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夏の終わり

作者: CHOCO

一応ホラーと銘打って書いてみましたが、ぬるいホラーです。

そしてぬるーくBL話です。

「心霊スポット巡り?」

俺がその話を聞いたのは、夏休みが始まった直後。

クラスメイトでもある村上賢まさるの家で早速高校生らしくゲームで遊んでいた時だった。

「そーそー。昨日コンビニ行ったらこんな雑誌見つけてさあ」

そう言って笑顔で取り出してきたのは、表紙に堂々と心霊スポット特集と書かれた雑誌だった。この時期、雑誌のコーナーではやたらそういう表紙を目にするけど、ホラーとかそういう類のものは例え偽物だろうと作り話だろうと大の苦手分野なので俺には無縁のものだと思ってた。俺としてはそれを隠してるつもりもないから、俺のことを知ってるクラスメイトとか友達は大体知ってるし、勿論賢に至っても知らないとは言わせない。

「ヤだよ。俺がそーいうの苦手なの知ってんだろ」

「まーまー。そう言わずに!苦手分野を克服すんのも大事だろ?兄貴が車出してくれるってさ!」

知らない訳じゃなくて、苦手分野なのを分かっててこうやって提案してくるんだから何を考えてるのかまるでわからない。勉強じゃないんだから苦手分野克服の必要もまるでないだろ。

「車だろうが徒歩だろうがそういうとこに行くのは嫌だ」

「折角の夏なんだからさ、行こうって。夏と言えば怪談!階段と言えば肝試し!心霊スポット!」

そんな方程式があって堪るか!即座に否定にかかろうとした俺の肩をぽんぽんと叩き、

賢はへらりと笑う。俺の話を聞くつもりがないっていう態度に見えるけど、まさにその通りだと思う。

「ほんとに出たらとうすんだよ。…つーか、そういうときにお前って俺のこと置いていきそうで更に嫌だ」

「………」

もう表情で分かった。言葉に出されなくても、何となく分かった。

「否定しろよ!あー、やるかもって顔してんじゃねーよ!」

「悪い悪い」

絶対に悪いとは思ってないなこの顔は。そういう疑わしい視線を送ろうが、こいつには効いてないようで。

「つーかさ、奏の知り合いに霊感あるやついんだろ?なんだっけ、幼馴染?そいつなら奏置いてったりしないだろうし一緒に来てもらっちゃえばいーじゃん」

「優?いや、こーいうの嫌がると思う……」

幼馴染ってことで、俺にとって一番身近なのは優だ。今でも仲良いからよく部屋に遊びに行ったり、テスト前は勉強見てもらったりもしてる。どっちかっていうと控えめな性格だし、霊感がある、というのはあんまり本人も表立っては言わないけど、小さい時に優には俺に見えないものが見えてたことが多かったのを覚えてる。

作り物、例えばホラー映画なんかはよく見てるみたいだけど、そしてたまに俺が怖がっているのが面白いみたいで一緒に観ようとか言ってくる時もあるけど、前に言ってた。「遊び半分で本物に関わるものじゃないよ」って。

「ふーん?でもほら、奏が言ったら来んだろ?」

「えー…来ないと思うけど…」

「来ると思うけどなあ…つーか、そこは奏がたらしこんで連れてくれば問題ない!」

「お前なあ……っていうか、行かないから」

ほんとにこいつは人の話を聞かないやつだ。こういうのは俺も話聞く必要ないよな?うん、ない。

説得も何も投げて、視界に入った雑誌を端へ避けてコントローラーを持ち直した。

「ほら、いいからこっちやるからな」

「あ!こら待て!」



賢の家を出て、スマートフォンの待受から時間を確認すれば、丁度優が帰ってくるころで。俺は家に帰らずに真っ直ぐ優のところへと向かい、本当に丁度帰ってきた優と鉢合わせて部屋に入れて貰った。

