第一話 イーリアス帝国の忠臣
「目を開けて下さい……」
空ろな意識の中、凛とした軽やかな女性の声が響いた。
ゆっくりと瞼を押し上げると、紅咲亜莉栖、もとい、アリス・スカーレットが居た。
「良かった、何か違和感や、身体に痛みは?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう、アリス」
「い、いえ……あ、あの…っと………」
「倖都」
「え?」
「倖都で構わないよ。どう呼ぶか悩んでたんでしょ? ファーストコンタクトの時は、体裁もあったろうし、志木城くん、って呼んでたけど。今は、お互い、えっと、仲間? って感じだと思うし」
実際に、今まで仲間が居なかった倖都は、むず痒い感覚に襲われながら、仲間、と口にした。
アリスも、きっと倖都をそこそこ長い期間監視していたのだろうから、その辺は理解出来るだろう。
そんな所の事情もあってか、アリスは意を決したように。
「ゆ、倖、都」
「うん、よろしくな」
「こ、こちらこそ……」
そう言ったのだった。
礼儀正しい彼女の事だ。名前を呼び捨てにするのに、若干以上の抵抗感があるのだろう。
その点も、TPOを考えて使い分けられるようになれば、彼女はもっと楽に生きていけるだろうに。
と、余計な心配をしていると。
「アリスぅぅぅぅ!!」
突撃してくる桃髪の美少女が居た。
無論、突撃した方向は、彼女の魂の叫び同様、アリスの方であったが。
「こ、こら、メロ! いきなり何をするの!?」
どうやら、彼女と、メロ、と呼ばれた少女は親しい仲のようだ。
アリスも、別に交友関係が冷え切っているわけではないようで、一安心する倖都。
ぽかぽか、と力の篭らない拳でメロを叩くアリス。
それを眺める倖都。
一息ついたメロは、ふいっとこちらを向いて、にひっと笑った。
「メロリアでぇす。アリスの嫁をやってまぁすぅ。よろしくねぇ、ゆっきー」
「ゆ、ゆっきー? てか、俺の名前を知ってる…?」
「あ、ゆ、倖都。その、ここはイーリアス帝国の、一室で、えっと、メロは貴方にとっては私と同じで、信頼出来る仲間です。他にも数名、忠実な配下が居るのですが……。あ、それと、倖都を知っているのは、学園に居る間だけですが、私の配下によって監視させておいたからですね。も、勿論、トイレ、とか、その、プライベートな事には踏み入ってませんが……。あ、あと! メロは嫁ではないですから!!」
「そ、そうか、ならいいんだけれど」
その時だった。
ドタァァン!! と。
美しい装飾で彩られた、大きめの扉が蹴り開けられた。
人二人分はありそうな(横にも縦にも)サイズのものだ。
そして、ぱっと見十人近い人数の男女が入り混じりながらこちらへやって来た。
石造りだからか、やたらと先程から声が、音が、響く響く。
「お嬢ー!」
「アリス嬢、ご無事でございますか!?」
「メロ! てめぇ、また勝手に抜けだして!!」
「アリス様!」
「アリスさん、大丈夫ですか!?」
「アリス姫、お怪我は!?」
「アリス姫殿下、ご無事で何よりにございます」
「俺っちの最愛のアリスは何処だァ!!」
「アリスちゃん!」
最早誰が何を言っているのかすら分からない。
見た感じ、人数は九名。男性五人、女性四人。メロも混ぜるなら、女性は五人か。
取り敢えず、美男美女だ。倖都は何となく差別的な雰囲気に圧倒された。
久方ぶりに神を恨んだかもしれない。もう少し美形に整えてくれても良かったではないか、と。
そんな下らない事を思案していると、アリスがぴしゃりと言い放つ。
「大丈夫だから、皆落ち着いて!」
