南騎士団 臨時補佐官 (3)
3話目です。
トーク港近辺にある港街は、夕方の時間になると様々な人々でごった返す。
港で働くもの、港を利用する者、宿で働く者、宿泊している者、それら相手に商売をする者などなど。
”酷暑区”と呼ばれるほどの暑さと、人々の熱気で街の中の温度もかなり高めだ。
街中を行き交う者たちの服装は、王都中央などの他区と比べると格段に露出度が高い。
そんな人混みを、薄手とは言え長袖にマントを羽織っているヴィーは割と目をひくのだが、本人が全く暑そうにしておらず、汗臭いどころか爽やかなミントが仄かに香ってくる。
すれ違うお姉さま方からの驚きの視線には、気づいた時に微笑んでおけばあちらからも微笑みなりウィンクなりを頂き、嫌悪されることはない。
男どもからはなんだこいつ?という雰囲気が伝わって来る時もあるが、そんなものは気にしない。
南区の冒険者ギルドの扉を開ければ、外気で熱せられていた服はひやりとした風に撫でられ、幾分冷めた。
温度を調節する魔術か魔道具が使われているのだろう。
そうでなければ屋内で仕事をするギルド職員にも相当きついし、せっかく採取された素材が傷んでしまう。
それではギルドもたまったものではない。
主に買い取った素材が損なわれることによる利益損失部分について。
依頼を終えた冒険者で賑わっている人気のギルド職員のところ(綺麗なお姉さまだったり、イケメンなお兄さまだったり、愛想のいい人だったり)を避けて行こうとすると、強面の仏頂面のおっさん・・・いや、青年かもしれない?しかいない。
時間が惜しいのか何も気にしていないのか、ヴィーは迷わず強面の仏頂面のギルド職員の窓口へと歩みを進めた。
人々の声で騒がしいので、カウンターに手を付き体を寄せながら、
「お疲れ様です。レストレードさん、受けた依頼が終わったので確認をお願いします。」
と言いつつ、ギルド証をカウンターに差し置いた。
それまで視線を下に向け仕事をしていた強面の仏頂面のギルド職員・・・レストレードはヴィーに声を掛けられカウンターに置かれたギルド証を見て顔を上げた。
短く刈られているプラチナブロンドの髪にシアンブルーの瞳、眉間にはわずかな皺が見て取れ薄い唇は上にも下にも弧は描いていない。年の頃は20後半〜30代前半だろうか?
顔の造作は割と整っているので、ちらっとでも微笑んで見せればかなりモテそう・・・もしかしたらコアなファンはいるのかもしれない。
「・・・火トカゲの討伐依頼か。討伐数と証明部位の提示を。」
「討伐数は6匹、証明部位はこちらです。」
コロコロとカウンターに出された12本の牙、その一つ一つをじっくり見てレストレードは頷いた。
「依頼完了を確認した・・・・金額は1匹につき小金貨1枚、合計小金貨6枚だ。」
「あ、小金貨2枚はこちらに下さい。あとはギルド預かりでお願いします。」
「・・・・承知した。素材は売るつもりか?」
「はい、いくつか売りたいです。」
「・・・・・では、裏の素材売り場に移動するとしよう。」
「はい、お願いします。」
そう言うと、レストレードはカウンターに小さめの看板を出して立ち上がり、移動して行った。
そこの看板には、こう記されていた。
『只今席を外しております。御用は隣の窓口へお申し付け下さい。』
銀行か?!郵便局か?!・・・・宝くじ売り場?
王都中央などの他区では、素材売り場には素材売り場担当の職員がいたのだが、南区では受け付けた職員が一通りこなすのだろうか?