「へへ、ホントにタイミング良く会えるとか思ってなかった!」

「来る前に連絡入れてくれればなるべく時間合わせてやるのに」

玄関からリビングへ上がり、いつものようにテレビの前のソファに座ると、俺の頭にぽんと手を置かれた。そのまま髪の毛に少し指を絡ませてくしゃくしゃと撫でられる。

「んー、待っても優が帰って来なかったら連絡するよ」

優に頭を撫でられるのはいつものことだし嫌いじゃないっていうか、むしろ心地良いからされるがままになりつつ言葉を返すと、視線だけで見上げた優が苦笑いする。

「オレが奏を待たせたくないんだよ。折角来てくれてるのに会えない時間とか勿体無いだろ?」

「……そっか。なるべく今度からそうする」

優が帰ってくるまで玄関の前で時間を潰して待ってるのも、特に俺には大変なことじゃないと思ってたんだけど、確かに勿体無いかも。そう思い直して頷いて答えれば今度は満足そうに笑顔で返された。

「奏、夕飯はどうする?」

聞けば今日はカレーが作ってあるそうで、間髪入れずに食べて帰ると伝えて、メールで母さんにも夕飯はいらないことと、ついでに泊まってくると連絡を入れた。


二年前。優が家を出て、一人暮らしを始めると聞いた時、きっと頻繁には会えなくなるんじゃないかと思って落ち込みまくった。そして落ち込んだ末に、優に会うのも何でか辛く感じて自分から会うのを控えてた時があった。それを心配した優が家に来て、詳しく話を聞かせてくれたときは正直拍子抜けというか、安心したというか。自立のために出るのであって、大学は実家からも近くて、ということは必然的に俺の家からも近くて別に何ヶ月に一回しか会えなくなるなんてことはなかった。

ただ、大学生は講義も高校のときとは違ってレポートだとか、何人かのグループでやる課題とかもあって、昔みたいに毎日会うっていうのは難しい。忙しいのは優なんだし、俺があんまりワガママをいうわけにもいかないし、優はなるべく時間を作ってくれてるしで、そんなに不満という不満もないんだけど、やっぱり会えれば嬉しいし、話したいことも話して欲しいことも出てくるもので、なんていうか、結構時間が足りなく感じる。

そんな中で思い出したのが、今日賢に言われた言葉だった。

「……そういえばさ、優」

「ん?」

「もし俺が、お化けが出てくるようなとこにいたら、来てくれる?」

「何それ、どういう意味?」

「んー、今日友達んとこで言われたことなんだけどさ。心霊スポットに行こうって」

「……行かないよな?」

「怖いから絶対行かない!」

神妙な面持ちで聞き返してきた優に即座に答えるとまた苦笑されてしまった。知ってるから余計笑えるんだろうけど、あんまりいい気はしないっていうか、俺だって好きで怖がりなわけじゃないっていうか。でも怖いものは怖いんだ。わざわざそんなところに自ら行く訳ない。

「うん、そうは思った」

「優はそういうとこには行かないだろ?」

「そうだね。前も言ったけど関わるとロクなことがないからな」

「ん、だけどさ。今日友達が、俺がいれば優は来るって言ったんだよ。来ないって言ってんのに」

「………あー…うん、そう、…か…そういう意味か……」

思い当たる節があるのか、何故か視線を逸らして言葉を濁して…あれ、何だそれ、わかんないの俺だけ?そんな風に思いながら次の言葉を待ったけど、苦笑いしてぽんぽんと頭を撫でられてしまった。なんか、色々誤魔化されてる気がするけど。

「奏もそんなところには行かないかとは思うんだけどさ。心配だから」

どういう意味なのか聞こうとして俺が声を出すのよりも先に、優はそう言って右のポケットの中へ手を突っ込むと、そこから綺麗な緑色の石が連なったものを取り出した。

「なにこれ?数珠?」

「お守り、かな。なるべく手放さないで、つけてて」


これは優のお守りじゃないのかとか、これを俺に渡したら優にとってのお守りってどうなるんだろうとかそんなことも気になったけど、真剣な顔でそんなことをいうものだから頷くしかなかった。

