王都中央にて (2)
執務には関係なさそうなので隣室に場を移そうとしたら、ここで話すようにとティガルト様に言われてしまった。
「・・・・・それで、どういったご要件なのでしょうか?」
「実は我が南騎士団では騎士たちの再教育について考えているんです。彼らは計算・読み書きなどの基礎を学び修めてから何年も経っており、騎士たちが基礎中の基礎で取りこぼした所を再び履修したいと希望してまして、クロム騎士団長も私もそれを叶えてやりたいと思っております。」
「・・・はぁ・・」
どんな無茶を言われるかと警戒していたが・・・・・
なんだ、存外まともな話しじゃないか、拍子抜けしてしまった。
しかし今更基礎とは思うが、計算はともかく報告書は書くだろうが本などは、訓練が忙しければ疎遠になってしまっても不思議ではない。一般的な文章を読むのに支障が出てきてしまっているのだろうか?
それは少々不憫だな。
「そしてお恥ずかしい話なのですが、騎士としての仕事に訓練にと明け暮れて何年も無骨な男同士で過ごしたせいなのか南騎士団の騎士たちは、御婦人との関わりが非常に薄くなっていまして、淑女への接し方も非常にぎこちなく気の利いた言葉さえもかけることが出来なくなってしまっています。再教育を受けるにあたって、先生と生徒という関係から淑女への接し方も徐々に学び直せれば幸いです。」
「・・・・・・・・・」
そうか。
他の東区西区そしてこの王都中央の騎士は、貴族の御婦人に接する機会が舞踏会とか夜会とかなどで警備にあたったり、エスコートを依頼されたりとそれなりにある。
各家で施した淑女に対する所作・対応を実践する機会があり、平民出身であっても手本になる貴族出身の騎士から学べて実践出来るのだ。
反して南騎士団は管轄する地域が広範囲に渡るうえ、国外との貿易を担っている港も管轄だ荒事が多い。しかも、領主はいても貴族はほとんど住んではいない。
舞踏会や夜会などはないのだ。
理由は”酷暑区”とも言われる気候のせいなのと魔獣が桁違いに強い事。
これに関しては北区も”極寒区”と呼ばれるほど寒く、ここもまた魔獣が桁違いに強い。
やはり貴族は屋敷を構えない。
平民の御婦人との交流ならどちらも皆無ではないだろうが、貴族の御婦人・・・令嬢などとは縁が無きに等しい・・・・・というか、無い。
考えてもみなかった・・・・・・!
これでは、淑女への接し方どころか、出会うことすらないではないか!
騎士としての仕事は勿論大事だ!
しかし副騎士団長・騎士団長であるならば、視察・会議などで他区などに赴くこともあるし、近衛騎士に召し上げられることもあるが、他の騎士は基本的に管轄地を移動はしない。
・・・・・・婚姻対象になる相手を探すことすら困難な彼ら。
理由は違えど・・・・身につまされる。
婚期?何それ?で終わってしまうではないか?!
この騎士の地域格差は改善が必要なのではないだろうか?
でないと、不憫過ぎるではないか・・・・・!!
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ちらっと、うちの南騎士団の状況をやんわり話したら相手のロールべル宰相補佐官が泣いちゃいました。
片手で顔を覆ってマジ泣きだ。
え?何?今の俺の話しのどこに、大の男が泣いちゃう部分がありましたか?!
これは、どうやって声をかけたら良いのか・・・慰めるべき?泣いちゃってる理由を問うべき?
それともそっと側まで行って膝まづいてハンカチを差し出して、優しく肩を抱いて泣き止むまで自分の肩なり胸なりを貸す?
「・・・・・・・」
え?いやいやいや待てや俺。違うだろ俺。落ち着け俺。
それは御婦人に対しての対応だ。
だってこの人、宰相補佐官だし。
男だし。
しかもここって宰相であるティガルト様の執務室だし。
何でか分かりませんがあなたの補佐官が泣いちゃってます!どうしたらいいですか?助けて下さい!という切なる思いを込めてティガルト様の方を見た。
なんてことだ!
既に自分の仕事に没頭していて、こっちを見ちゃいませんでした!
うひょう!打つ手なし。
「・・・・・申し訳ありません、お見苦しい所を・・・・」
涙を拭いながら涙声と涙目で謝られても困ります。
どうしたら良いんですか、俺。
予想外のことで脳が働いてくれません。
ここにはいない誰かに助けを求めてしまいそうだ
・・・・・助けて、臨時補佐官――――――っ!
あ!そんな冷たい目で「知りませんよ」なんて言わないで!
はっ!ついうっかり現実逃避を!
「・・・いえ・・・・」
ふう・・・・と溜息をついて呼吸を整えたあと、ガッと突然テーブル越しに手を握られた。
ぎゃあ――――――っっ!!今度は何だ?!