メロが身体を撫で回していたからか、反応が遅れたのだろう。
大きめの声を張り上げて、そう命令すると、ぴたっと、あの混沌とした様子が静まり返った。
「倖都、彼ら、彼女らが私の配下。一人一人、教えてあげますね」
呼ばれてアリスを見て、ふと視線を戻せば、その場に居た全員が膝を折って頭を垂れていた。
あのふざけきったメロでさえ、だ。
「勝手に自己紹介していましたが、彼女はメロリア。≪サキュバス族≫です。彼女は、対象の血液をもらう事によって、一時的にですが、その対象の能力を自分に加算できます。弓の名手ですので、遠方より、強化した彼女の一撃を食らえば、生きている者など居ませんね」
「よろしくねぇ」
「あ、あぁ」
桃色の髪、エメラルド色に近い瞳。
にへら、っと笑った顔は締まりないが、漂う雰囲気は先程から変わらない。
いざとなれば、即座に首を刎ねるぞ、と言わんばかりの強烈な敵意。
「(……恐ろしいな。下手な事をしなきゃ、大丈夫か)」
「彼は、クロイツ。彼は純血のヒューマンで、≪ハイ・ヒューマン≫と呼ばれています。剣技に関しては右に出る者が居ないと言われるくらい、凄い剣士なのです」
「お嬢には流石に、敵いませんよ」
ハハハ、と困った笑いを浮かべるクロイツ。
年齢は確実に、アリスよりも、倖都よりも上だ。
色素の薄い茶髪のミディアムヘア。甘いマスクが、知的な印象を覚えさせる。
恰好もラフな軽装だ。
「次は、ミラですね。≪エレメント族≫に属する、占星術を初めとした、色々な魔術を主に得意としています。≪エレメント族≫は、私、≪エンゼリア族≫と同じ、妖精類のカテゴリなのですが、中でも知能が高くて、とても頼りになるんです」
「お褒めに与り、光栄至極に御座います。アリス嬢」
ローブにすっぽりを身を包んだ、やや長身な女性だ。
雰囲気からすると年上だろうか。アリスやメロと違い、美人、という形容が合っているだろう。
ローブ越しにも分かるくらい、すらりとしていて、線の細い女性なんだな、と思わせる。
チラリ、と此方を見上げた瞳は黒く、意外だな、とそんな的外れな事を考えた。
「次が、ジン。≪亜人≫に属する、≪ウルフ≫の獣人です。俊敏さと力強さを兼ね備えていて、それに加えて≪亜人≫特有の屈強なタフネスを持っています。彼も同じく腕利きの剣士で、そうですね、確かクロイツと戦績は五分五分、でしたか?」
「いえ、俺の方がリードしていますよ、アリス姫様」
「これは失礼……。兎に角、我がイーリアスの二大巨頭ですね、剣士としての」
クロイツとは違い、粗暴さが強いワイルドな感じだ。
金髪のウルフカットは、異様な程彼に似合っている。
クロイツと較べると、筋骨隆々といった感じで、巨木を彷彿とさせた。
「彼女は、ルノア。≪マーメイド族≫に属しています。五感の冴えが素晴らしく、第六感に関しても、恐ろしい的中率を誇ります。知略に長けていまして、ミラと共に作戦参謀を担っていますね。彼女は自身の歌声とハープを用いて、敵を眠らせたり、錯乱させたりする、≪音響魔法≫を専一に磨いています。ルノアの歌声は、一度聴いたら、もう他の者の歌など雑音にしか聴こえなくなるほどですよ」
「そ、そんな、アリス様…。過剰に持ち上げすぎです」
「過剰に持ち上げられるだけの成果があるのですよ、ルノア」
「そ、そうでしょうか……」
困っているようにも見えるが、彼女は彼女なりに喜んでいるのだろう。
マーメイド、という割りに、尾ひれが生えているわけでもなく、尻尾があるわけでもない。
プラチナの髪と、青と赤のオッドアイが特徴的だろうか。
すらりとした体躯だが、若干胸元が寂しい。きっと、アリス達を見てきたからだろう。