頷いて、それを受け取るとふんわりとあったかい感じがした。

「ありがと、優」

「どういたしまして」


優には分かってたのかもしれない、これから起こることが。






「いや、……何で、こーなった…?」

俺は今、車の中にいた。

夏休みも終わりに近付いて、残った課題を片付けてしまおうという名目で賢の家に誘われて、今日は優もグループでやる課題があるとかで、一人でやるよりはいいだろうと思って、最初は真面目に課題を片付けてた訳で。だけど俺も賢もあんまり集中力が続く方じゃない。というか、集中力があったらこんな夏休みギリギリに課題に追われてないし。二時間後くらいにはちょっと一休み、とゲームに手が伸びてしまうのは、まあ何というか、簡単に想像出来たことだ。そしてその三時間後にはこれじゃただの現実逃避だってことに気付いて終わってなかった課題に黙々と勤しんで、っていうか後半は答え見ながらそれを写すだけのある意味作業になってた。うん、結局真面目にまともにやってたのなんて優に見てもらった数日間だけだったな。多分、休み明けの課題テストはボロボロだろう。勿論、それは賢にも言えることだけど。こんなことなら、ちょっと我慢して優が課題してるときに俺も真面目に勉強しとくんだったなあ、なんて頭の片隅で後悔しながら、でもテスト結果が悪かったら悪かったで優は心配してくれて家庭教師代わりになってくれるから、それはそれでいいかとか思ったりもして。

そう、それで取り敢えず目前の難関だった課題は終わった。

なのに何故か俺は、今日もうひとつの難関を迎えようとしてる。一日一個でいいと思うんだ、こういうのは。

走ってる車の中から飛び降りるなんていう映画みたいな真似はしたくない。だけどこの現状からはなんとか抜け出したい。そう思うのも、それは全部前に乗ってるあいつらのせいだ。



あのあと、終わったーって床に体を投げて倒れていたら、賢のお兄さん――村上正ただし先輩が声をかけてきた。

「お、終わったみたいだな!飯でも食いに行くか?奢ってやるよ」

「え!ほんとに!?」

先輩は今は大学1年生だけど、同じ高校にいた時は賢のお兄さんってこともあって他の先輩よりも仲良くさせてもらってた。

「おう、久々に会うし、頑張った可愛い後輩にそんくらいしてやんねえと。あ、マサは別な」

「やったー!」

「…だと思ったよ。兄貴、奏に甘くね?」

呆れ顔の賢を横に、奢って貰えるってことでテンションがあがる。さっきまで数字の羅列とか英語の羅列とか見てて気が滅入ってたのに我ながら単純だと思わなくもないけど…。

「ファミレスでいいか?」

「勿論!」

そんなやり取りをして、先輩がファミレスまで車も出してくれるってことになって賢の家を出た。

街の方じゃなくて、どっちかっていうと田舎の方に向かってる車に何となく違和感を感じて、前で運転してた先輩で声を掛けた。


「あれ、ファミレスってこっちにもあったっけ?どこまで行くの?」

「ああ、ちょっと雰囲気あるとこ?」

「え?」

「こないだ兄貴と二人で行ったんだけど、やっぱ二人じゃ盛り上がんなくてさあ」

ここまで聞いて、まさかと思った。当てたくないけどこういうカンって何故か当たる。

「レッツ心霊スポットツアー!」

「はあああ!?」

「目指すはあの山だ!奏!」

「知るか!降ろせ、今すぐ降ろせ――!」

「やっぱ奏みたいに怖がるやつがいないとこういうのって盛り上がんないよな!」

二人は楽しそうに、っていうかかなりノリノリではしゃいでるけど、俺にそんな余裕とかない。怖いもんは怖い。嫌なもんは嫌だ。

「知るかマジで!何で俺なんだよ!そういうのは女子連れてくりゃいいだろぉ!?」

運転手の肩を揺する訳にも行かないんで、取り敢えず賢の肩を揺する。後ろから全力で、もう掴みかかる勢いで。だけど賢はへらへら笑うだけで、先輩は車を止める気配もなく、というか市街地を過ぎていくにつれてスピードも上がっている、ような…気がするのは、気のせいであってほしい。