だが、他のカウンターでは窓口の人間は交代していないようだ。
何でかなと考えながらも、レストレードの後を追ってヴィーも移動することにした。
**************
素材売り場の大きなテーブルの上に並べられた5匹分の火トカゲの素材。
ヴィーは1匹分丸々売りに出さずにいるつもりのようだ。
肉は自分で調理の仕方を試したいのと、宿屋の主人に調理をお願いするため。
他の素材は、やはり薬用とか魔道具用に試してみたいからだろう。
レストレードは一つ一つ丁寧にじっくり検分し、やがて買取金額を計算して提示してきた。
「ふむ、かなり良い状態の物だな・・・・余分な傷等がほとんどない。全部で小金貨3枚でどうだ?」
「1匹分大銀貨3枚の計算ですね?それで結構ですよ?」
「・・・・・討伐数と部位証明は6匹分だったな。君は拡張魔道具を使っているという事は、もう1匹分素材を持っているのではないのか?」
「持ってますけど、自分用に使いたいので。」
「傷のすくない火トカゲの素材は貴重なんで、こちらとしては売って欲しいのだが・・・まあ、いいか。では5匹分小金貨3枚だな、これもギルド預かりにしておくのか?」
「はい、お願いします。」
ところでと、レストレードは胸ポケットから1枚の折りたたまれた書類を取り出した。
「ヴィー・ショーノ、君に指名依頼が来ている。」
「げっ」
「げ?」
「いえ何でもありません・・・・指名依頼って特殊な事情がない限り、Bランクからでないと指名依頼出来ないし、受けられなかったですよね?」
「そうだな。おめでとう、ヴィー・ショーノ。君は今回火トカゲを6匹、単独で討伐達成した事でBランクへと昇格した。指名依頼に関して何ら問題はない。」
「・・・・・え?火トカゲの討伐ってCランクでしたよね?」
「ちゃんと依頼書を見たか?Cランク以上が対象だっただろうが。それに火トカゲ相手に通常の単独Cランクでは1対1がギリギリだ。普通はCランク以上でパーティを組んでこなす依頼なんだぞ?それを何だ?単独で6匹を頭に一撃ずつで倒すだ?ふざけてるな。そんな奴はたらたらCランクに居座ってるな!」
「居座るって・・・・・・どうして怒られてるんですか?私?」
「別段怒ってなどいない。実力と実績があるのに薬草採取・調合などの依頼ばかり請け負う。そのくせ売る魔獣の素材は高ランクのものが多い。それはそれらを倒す技量を持っているということだろう?なのにランクの昇格申請をしないお前にイラついただけだ。」
それは怒ってると言って良いのではないだろうか?
「あれ?・・・・・自動的にランクが上がるのってCランクまででしたっけ?」
「・・・・・・・・・・・・・・何だ、ワザとではなく。そこら辺の知識が抜けていただけか?なら何も問題はないな?」
「はあ、特に不満はないです。」
「そうか、ではこの指名依頼だが・・・・南騎士団から来ている。」
「却下。」
「は?」
「嫌です。」
「何をい・・・」
「お断りいたします。受けたくありません。」
「・・・・・・我が儘言うな、子供じゃあるまいし。」
「子供じゃないから受けないんです。前回不利益を被った身としては当然だと思います。」
「不利益?」
ギルドの仕事をして不利益を被ったとは聞き捨てならないと、レストレードはヴィーの話しを促した。
「前回は、重要と供給がギリギリで有事の際のための備蓄が出来ない薬の調合の依頼でした。しばらく試用期間を設け騎士団で私の調合した薬を実際使ってもらいました。及第点が貰えたのでそのまま騎士団付きの薬師さんが2週間分ほど備蓄でき余裕を持って日々の調合が出来るようになるまでの約2ヶ月間仕事をさせて頂きました。ギルドから請け負ったこの仕事には文句も何もありません。」
「不利益を被ったといったではないか?」
「薬の調合の仕事に関してはきっちり支払って頂きましたので、この仕事に関しては不利益は被ってません。他の仕事でです。」
「他?」
