を彷彿させる折畳まない様な、どちらかというとトランシーバーにも近い様な電話機。そしてスイス銀行の通帳講座に見ると0が7つほどついていて驚いた。
後は大量の我々が取り扱う商品のカタログ。多分仕事をするまでに頭に入れておくべきものなのだろう。
窓から見る外は既に青みがかかり明るくなっている。とにかく最低限の設定の確認だけでもと思い、黒色の携帯を確認する。
中には仕事仲間になるアイナや親父、ハンスの名前などがあった。着メロは既に決まっており『魔王』に設定されていた。クラシックなどは聞かないがこの先のことを考えたら実にぴったりに思う。
だってそうだろ?俺はこの先落ちることはあっても上がることはないのだから……。