王都中央にて (1)
「これで心配事が一つ減りました。良かった。」
突然申し訳ありません。
私、クロエ・キティ・マイ・ル・ロールベルと申します。
ただいま15歳、来年には16歳となり社交界では、デビューする年となります。
そうです、一応貴族の立場の家柄の次女です。
上に、22歳の兄、19歳の姉がおります。
貴族と申しましても、末席に位置する男爵家です。
長男のシスティーグ兄上がお仕事でたくさん国に貢献したとの事でこの度、叙爵が決まりました。何をしたのかは具体的には教えて頂けてませんが。
長女であるアリシア姉上の結婚式の跡に、兄上の叙爵予定です。
その際、現在住んでいるこの屋敷を兄上が引き継ぐことになるので両親と私は屋敷を出ることになるでしょう。
父はそれを機に爵位を返還することを決めました。
返還して、領地に戻って領主の仕事に専念するつもりのようです。
父は男爵ですが、父の爵位は一代限りのもので世襲できない種類の物なんだそうです。
ですので父が爵位を返還すれば、嫁ぎ先も決まっていない娘の私も貴族でなくなります。
私にとっては、朗報です。
叙爵予定の兄が私の後見になると言ってくれましたが、丁重にお断り致しました。
父も母も兄の後見を受けることに賛成だったようで、最初は酷く心配していましたが、膝を突き合わせ1時間ほど話しましたら納得して下さいました。やったね!
理由ですか?
これは誰にも話してませんが、私は以前”日本”という島国に生きていた記憶を持っています。
国民のほとんどが黒髪黒目で顔の凹凸が穏やかな人種でした。
その影響かどうかは判りませんが、今の家族の中あっても尚、私も黒髪黒目です。
顔の凹凸も穏やかです。
それに反して、現在生きているこの国の人は、両親始めほとんどの人が、金髪とか銀髪とか茶髪とか赤髪とかとか個人で濃淡はあれども派手目な色具合。
瞳もそうです。
赤、翠、青、琥珀、もう~色とりどり!
おまけにキラッキラしてますの!
何それ目に優しくないわ。
しかも、顔の凹凸が激しいのです。
穏やかじゃありません。
まつげもバサバサしてます。
時たま瞬きで風を感じます。
いやマジで。
皆様が眉目秀麗なのは理解出来るんです。
でも。
見分けが付かないんです。
皆、似ているように見えるんです。
これはあれかしら、美形が整っているのは、特徴がないっていう説がありますよね?
つまり平均的な顔?
あら?そうすると私は・・・・個性的になるの?ファニーフェイス的な?
う~ん、嬉しいような嬉しくないような微妙なところですね。
話しを元に戻しましょう、男女は見分けが付きます・・・・服装で。
女な方が男装していたりするとアウト。
男の方が女装してたりすると・・・・違和感が働かなければアウト。
それと名前は覚えられても、顔と一致しないことが多いのです。
1回や2回会って話しただけでは、判別出来ないのです。
胸元あたりに名札つける習慣があればまた別なのでしょうが、出来ないですよね?
前世では小学生ですら個人情報云々とかの諸々の事情で名札を胸元にはつけてませんもの。
昭和な時代にはつけていたのにねぇ・・・・まあ、服にピンの穴が空かないのはお母さん的には嬉しいものなんでしょうが。
幼稚園の園児なら・・・・つけてるかしら?
家族とか屋敷に頻繁に出入りしている接触する機会の多い人は、覚える努力をしました。
実際なんとか覚えて、見分けがつくようになっています。
その方の癖とか、話し方とか、歩き方とか・・・・諸々で。
しかし、これが社交界なんてものにデビューしようものなら!
一度に色んな方を覚えないといけないのです。
そうしないと、相手の方にも失礼ですが、家族にも多大な迷惑がかかってしまいます。
社交界って、怖いのです。
一度悪い噂が流れようものなら、ばばばーっと!それはもう、噂好きのおばちゃんたちの井戸端会議の電波の如く知られてしまうのです。
しかも、結構根強く蔓延るらしいのです。
根こそぎカ〇キラーでも、取り除くのが困難なのです。
もう一つ、もしかしたらこれが最大の理由かも、というか顔を覚えられない諸悪の根源かもしれないことがあります。
前世では、背丈もそこそこで多少の高低さはあっても、お互い顔が認識できないほどの差はありませんでした。
でも、ここ人は・・・・・・・デカイんです、大きいんです・・・・身長が。
はっきり言って、どこの巨人ですか?!と心の中で何度も叫んでしまいました。
某人類最強の方に守っていただきたくなりました!
ああ!でもいけません!彼の方も私と同じ気持ちを味わってしまうこと必至です。
だって、ここでは巨人じゃなくてただの国民なのですもの!
うなじなんて削いじゃいけませんし、駆逐もできません。
男も女もお爺ちゃんもお婆ちゃんも!・・・・・幼児はそれなりですが。
そう、言いたくはないですが、私の身長は・・・日本でいうところの130センチほど。
ええ!ええ!わかっています!何も言わないで下さい!
自分でもちっさすぎるのは自覚してます!!
でもしょうがない!無いものは無い!
他の人ってば、いったいどのくらい身長があるのか・・・・・見上げても鼻の穴から下しか見えないんです。
美形な男性だろうが、どんな美貌を誇る美女だろうが、下から見上げる形になって鼻の穴から下しか見えないことの方が多い。
どうかすると、美男美女と形容されてる方の鼻から鼻毛が・・・・ゲフンゲフン!