「はい。前日に騎士団で使用された分を補う量の薬の調合をして翌日騎士団に届けていたのですが、ついでに書類をどこそこの部署の誰に届けてくれという物から始まって、そのついでがどんどん増えて行き、更に騎士様方に指示伝達をさせられたり、果ては副騎士団長と一緒の執務室で書類仕事をする羽目になり、騎士団の砦を出る頃には昼もとっくに過ぎている時間になってしまっているようになりました。それからギルドの仕事を受けようにも翌日の為の薬の調合もあって長時間かかるだろう依頼は受けられない。結果、薬草採取の仕事ぐらいしか出来ない。その帰りに時々魔獣に遭遇して素材を持って帰れたのは幸いでした・・・とつまり何が言いたいのかというと・・・」
「そのついでの仕事に関して時間を連日大幅に取られるも、その仕事に関しての支払いはなかったということか・・・・・請求はしなかったのか?」
「しましたよ?いくら何でも執務室で書類仕事をさせられる状況になった時はね。」
「―――――――で?」
「副騎士団長の仕事が連日山積みで、本人も何日も徹夜したかのような酷い顔色と真っ黒なクマがありましたから・・・・・・何回も言ってはみたんですが、聞いてはいるものの脳まで情報が行っているか怪しい感じでしたね。状況に同情はいたしますが、ずっとそれに甘んじているのも私としても困ります。その仕事は薬師さんが薬の備蓄が出来るようになるまでの契約だったので、薬師さんからもう大丈夫と言われた日に騎士団を辞してきたわけです。」
「ふむ・・・」
「ついでの仕事に関してはギルドを通しての物ではないし敢えて請求はしませんが、南騎士団の指名依頼は正直本当に勘弁して頂きたいです。」
ヴィーだとて薬の調合で報酬を得ている手前、本人も言っている通りある程度の量なら無報酬でも甘受していたのだろう。
しかしギルドの仕事のついでさせられた仕事にしては、量が多過ぎたのだ。
ギルド側のレストレードとしては、ヴィーの言いたい事もわかるのだが、このまま指名依頼を無下にも出来ない。
「う~む・・・・・・済まないが、受ける受けないはあちらの話しを聞いてからにしてくれまいか?騎士団と懇意にしておきたいギルドとしてはすげなく断るのは困るのだ。」
先程までの強面が困ったように眉毛を下げて、諭すように下手に出てきた。
唐突だがヴィーには、厳つい強面の祖父がいる。
そして両親が忙しかったせいもあり、おじいちゃん子だった。
その影響からか小さい頃から厳つい強面の者に優しく諭されるように言葉を紡がれると、うっかり分かりましたと頷いてしまう傾向がある。
「~~~~~~~~」
「・・・・・・・・」
「~~~~~~~~」
葛藤してるらしい。
頑張れ、頑張れ!負けるな。
「それは話しを聞いたとして・・・・納得出来なければ断っても良いということですか?」
試合終了のお知らせをいたします・・・・・・・勝敗は、辛うじて引き分け。
「まあ・・・その時は”Cランク以下は特殊な事情がない限り指名依頼は受けられない”事を盾に断ってもいい。あちらとの話しをすると気には私も立ち会おう。」
「・・・・では、私はまだCランクなんですね?」
「・・・・そういう事にしておこう。」
「大丈夫なんですか?それ?ギルド側からレストレードさんがお咎めを受けたりしませんか?」
「何、ランク昇格の告知を少し遅らせるだけだ。それぐらいのことではギルド長の私に誰も何も言えないさ。」
「えっ?!レストレードさん、ギルド長だったんですか?!」
「そうだ、何だ?知らんかったのか?そんなに威厳がないか?」
「いえ、威厳は十分です。でも、何でギルド長が受付カウンターにいるんです?普通はいませんよ?というか、そんな話聞いたこともありません!」
「そうか?たまたま時間が空いたのと、ギルド職員への監査と冒険者への牽制・・・かな?驚いたか?」
「モウビックリシテコトバモナイデス。」
ヴィーは渋い顔で答えた。
その顔を見てレストレードは、ははははと至極ご満悦な様子だった。
厳つい強面の南区の冒険者ギルド長は、たまにこうやって冒険者を驚かしてビビらせて面白がっているらしい、ちょっと質の悪い三十路の青年とおじさんの境目の微妙な年頃の人でした。