「かーなーで、ちゃんと座ってないと危ないぞー」

「うわあっ!」

「おっと、大丈夫だったー?」

「そんなスピードで曲がんないで下さいよ!」

「奏がちゃんと座ってたら大丈夫大丈夫」

なんていうか、もうすごい勢いで俺の意見は無視されたままだ。車は無情にも道を進んで行って、もうどうしたらいいのかわからなくなってきて、とりあえず呆然としたまま後部座席に座る。窓の外を見ても、暗いし特徴も何もない道を走ってるしでよくわからない。これから行く場所がそういう場所なんだと思うとゾクリと震えるけど、ほんとにやめてくれって言ってもきっとこの二人はもう聞いてくれないんだろうと思ったら、騒ぐ気も失せた。

「……絶対外に出ない…」

ぽつりとそう口に出して決意を固め、俺はぐっと拳を握り締めた。


「奏」

賢が前から声をかけてきた。俺は助手席の後ろだからか、ちらりと振り返ってても表情は全部見えない。

「………何」

「うわ、すっげえ不機嫌」

「誰のせいだ」

「奏は行かなきゃいけないんだって」

その一瞬だけ、何でか感じた違和感。でもすぐに、何言ってんだこいつって思った。






いやだって、ここまで連れて来といて何だその言い訳はって思うじゃんか、普通は。もう知るかって思って視線を自分の隣の席へやると一冊の雑誌があって、それは夏休みに入ってすぐに、コンビニで見つけたと言って賢が俺に見せてきたものだった。あの時は絶対行かないし怖いから見ないって言ってページを捲りもしなかったそれを、何でか惹かれるみたいに手にとって、ぱらりと捲ってみる。そしたら一番ヤバイ、なんて書かれた見出しと割とこの近くの地名が書かれてて、今向かっているのはきっとここなんだろうと思った。細かい文字を追ってみれば内容はありきたりというか、当たり障りのないものというか。一家惨殺があった家があるとか、鉄格子の部屋に閉じ込められてた女の子の幽霊が、とか。

読んでしまってからしまった、と後悔した。


「あ、奏」

運転していた先輩が声をかけてきて顔を上げると、ルームミラー越しに目が合う。

「……何ですか」

「もうすぐだよ、楽しみだなー」

「全然楽しみじゃない!」


嫌なことに直面する前って、ほんとに時間が短く感じると思う。

雰囲気たっぷりなそこはただの山道だからだろうとか、暗くて先が見えにくい分、恐怖で無いものが見えてしまうんだとか、俺は俺に言い聞かせて、何を見ても気のせいだと思うことにする。心の準備も大切だと思う。

とは言っても俺に霊感なんてないし、生まれてこの方ホンモノと言われるものなんて見たこともないけど。こういう場所にだって好き好んで行かないから勿論そんな機会は基本的にはないんだけどな。車が山道を進んでいって、後ろの座席の間から、フロントガラスの奥を見る。見たくて見てるんじゃないけど…だって、いきなり何かがあっても困るし。そんなのは言い訳かもしれないけど、視線はやっぱりライトで照らされる向こう側。

「…な、あ…もう帰ろうよ」

「まだついてすらいないのに?」

「もう充分怖い」

「ははっ、さすが奏」

「意味がわからない」

「奏には、なんか見えてんのか?」

「まさか。俺こーゆーの全然わかんないんで」

「ああ、そっか。そうだね、でも、なんでだろうねぇ……なあ、マサ?」

「あー、そうだなあ……鈍いけど、カンはいいから、かなー」

「え?な、なんだよ、何の話?」

二人の会話がわからなかった。普段から突拍子のない会話をする兄弟ではあったけど、この状況下ではほんとにやめてほしいマジで。そんな風に思いつつ、二人の顔を交互に見れば、それに気付いたらしい先輩から、