「申し訳ありません。南区を常に守護して下さっている騎士の方々に対して、南区に領地を持つ者の一族としてあまりにも配慮が足りませんでした!」
「えっ?!」
「遅ればせながら、微力ですが私どもロールベル家がご協力いたします。差し当たって、先ほどの基礎学力の教育者のことですが、私には2人妹がおりますが1人は既に婚約済みであと少しで嫁いでしまいますが、末の妹がおります。南区の領主の一人である私の父に付いて、既に領地に居を移しているんですが、その妹ではいかがでしょうか?」
「ええっ?!」
「父は今回上の妹の結婚を機に男爵位を陛下にお返しすることになっていますので、その娘である末の妹は領主の娘という肩書きしかございませんが、今年国立カールベル魔術学院を卒業いたしました。淑女教育も一通り受けております!・・・・・・・・だめでしょうか?」
「・・・・・そんな事はございません!!」
こ、これは棚ぼた?
俺の話しの何がロールベル補佐官の琴線に触れたのかは分からないが、こちらからの話しを理解してもらって詰めて了解を得る必要がなく、あちらから差し出されたと思って良いんだよな?
「実はティガルト様に今の要望をお話いたしまして、このお話を受けて頂ける可能性がある方をご紹介頂こうとここに参りました。その折にロールベル男爵家なら話しを聞いて下さるのではと教えて頂いたんです。そして、ロールベル家のご長男である補佐官殿がいらっしゃるとのことでしたので、こちらの状況をあなたにもっと説明いたしましてから、ロールベル男爵にお話を持って行こうと思っておりました。あなたにはロールベル家の方に、お口添え頂ければと思ってのことだったのですが・・・・このように仰って頂けると思わず、とても有難いです。」
「・・・ああ、それで私に話しをと、いう事だったのですか・・・」
「はい。」
そうですそうですそうなのです。
なので、そろそろ握った手を離してくれないかな・・・・
これって、相当イタイ絵ヅラではないのだろうか?
手を握られるならご婦人が良いです。
「話は纏まったのか?」
「はい、ティガルト様・・・・あ、申し訳ありません。お知らせしておかなければならない重要なことがございました!もう暫くお時間頂いてもよろしいでしょうか?」
「そうか?別に構わん。」
「ありがとうございます。で、ですねマドギード副騎士団長。」
「え?あ、はい。あ、私の事は”ジルベルト”とお呼び下さい。」
「え?ああ、はい分かりましたジルベルト様。では、私の事は”システィーグ”と呼んで下さい。」
「システィーグ様ですね?了承いたしました。それで、重要な事とは何でしょうか?」
うちの騎士たちの先生になる予定の令嬢の事で、重要なこと?
まさか、物凄く性格が悪いのか?それとも高飛車だったり?
それとも男嫌いだとか?物凄く体が弱いとか?
はたまた、途轍もなく顔の造作が悪・・・それはないか、システィーグ様の顔を見る限り。
一体何だと思考を巡らせ、喉がゴクリと鳴った。
「実はですね、私の末の妹は・・・・・とても小さいのです。」
「は?」
「もう少しで16歳になるというのに、同じ年頃の令嬢方よりも格段に小さいのです、身長が。」
「はあ・・・・それが何か?」
「うっかりすると視界に入らないこともしばしばあります。チョロチョロ動くので踏んだりぶつかって跳ね飛ばしたりなさらないようにお気をつけ下さい。」
「いくら何でもそんな事は致しませんよ。」
「はい、ですが・・・ご注意下さい。」
これは・・・・システィーグ様、やっちゃった事があるんだな?それとも、システィーグ様だけではなく日常的にそんな目にあっているのか?その令嬢は?・・・・そんだけ小さいて事か?
「・・・・はい、肝に銘じておきます。」
「それと。」
まだあるんかい?!
「赤裸々に申し上げると・・・・末の妹は、人の顔を覚えるのが途轍もなく苦手でして・・・その、覚えるまで何度も名を聞いてしまうと思うのです。それを、ご理解頂けて許していただけるなら・・・私共の方からも是非にという形になると思います。こちらとしましても、騎士様方との交流が持てますことは喜ばしい事なので。(あわよくば、妹の婿が見つかれば僥倖だ!)」
「ああ!そんな事ですか?ウチの騎士連中はおそらく全く気にしません。」
何か小声で聞こえないトコがあったが・・・何だろ?
「・・・・本当ですか?!」
「はい。逆に声をかけて頂いてガチガチに緊張して恐縮してしまうかもしれませんが、何度名を聞かれても大丈夫です。」
寧ろ、構ってもらえて内心嬉しくて仕方がなくなる犬気質ですから!
・・・・・・・・・・・・ごつくて大きくて強面の超大型犬達だけど。
これは、言わないでおこう!