「彼が、アスター。≪亜人≫に属する、≪オウル≫の鳥人です。広い視野を持ち、どんな視界不明瞭な状況でも、十キロ先に落ちているコイン一枚でさえ見落とさない、超人的な視力の持ち主ですね。弓を得意としてまして、その視野と卓越した弓の技術において、イーリアスに敵う者は居ません」
「えーっと、そういう事らしいですね。よろしく、倖都さん」
「あ、はい、よろしくお願いします」
ここに来て初めて、倖都は相手側からそう言われた。
知的な雰囲気を漂わせる彼に、メガネが良く似合う。ハマり役、というやつか。
すらっとした高身長で、2m近いのではないだろうか。
謙遜しているというか、一歩引いて広い視野で眺めている感じだ。
「お次が、エルーナ。≪ドラゴニュート族≫に属しています。龍の頑強さ、と劣勢にも動じない鋼のメンタル、そして何よりも、双剣使いとしての技量が、彼女の取り柄ですね。素晴らしい忠誠心と、尊厳を尊重する人としての美しさが、私はとても気に入っているのです」
「アリス姫……。御身の為に、この身を捧げる事を、今一度お誓い致します!」
「ふふ、ありがとう、エルーナ」
アリスに対しての忠誠心は、見事の一言に尽きる。
パステルカラーの水色の髪と、同じ色の瞳が目を惹く。
自分に対して、常に厳しく律しようとする精神が、表情から窺えた。
真面目で、誠実で、美しい人だな、と倖都は感じた。
「次は、バルガス。≪ハイ・ヒューマン≫です。私の執事も勤めていて、元は≪エルグドラシア≫全土の中でも五指に入る剣の実力者だったのですよ? 今は年齢の関係もあって、実力はやや衰えましたが、弓やその他の武器にも精通していますので、いざ、という時にとても頼りになるのです」
「ほっほっほ……。アリス姫殿下からのお株も鰻登りですな。ご紹介に与ったバルガスです、ようこそ御出で下さいました」
「は、はい…」
「ほっほ……。そう緊張なさるな、此処に集った者達は、私も含めてくせの強い者ばかりだが、唯一つ、姫殿下への忠義心においては、絶対の自信を持っておりまする。貴方様も、アリス姫殿下に仕える、若しくは共闘する身とあらば、我々に貴方様を毛嫌う要素など微塵も御座いませんゆえ」
「よ、よろしくお願い、します」
「中々に律儀なお人だ。ほっほっほ」
朗らかに笑う老人。彼とて、倖都に対して絶対の信頼を置いたわけではあるまい。
言葉の端々から窺える、裏切りは死、と言わんばかりの重圧が、より一層強い。
気の良さそうな顔をして、実に強かだ。そして思う。
「(……アリスは、良い仲間に恵まれているんだな)」
と。
仲間どころか、友人一人持ち合わせなかった倖都には、少々、その姿が眩しく思えた。
「そして、こちらが、ミカエラ。私の旧友で、≪エンゼリア族≫の仲間です。彼女は槍を得意としていまして、その槍術においては、誰にも負けない実力を持ちます。≪十騎将≫の中では勿論、他国にも、その名妓は知れ渡るくらいの凄腕なのです」
「あ、アリスちゃん、止めてよ……恥ずかしいから…」
「ふふ、相変わらず内気ですね、ミカエラは」
「え、えぇっと……よろしく、ね?」
「あ、は、はい、よろしく…」
若干涙目になりながら、そう言われた。上目遣いで。
アリスとは違い、落ち着いた、薄緑色の髪をしている。瞳はアリスと同じ、薄い青だ。
種族間において、瞳の色は遺伝なのだろう。
おどおどしていて、あまり強そうに見えないのも、彼女の持ち味なのかも知れない。
「次は━━━━」
アリスが説明しようと、右手を差し出した時。
説明される対象である、一人の男はそこに居なかった。
そして、突然。
ブォン!!