「奏が美味しそうって話、かな」

なんて言葉が出てきた。

「は?」

思わず色んなものが抜けた声が出た。美味そうってなんだよ、食いもんじゃないし俺。

ん?もしかしてそう言う意味じゃなくて、単にこういうとこに連れてくるネタ的な人間としておいしいだろって話かな?それなら確かに有り得る。この二人なら、その発想に至りそうだ。ただ、来る前も言ってたけどこういうのは女子を連れて行った方が絶対に盛り上がる。俺みたいな怖がりな男なんか連れてくるより、女子の方が賢にとっても先輩にとっても、テンション上がるんじゃないか?だって普段もナンパとかしてるし。女の子連れてきて、怖がってるの可愛いなあって思ったり、抱きつかれたりとかしてラッキーとか、そういうの考えそうな二人なんだけど、なあ。普段の行いからして。

「あ、兄貴」

「…あれ、誰かいるな。先客か」

他にもこんな場所にくる物好きがいるのか。俺にとってはそんな風にしか思えないけど、こういう場所とか怖い話なんていうのは人気があるから雑誌に書かれたり、テレビで特集が組まれたりするんだろうな。俺の場合テレビで出てこようもんなら即行でチャンネル変えるかコンセント抜くけど。

先輩の運転する車はゆっくりと速度を落としてきた。多分その先にいる先客に接触するためだと思う。気になって後ろから身を乗り出して見てみると、少し先にひとりの白い服を着た女の子が歩いていた。

「こんなとこに、あの子ひとりだけ?」

「乗せてやろーぜ、なあ、奏?」

「え……で、でも、」

男3人乗ってる車に女の子乗せるとか、警戒されないかな。っていうか、嫌なんじゃないか?

そう思った。だけどそう思うより先に思ったのは、

「……なんか、あの子ゆーれいみたいじゃない?」

「まっさか。こんな堂々と?」

「そう言われると確かにそうだけど…」

賢とそんなやりとりをしているあいだにも、車は女の子の歩く横に追いついて、窓を開けて先輩が声をかけた。

「ねえねえお姉さん、こんなとこで何してんの?良かったらさ、一緒に乗らない?一人じゃ危ないし」

ナンパか。

こんな場所には相当似つかわしくない。だけどなんというか、さっきからずっと感じ続けてる違和感というか嫌な感じは、先輩の軽い行動や台詞でも消えることはなかった。むしろどんどん大きくなっていってる気がする。違和感と繋がってるみたいに心臓の音が大きく響いてる気もして、落ち着かない。女の子は前髪が長くてその表情は見えなかったけどそれがまた怖くて……っていうか、その子には悪いけどどことなく不気味だった。

しばらくの沈黙のあと、何も言わずに頷いてお兄さんの後ろの席、つまり俺の隣の席のドアの前にその姿を移動させた。ロックを解除する音が鳴って、自動ドアのようにそこが空いた。前からの操作でドアを開けることが出来るのはこういう大きな車のメリットだとは思うけど、その素性もなにも分からないその子が俺の隣に乗るっていうのに俺に何にも承諾得る素振りがないっていうのはどういうことだろう。いや、さっき一回声かけられたりはしたけど、イエスもノーもなんにもいってないんだけど。

もしこの子が、一緒にきたメンバーに置いてかれちゃって、この辺をワンピース一枚で歩いていたとしたら不安だろうし、気持ち的には助けてあげたいっていうのはわかるんだけど。そんなことを考えながらも、その子が乗り込むために隣の座席にあった雑誌を除けた。






女の子を乗せた後、多少ゆっくりではあるけど車は山の奥へと進んでいた。だけどその最中でも俺の中の違和感はちっとも消える気配がなかった。

「一緒にいた連中とはぐれちゃったんだね」

「置いて帰るとかねえよなあ」

「大丈夫大丈夫、置いてかないからさ」

「……」

「いやいや、それはないわー、マジで」

「なあ。でもさあ、こういうとこってやっぱり結構人来んの?」

「あー、やっぱり?よく見てんだ」

「…………?」

おかしい。

だってさっきから俺の隣の子は何一つ言葉を発してなくて、でも前にいる先輩と賢は楽しそうに会話をしてる。いや、そこまではいいにしても会話の内容が二人共なんとなく噛み合ってない。二人で話してるっていうか、誰か、もうひとり会話に加わっていて、三人で話してる感じ。ふとポケットからスマートフォンを取り出して時間を確認すれば、21時すぎを示してて、賢の家を出てから二時間くらいは経過してる。