「良かった!では、私の方から父に話しを通しておきますし、口添えする書状もしたためます。ジルベルト様は・・・・暫くは王都中央にいらっしゃいますよね?」
「はい、騎士団全体の会議が終わるまでは、王都中央に滞在いたします。」
やっと、相互理解が出来て何よりだ。
しかも話しを通してくれるらしい!
「今度こそ纏まったようだな?」
ティガルト様から再び声がかかった。もしかして全部聞いてました?
「「はい。」」
「では、私の紹介状もシスティーグ補佐官の書状と共に渡すことにしよう。それで宜しいか?」
「はい!お力添え感謝致します、ティガルト様。システィーグ様も有難うございます。」
「こちらこそ、でございます。ジルベルト様。」
やった!俺はやりました!クロム騎士団長!
第1関門突破しましたよ!
見たか!臨時補佐官殿!帰ったら褒めろよな!
良し!次は優秀な新人を獲得しなくては!!
・・・・・・・・・・・南騎士団の方は大丈夫だろうか?
******************
「王都中央に言っているジルベルトから手紙が来た。」
「そうですか、なんて言って来ているんですか?あ、待ってください。私が聞いては不都合があるような機密事項なら仰らなくて結構です。」
「そんな物は言わない。不都合がないから、今君に言っているのだ。」
「そうですか・・・副騎士団長は何と?」
「南区の領主の一人ロールベル男爵の末の妹君が、こちらの騎士団で教鞭を取って下さる事になりそうだ、と。」
「候補を教えて貰うという以上の良い成果ですね。」
「そうだな。しかも、宰相とロールベル男爵家の長男からの書状も同梱されていた。」
「仕事が早いですね。では、その書状を持ってロールベル男爵家へご挨拶に行けば、本決まりとなって詳細を詰められますね。」
「・・・・・・・」
「どうかなさいましたか?」
「ジルベルトの手紙にその”ロールベル男爵令嬢についての注意事項”が書かれていた。」
「”ロールベル男爵令嬢についての注意事項”?」
その男爵令嬢は危険物なのか?
私は危険物取扱の資格は持っていないのだが。いや、この世界にそんな資格はなかったか。
「「・・・・・・」」
「ロールベル男爵令嬢は、とても小さいのでうっかりすると視界に入らないこともしばしばあるそうです。チョロチョロ動くので踏んだりぶつかって跳ね飛ばしたりしないように注意を怠らないように、と。」
「・・・・・・」
何ですかそれは。
いくら何でも女の子にそれはしないと思うが・・・・誰かしたのか?そんな事。
「・・・とても小さいのだな・・・ロールベル男爵令嬢は。これくらいだろうか?」
クロム騎士団長が、大きくて黒い毛で覆われた手の指を10cmほどに開いて聞いてきた。
あ、黒い尻尾がピンと立ってる。何を期待しているのだろう?
「そのようなサイズの人間は、特殊な状況下に置かれた者でない限りいません。」
DRINK MEとか書かれた怪しげな物を摂取した、モデルの女の子は黒髪おかっぱなのに物語では金髪な某ア〇スとか。
悪戯が過ぎた為におっさん妖精に小さくなる魔法をかけられてしまい、元に戻るために自分家で飼っていた努力の末に翔べるようになった非常識なガチョウに乗って、渡り鳥のガン達と一緒にラップランドまで渡る旅をする某ニ〇スとか。
某青い未来の猫型ロボットの未来道具のスモール〇イトで縮んだどっかの誰かとか。
他に何があったっけかな~?
転移装置の実験でハエが一緒に入っちゃって融合・・・・これは違うな。
「・・・いないのか・・・・」
「そうですね、普通はいません。」
ちょっと残念そうだ、しゅんって、尻尾が垂れちゃいました。カワユス!
クロム騎士団長は意外とメルヘン的な物が好きなんですね。
「それともう一つ、令嬢は人の顔を覚えるのが途轍もなく苦手らしい。う~む、これはどうしたもんかな?うちの騎士たちは何度も名を聞かれても構わないし気にしないだろうが、如何せん非効率過ぎる事になりはしないだろうか?」
顔を覚えるのが途轍もなく苦手?
う~んじゃあ・・・・
「騎士様方全員に名札でも付けさせますか?こう・・・カードみたいな物に名前を書いて、穴を開けて紐で括って首から下げるとかどうでしょう?着脱が簡単ですよ?」
社員証とか子供を学校に通わせている保護者の証明書とかみたいに。
「・・・・・・・騎士たちに首から名札、何か間抜けな感じがする・・・・」
言われて想像してみれば、騎士服プラス胸当てとかの装備に加えて帯剣しているガタイが良い強面の騎士が、首から名札をぶら下げている姿は、
「・・・・・・そうですね。」
間抜けに見えるかも知れない。
私とクロム騎士団長の間には、物凄く微妙な空気が漂った。