それで人を見分けるって至難の技です。
美醜?なにそれ?ってな感じの世界です。
見えないから覚えられないって説もありますね。
人と、ある程度距離を開けたり座れば見えますが、見えてもやっぱり似た顔に見える傾向にあるので、覚えられないのには変わらないですね。
困ったものです。
以上が主な理由ですが、更にもうひとつ。
私が変に目立つ色合いを持っているせいです。
日本では平均的だった黒髪黒目もこの世界では稀らしく、変に悪目立ちするのです。
手入れは最低限してきましたから、清潔ですし艶も悪くないと自分では思っていますが、眉目秀麗かというとそんな事は全くないです。
先ほど言いましたが、ファニーフェイス的な感じです。
ただ物珍しいだけで、人が寄ってきてすぐ相手に覚えられてしまいます。
こちらは覚えられないのに・・・・!
これって、とても怖いです。
貴族相手でなくともそうですが。
特に貴族相手では、格好の攻撃対象になってしまします。
すっごい、怖い!めっさ怖い!
あっちだって、私の顔なんてしゃがまないと見えないから覚えてなんかいないくせに!
色だけで判別されるんです。そんなのズルいです!
次回どうしても参加しなくてはならない時は鬘でも付けて行けばいいかしら?
って、身長でバレバレでしたわ!
さすがに身長は・・・・40cm近くも誤魔化せはしませんよね?・・・・くっ!無念!
なので私は、母と共に領主の父のお手伝いをするつもりです。
これで、貴族たちの社交界にデビューしなくて済むのです!
ちみたん上等ですわ!
ありがとーございます!
ヒャッホー!!
ですが、結婚はしないといけないわけです。
貴族籍は抜けても領主の娘であることには変わらないので、お婿さんを貰わねばなりません。
まあ、父も母もまだまだ若いので、そのうち弟か妹が出来る可能性は無くはないです。
うちの両親仲良いですからね。
まだ先は長い人生ですもの、そのうち気の合う方との出会いもあるでしょう。
折角国立カーライル魔術学院を卒業したのですから働いてもいいですし、婚活だって気長にして行きますわ。
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王国宰相補佐官であるシスティーグ・ガヤク・マイ・ル・ロールベルは、先日決まった父の引退の際に末の妹が、叙爵後の自分の後見を断り、彼女が貴族ではなくなることについて考えていた。
叙爵されたばかりの自分では後見役としては確かに弱いと自覚していたが、他に頼むのも気が引けていた。
そんな時に末妹は、父母について行く事になったと知った。
理由も父母から聞き、その時はそんな事が理由などと憤慨したが、改めて思い返してみるとはっきり言って貴族子女としては致命的であると結論に至った。
数回会っただけでは、相手の顔を覚えられないって。
貴族社会での交流の基本の前段階で、既にコケてるとか。
確かにダメだろう、それは。
しかも自分自身もさる事ながら、俺たちにも迷惑がかかるのも避けたいのだと理由の一つに上げられては反論しようがない。
クロエが親しい人間以外の顔を覚えられないのは、相手に興味が持てないからなのかもしれないが、接触回数が少ない者をすぐに覚えられないのは、本当なのだろう。
本人が覚えるように努力しているのは知っているので尚更不憫だ。
屋敷に出入りしている者の名前と顔を、何度も何度も聞いて確認を取って覚えようとしていた姿が思い出される。
だがそれでは、貴族社会ではやっていけない。
クロエの選択は正しいと今では思っている。
けれども。
クロエ、お前は嫁には行かないつもりなのか?
いや、こうなったからには婿を取るのか?
どうやって相手を見繕う気なんだ?
王国宰相執務室隣の準備室で仕事をしながら考えていると、チリンと宰相が自分を呼ぶ鈴の音が聞こえて我に返る。
思考を仕事に切り替え、宰相宛の仕分けられた書類を持ち、隣室へと向かうため立ち上がった。
王国宰相執務室の扉を叩き、誰何の声に名乗り、応えを待つ。
「宰相様、ロールベルにございます。」
すぐに中から扉が少し開き、護衛の騎士が私を確認すると、「どうぞ」と招き入れられた。
「失礼いたします。」
そのまま王国宰相執務室に入った途端、ギョッとする。
執務机には、王国宰相たるティガルト様が書類を読んでいらっしゃる。
それはいつもの光景なので、それはいい。
問題は、この部屋のソファに座り微笑んでこちらを見ている方だ。
「やあ、ロールベル殿。何を驚いているんです?私がここにいるのがそんなに不思議ですか?」
「・・・いえ、失礼致しました、マドギード子爵におかれましてはご機嫌麗しゅう・・・」
動揺を押し隠し、礼を取り挨拶を口にする。
何故ここに南騎士団の副騎士団長、ジルベルト・ハイ・ル・マドギードがいるのだ?
ああそういえば、毎年恒例の新人を割り振る為の会議という名の争奪会議が、そろそろこの王都中央であるんだった。今年はクロム騎士団長ではなく、マドギード子爵が参加するために来たのであれば王都中央にいてもおかしくはない。
「ありがとう。早速だけど、あなたに話しがあってティガルト様にお願いをしたんです。」
「私に・・・ですか?」
戸惑ってティガルド様の方を見たが、小さく頭を上下された。
聞いてやれ・・・と、いうことですか。
叙爵予定があるとはいえ、しがない男爵家出の私に何の話しがあるというのか・・・
嫌な予感しかしないが。