時間的にはきっとそろそろ優が帰ってくるはず。不安に思っちゃう気持ちを何とかしたくて、指を滑らせて通話履歴の一番上にいる名前を選択しても、表示されるハズの画面は出てこなかった。

あれ、と思って電波表示を見ると圏外。山の中だから?でも、ここは市街地ではないけど道路も整備されているところで、こういうところって意外と携帯の電波届くって聞いたことあったんだけどな、なんて思いながら、視線を窓の外へやると、外灯のあかりではなく別の光が一瞬だけ差し込んだ。

「あ、自販機…」

ぽつりと呟いただけだったから、前の二人には恐らく声は届いていなかったんだろう。二人からの反応はない。前に向けた視線が、なんとなくルームミラーへ行ってしまい、そこに写っていた姿は俺の隣にいる女の子。角度的には間違いない、けど、鏡越しに見えた口元が弧を描いていて、それは思わず息を呑むくらいのものだった。

「……っ!…先輩!ちょっと止めて!」

「え?」

「どうしたよ、奏」

「さっき自販機あったじゃん。喉渇いちゃって、飲み物買ってきたいからさ、ちょっと此処で待ってて」

「仕方ないなあ」

「早くしろよー」

ドアロックを自分で解除して、ノブに力を入れればピピって音がしてスライドドアが空く。そしてそこから降りると、今度は外側のノブに力を入れると再び音がしてドアが閉まっていく。完全に閉まるのを確認しないまま、俺はさっき通り過ぎた自販機へと走った。

坂道を上がって、少し降りたところにある自販機の光を見つけてポケットからスマートフォンを取り出すと、圏外だった電波は今度はしっかり3本立っていて、先ほどの操作と同じ操作で優の名前を選び出す。

耳に当てると鳴る呼び出し音に早くと思っても仕方ないけど、自販機の方へ早足向かう。祈るような気持ちで更に強く耳に押し付けた。



「奏?」


7回目のコール音で受話ボタンが押されたらしく、待ち望んでた声が鼓膜に響いた。

「優!……どうしよう、どっ…とにかく助けて!」

「奏?えっと、ちょっと落ち着いて」

なんて言ったらいいのか分からなくて、もう慌てすぎて電話の向こう側にいる優も戸惑ってるのが分かった。そりゃいきなり電話口から助けてなんて言われたら、そうなる。取り敢えず落ち着いて状況説明してほしい、その通りだと思う。だけどこの時の俺にはそんなこと最初から考える余裕とかなくて。

「おおお落ち着くってどうやって!?」

「えー、っと、まず深呼吸しようか?」

「う、うん…っ」

自販機の前についてそこに背中を預けた俺は、どくんどくんといつもより強く心臓の音が聞こえるそこを押さえるように手を当てて、まずは息を深く吸い込んだ。一拍置いて吐き出すと、優の声でもう一回、と声が聞こえたからもう一度深く息を吸い込んで、それを吐き出した。

「奏、大丈夫?」

「う、…うん。さっきよりは落ち着いた。と思う」

「そうか。そりゃ良かった。で、どうした?」

耳に響く声に少しほっとして、自販機を背にしてずるりとしゃがみこんだ。さっきは喉から飛び出るんじゃないかってくらい響いてた心臓の音も、若干落ち着いてきたみたいだった。

「今、心霊スポットに連れてこられてて…で、なんかおかしいんだ」


俺はここまでの経緯と、二人の様子がおかしいこと、それとさっき車に乗ってきた女の子の話をした。



その間、優は相槌打ちながら言葉を引き出しつつ聞いてくれて、話し終わるとひとつの提案をしてきた。


「出来る?」

「う…うん…やってみる」

「怖いよな、すぐ行ってやれたらいいんだけどさ」

「ううん…流石に、ちょっと遠いし」

これからすぐに向かったってちょっと時間がかかりすぎる。その間、ずっとここにいるのも無理だし、っていうかむしろそれも怖いし。優が提案してくれた方法に乗るしかないと思った俺は、一度ぎゅっと拳を握り締めるとその場から立ち上がった。

