全ての始まり (2)
「さて、それじゃあ早速商談に向かおう!」
口をポカーンと開けてフリーズしていた俺は彼女の言葉で一気に我に戻る。
「ちょちょっと待って!俺まだ心の準備というか、そもそも俺このあと親父と夕食が!」
「大丈夫!大丈夫!飛行機の中で今日食べるはずだったメニューよりも美味しいの食べれるから。それにお姉ちゃんがついてるから死ぬ事はないよ!てか、死んだらお姉ちゃんも死ぬから!(親指グッ)」
いやいや『グッ』じゃねえから、想いが重いから、なんでこんな非常時に頭でシャレがでんだよ!ダメだ、このままだと確実に拉致られる!
そう考えた瞬間不思議と身体は動いていた。
なりふり構わず入ってきたビルのドアに向かって激走する。
あぁ人間、死の危険を感じると生きようと動くって言うけどあれ本当なんだなぁ。
「あ!ちょっと待って!お姉ちゃんから逃げるつもり⁉︎」
違います。この現実から必死に逃げてるんです。
俺が逃げ出す事に察知した銀髪美女は俺を制止しようと駆け寄るが遅い!あと数メートル先にさっき入ってきた扉と大男がいる!
…………ん? 大男?
男は扉の前で立ち塞がるとゆっくりこっちを笑顔で見ながら言った。
「good ruck!」
その瞬間、男はクルッと俺を軸にして視界から外れたかと思うのと同時ぐらいに首後ろに激痛が走り、意識を失った。
「う、う〜ん。」
頭が覚醒して目を覚ます。辺りを見回すとそこは見慣れた自室だった。どうやら寝違えた時に首筋を痛めたらしい。そのおかげでこうして悪夢を見たようだ。なーんだ、夢かびっくりした。
いつものように妹があと数分で起こしにきてくれる。そうだ妹に昨日見た夢の話でもしてやろう。あいつ驚くだろうなぁ。
そうこう考えながらベッドの中でぬくぬくと丸まっていると下から階段を駆け上がってくる音が聞こえる。そら、妹が起こしにきたぞ。
自分の扉の前で足音が止まる。そして扉が開くと同時に聞こえてきたのは
「らっくーん!朝ダヨーーー!」
「ハッ!」
勢いよく上半身を持ち上げる。まだ、寝ぼけているのか視界のピントは合っていないがここがどこかは一瞬で分かった。縦長の部屋。本来なら3つのリクライニングシートを一つ分として悠々と使うシート。高級感溢れるレッドカーペットとそれらを彩るかのように流れる音楽。そして横側の窓から見える満天の星空と下界を彩る沢山の人口灯。
うん。そうだね、飛行機の中だね。それもファーストクラスの。
席の横から聞きなれた声が聞こえてきた。彼女は頬を少し紅潮させながらシャンパングラスを傾けながらこちらをみている。
その姿がとても美しく、一瞬見とれてしまった事は秘密である。
「らっくん。起きたんだ。大丈夫?どこか痛くない?ごめんねルーディのバカ、一般人相手に頸動脈に手刀して気絶させるなんて大人気ないよね。」
頸動脈に打ち身って下手した脊髄痛めて半身不随になるよ!
「あのーえっと……。」
会話をしようにも相手の名前が分からないから上手く話せない。『あんた』とか、「お前』なんて言葉は年長者に対してあまりにも失礼だし、下手な事言って癪に触れば自分はこのままパラシュート無しのスカイダイビングを敢行する事にもなる。
俺が口ごもっていたらそれを察したのか、晴れやかな笑顔になって席から立ち上がる。
「自己紹介がまだだったんだね。えーと、コホン。私は草薙・アイナです。limitのみんなからはアイナって言われてる。あ!因みにlimitってのは我が社の名前ね。けどらっくんには『お姉ちゃん✨』って呼んでほしいな!呼んでほしいな‼︎」
二回言わなくても良いだろ。
「それで、アイナさん。そちらの男性は?」
そう言って視線をアイナの後ろに座っている大男の方に向ける。ガッチリとした体型に人懐こい顔の中年の男性がいた。
「あそこにいるのが、あなたのお父上の仕事仲間のハンス・ルーディさん。」
「仕事仲間って事は彼もlimitの武器商人?」
「ううん、彼はあなたのお父上の私兵さん。私達の仕事って結構恨み買いやすいのよね。だからこうして身を守らなきゃ仕事出来ないわけ。」
そう言いながら上機嫌でこちらに少しずつ近づいてくるアイナ。待って、近い近いよ。ってお酒くさ!この人かなり飲んでるな。
「らっく〜ん。私のお婿さんにな…くぅ」
いろいろ端折ってプロポーズ⁉︎この人こんなので大丈夫なのか。しかも寝ちゃったし。あーもう、俺もさっさと寝てしまおう。
そんな事を考えながら彼女を抱えて、元いた席に座らせる。銀髪美女はスゥスゥと寝息をたてている。
ふぅと一息ついて、この非現実の様な現実を受け入れつつある自分に驚きと呆れを感じながら席に戻ろうと歩き出す。すると後ろから低い声の中年男性がこちらに話しかけてきた。
「少年。英語は大丈夫か?なに、とって食おうってわけじゃ無い。これからlimitのことを話そうと思ってな。少し付き合え。」
それが、この先自分の右腕になるハンス・ルーディとの初めての会話だった。