強烈な右フックが飛来した。
最早、条件反射、脊髄反射に近いレベルで、倖都は両腕で顔面をガードして、攻撃を防ぐ。
「止めなさい、イェルサス!」
「しかしよォ!」
「しかし、もしたらも、ありません! いきなり手を挙げるとは何事ですか!」
「……わーったよ、黙ってりゃいいんだろ? ったく、俺っちの嫁は手が掛かるぜ……」
「……メロと言い貴方と言い、私を勝手に嫁に仕立てあげないで下さい!!」
はぁ、はぁ、と肩で荒く息をするアリス。
ずぅん、という重い痛みが走った、あの一撃。
≪鬼の手≫で無ければ、粉砕骨折は堅かったな、と、倖都は悠長に構えていた。
今更であるが、倖都にはある程度なら武道の経験がある。≪鬼の手≫の暴走を止める手段、一方的に攻撃をされた対抗手段として、政府の知育プログラムの一環として習っていたのだ。当然、ゴロツキやヤンキーを相手にするだけの初歩的なもので、決して命を懸けた争いに役立つとは思えないが。
何にせよ、あの学習が無駄にならなくて済んだな、なんて暢気な事を考えていたのである。
「ごめんなさい、倖都。彼はイェルサス。≪エルフ族≫に属する、中でも≪ダークエルフ≫と呼ばれる種族です。喧嘩っ早い性格と、底意地悪い短絡思考は玉に瑕ですが、それを除けば、弓にも剣にも精通する、遠近のオールラウンダーでありながら、そのどちらにおいても素晴らしい能力を持っています」
「はッ。そこの木偶の坊が何処の誰かなんぞ、俺っちにゃ関係ねェ事だがよォ。お利口になったもんだな、お前ら。アリスに近寄るクソ虫なんぞ、問答無用で排除してきたろォが。それとも何だァ? コイツを信頼したとでも言うのか? 馬鹿らしい」
「イェルサス、口を慎みなさい」
「嫌だね、例えそれがアリスの命令でも、だ。気に食わねェのさ、そいつが。俺達、≪十騎将≫は、アリスに仕える為に、何年と腕を磨き、その地位を獲得した。だから、俺はコイツらを咎めねェし、俺より実力のあるヤツは当然認めてる、俺に出来ねェ事をしてのけるヤツらもな」
だが、と。
イェルサスは手厳しい言葉、次々に捲くし立てる。
「コイツにゃ、お前を守るだけの力なんてねェのさ、アリス。所詮、幸運にも、魔王なんぞの奇病に罹患したお陰で、並の人間よりマシになっただけに過ぎねェ。そうだろォが、あァん? 何黙って跪いて、何でも分かった気でいるつもりだてめェら。コイツの存在が気に食わねェのは、俺っちよりもお前らだろォが」
「イェルサス!!」
「良いんだ、アリス」
倖都は、それを宥めた。
その通りだ。倖都は思う。俺は、確かに自分の病を治したいから、アリスの都合に帳尻を合わせたような形で、この世界にやって来た。しかし、考えれば簡単なのだ。この世界に来て、アリスと同盟のような形で、協力する形を取った以上、倖都はアリスを守り、アリスと共に戦う義務がある。責務が。
奇病に罹患したのは、俺のせいじゃない。と、無責任に言う事も出来る。
だが、そんなのは意味の無い事だ。重要なのは過程じゃない、結果、結論だ。
結論からして、志木城倖都は、≪鬼の手≫を宿す事となった。
そして、アリスと出会い、この手を治す、封印する為に協力する体に落ち着いたのである。
そう、そこにはアリス個人の、或いは、アリスの所有する力に頼るだけの権限は無い。
倖都は倖都の、アリスはアリスの指標があり、目標がある。
その為に、そのアリスの精神に、志に、彼らは≪十騎将≫は己の鍛錬に励んできたのだろう。
そんな彼らに跪かせ、頭を垂れさせ、客人だろうが何だろうが、それは余りにも傲慢だ。
「俺も、その点については同意する。貴方方の心意気、信念を前に、邪気の無い行動であり、成り行きであったとしても、身に余る傲慢だった、本当に申し訳ない。本来、俺はアリス以前に、貴方方に跪く立場である事を、弁えずに居た………。癇に障るなら、癪に障るのなら、今後どんな待遇でも甘んじて受けようと思う。だからどうか、許して欲しい。敵意も、害意も、殺意も、俺は持ち合わせてない、それだけは、理解して欲しいんだ。この通りだ」