「奏、オレがあげたお守り、ちゃんと持ってる?」

「ん?うん。持ってるよ。っていうか、ちゃんと付けてる」

夏の初めに優からもらった緑色のブレスレット。もらった日から、寝るときとか風呂を除いてずっと左の手首に付けてる。お守りっていうからには、ずっと付けてた方がいいのかと思って。

「ならいいんだ。気を付けて、大丈夫。その、…奏にとってはちょっと怖いだけだから」

「うう…その怖いのが苦手なのに…先輩も賢も、一生恨んでやる…」

っていうか後で殴る、絶対。


「出来るだけ急いで向かうけど、多分間に合わない…かな」

「優、ありがと。頑張ってくるから」


通話を終了させると、息を思いっきり吸い込んだ。さっきと同じくそれ吐き出して、もう一度心を落ち着かせる。

「よし」

ほんとは行きたくないけど、仕方ない、行くか。


[newpage]

覚悟を決めて待たせてる車の方へと足を進め始めた。坂を少しだけ登って、見下ろせばまだ車はさっき俺が降りた時と変わらなくそこにあった。よかった、いなくなってたらそれはそれでどうしたらいいかわかんないし。

坂を降りて、さっき降りた車のドアを軽く引けば降りた時と同じ作動音がしてドアがゆっくり開いていく。開いた扉の先にいるのはさっき俺の隣に座っていた女の子。俺が降りるときと同じで、女の子はずっと俯いたまま、俺が開けたドアですら見向きもせずにいるのに、賢や先輩の表情は帰ってきた俺に向けられはしたけど…なんとなく、なんとなくだけどおかしい。


この状態は、俺が感じた違和感や不安感は、やっぱりよくない状態らしい。

だから俺は、さっき優から言われた言葉を口にした。


「出て行ってください」


もう一度言ってみる。


「出て行って下さい。ここ、あなたの場所じゃないんで。今すぐ出て行って下さい」

優が怯んだらダメだって言ってたから、本当は怖くて見たくもないけど女の子から視線を外さないまま。

「ちょ…、奏!」

案の定っていうか、助手席にいた先輩と賢から怒気を含んだ声が飛んできた。

「何言ってんだよ、女の子相手に!」

「奏!」

まだ終わってない。俺から触ることは多分、出来ないだろうから自分で出て行ってもらうしかない。


多分この女の子は生きた人間じゃない。ここまではっきり見えてる状態だったから俺には判断つかなかったけど、さっき優に聞いたときに言ってた。

この子が車の中に入って来たのはお兄さんと賢が『招き入れた』からで入るのを許可したから、入ってきた。逆に、出て行けって言われたら、大抵のゆーれいは出て行かざるを得ないんだって。

だから、驚かせたりしてドアを開けさせたり、所謂招くって行為をさせるとかなんとか。

女の子に動きはまだ見えなかったけど、運転席と助手席のドアが開いて先輩と賢が降りてきた。お前らが降りてどーする、と思ったけどなんかおかしい。っていうか、ここに向かってる途中もおかしかったけど、やっぱりおかしい。

「流石に言い過ぎじゃないのかな」

「そうだよ、お前こんなこというやつじゃなかっただろ」

俺の横について二人は口々に俺の言葉を否定してくる。多分、二人は魅入られてるってやつなんだって。おかしいって思っていた俺の違和感は間違いなかったらしい。

「二人共、ちょっと黙ってて」

「奏、いい加減にしろよ!」

賢に着ていたTシャツの胸元を掴まれて、引き上げられる。やばい、これはちょっと苦しい。でも今は賢とやりあってる場合じゃないし、なんて思いながら、ちらりと車内を確認すると女の子はまだ俯いて座っている。きっとこの子が二人をおかしくしてて、こういうのが苦手な俺をここまで引き込んで連れてきて、怖い思いしなきゃいけない事態になっていることを考えたら頭にきた。