倖都は土下座した。
先ほど、アリスが倖都に行ったように。
「ゆ、倖都…」
「ほっほっほ……。何とも、物分りの良い青年じゃ。頭を上げて下され」
言われて、倖都は頭を上げた。
全員の視線が注がれる。
「なぁに、先程、この単細胞な馬鹿がのたまった言葉は、戯言に過ぎませぬ。倖都殿、でよろしいかな? 貴方の事を我々は確かに疑っていた、が、別に敵視するつもりなど毛頭無かったので御座います。アリス姫殿下の忠実なる配下であるが故、皆一様に疑うという体を取らせて頂いたまで」
そして、一際強い視線を、倖都ではなく、イェルサスを睨み付けた。
うぐ、とイェルサスは言葉に詰まる。
「この馬鹿めが行った非礼、皆を代表して謝罪させて頂きまする」
「いや、それについては、俺から直接話があるんだ」
「ほほう?」
「イェルサス、と言ったな? 確かにあんたの言葉は的確で、正しい。けど」
瞬間、血が全て沸騰し兼ねない勢いで、全身に殺気を込める。
すっと、イェルサスの瞳が据わった。
「幸運に? 奇病に罹患した苦しみなど、微塵も知らんくせに、大口を叩くなよ」
「ははッ! こいつァ面白ェ! 奇病なんぞに罹る方が悪ィんだよ、バカか? たかだか七つの病気が、罹患する可能性なんぞ何億分の一だと思ってやがる。てめェには罹るだけの何かがあったっつー事だ」
「まぁ、最初から言葉で解決するとは思ってないよ」
「ヤル気かァ……? 構わねェぜ、俺っちもそっちのがよっぽど楽だからなァ」
「倖都、止めて下さい。イェルサスには、今の貴方では足元にも及びません」
分かってる。けど、アリスには一つだけ分かってないことがある。
それは、倖都が仮にも、十年以上の歳月を、この≪鬼の手≫と共に過ごしてきたという事だ。
とは言え、当然、相手の得意分野を相手に、勝てる算立てなどこれっぽっちもない。
だから。
「平等なら良いだろう。俺が素手なんだから、イェルサス、お前も素手だ。まぁ、もし、お前が大した戦闘経験も無い俺に対して、獲物を使わないと勝負にならない、というなら話は別だがな」
「かかッ!! それは挑発してんのか? ばァか、乗るかよ、んな手に」
「いや、挑発なんてしてないが。それとも、この程度の決まり文句を挑発として受け取る程度のオツムなのか? だとしたら、言葉で決着を付けられない意味も変わってくるな。何せ、俺はサルと会話するだけの知恵は無いんだ。すまないな」
「んだと?」
「何か間違った事を言ったか? 今の今まで、血の一滴でさえ無縁に近い生活を送ってきた俺に、お前が獲物を振るって甚振るんだろ? 平等な土俵で戦おうという、その程度のプライドも持ち合わせてないんだろうが。≪十騎将≫と呼ばれる中でも、いきなりいきり立ったのがお前なのも頷けるな。公私混同し過ぎなんじゃないか?」
「く、くく…! ッハァァァ…! 久々にカチンと来たぜェ、こりゃいつ以来だ?」
相手は乗ってきたようだ。全く御しやすいな、と倖都は考えた。
ちらり、と目線を右に流せば、残る九名は嫌な笑みを浮かべている。
それはきっと、イェルサスの馬鹿さ加減に向けての笑顔に違いない。
「倖都、イェルサス!」
「一発顔面に入れたら御仕舞い。それで良いだろう?」
「で、でも……」
「健全に殴り合いと行こうぜ、イェルサス。今更アリスに止められたって、止まらないんだろ?」
「ったりめェだ! 雑魚が、逆上せんのも大概にしやがれ。歯の一、二本は覚悟出来てんだろォな!」
「…………はぁ、もう」
アリスは渋々頷いた。
他の連中にも相違無いようだ。
いや、違う。イェルサスの言う通り、何も出来ません、じゃ困るのだ。
倖都としても、好都合で、それを狙った感はある。
イェルサスに仮にボロボロにされても、ある程度殴り合えれば、評価はされる。
一瞬で基盤を作れるのだ。まぁ、一発KOではお話にならないのだが。
イェルサスへの憂さ晴らしも含め、≪十騎将≫へのアピールも含め。
一応、アリスへのアピールも含めて。
「開始ッ!」
打算だらけの殴り合いは、始まった。