「…早く出てけって…言ってんだろ!」


俺が怒鳴るのと同時くらいに、賢が腕を振り上げたのが見えた。殴られる、かも、なんて考えられたのは一瞬だけで、それを今まで見てただけの先輩が流石に…って思ったのか焦ったような声で賢の名前を呼んで、ぐっと目を瞑った瞬間、反対側のスライドドアの開く音がした。


「…え?」


来るのを覚悟した衝撃は何も来なくて、視線は音のした方へ向けられて。俺も、勿論ほかの二人も。

その先には女の子が音もなく車から降りていく姿。音もなく、って言い方じゃわかりにくいかもしれないけど、ほんとにそれ以外の表現は難しい。例えるなら、無音の映像を見ている感じだった。

車から降りて数歩歩いて、女の子の姿はなくなった。


「マサ、手。奏が苦しそうだろ」

「え?あ、ああ…奏、……あれ、ごめん、何で俺、お前を殴ろうとしてたんだっけ?」

先輩の声を聞いて賢はようやく俺から手を離してくれた。当の本人はさっきまでの記憶があやふやなのか、額に手を当てて今までのことを思い出そうとしてるみたいだったけど、俺は一刻も早くこの場所から離れたかった。

「知らねーよ…とにかくさ、俺もう帰りたいんだけど」

「そう、だな…なんか頭がぼーっとすんだけど」

「…先輩は?」

「うん、…あー……うん、大丈夫。っていうか、あれ一体…」

「さあ、取り敢えず帰ってからってことで」


開いてたドアから車内へ乗り込む。先輩や賢も同じように。運転席のうしろ、さっきまで女の子が乗ってた方のドアも閉めて、念の為…というか俺の心境のために鍵をかける。


「……あれ?」

運転席に座った先輩がカチカチと何かを動かす音と共に疑問の声を上げた。

「どうしたよ、兄貴?」

「…いや…どうしよう。エンジンがかからない…」

「はあっ!?」

「こんなとこで故障とか、勘弁してくださいよ!」

カチカチという音だけが車内に響く。いや、嘘だろ。やっと帰れると思ったのに。

焦ってるのか、エンジンキーを回す音が忙しなく聞こえるけど、一向にエンジンはかからない。流石にここから歩いて帰るとか無理だ。

「故障なんていきなりすぎるし、日々メンテはちゃんと……っ!」

急かす俺たちに先輩自身もそこそこ慌てて、なんてそりゃ当たり前だと思うけど。いきなり心霊現象にあたって何が起こってたのか理解する前に取り敢えず帰ろうってことになってる訳だし。

「じゃあ何で急にこんなことになるんだよ!」

「…んなこと言ったって……っ…あ」


お兄さんが一瞬、前を見て言葉を止めた。


「兄貴?」

「先輩?」

視線の先を追ってフロントガラスの向こう側を見てみるけど、何もない。首を傾げて顔を見合わせてみると、賢の顔が一瞬にして引きつった。視線の先は、俺の後ろ。いや、えっと、振り向きたくないんだけどこれ確認しないと先に進めないよな?後ろを見て賢の表情が固まったってことは、多分先輩が見てたのは前じゃなくてルームミラーだったんだと思う。絶対、絶対嫌な予感しかしないんだけど、ほんと振り向きたくないんだけど、

「ぅあ、あ、あれ…!」

「あ、れっていわれても…」

フラグ立てしなくていい!もういっそここで気絶したい!そう思ったけど、仕方なく、意を決してそろりと後ろを見た。ああ、やっぱり。見なきゃよかった、そう思う俺の心境はお分かり頂けるだろうか。

俺の後ろ、って言っても勿論ほんとに後ろにいたとか、三列目のシートにいたとかじゃない。むしろその方が心臓的には良かったんじゃないかって思う。恐らくさっきの女の子であろう、白いワンピースを着た女の子がバックウィンドウにべったりと張り付いている姿よりは。だけど何となく、その女の子が笑っているのが見えた。

「…ッ!!」

途端、ダンダンと車の窓ガラスを叩く音が聞こえ始めた。後ろからだけじゃない、前からも、横からも聞こえてくる。心なしか、車自体も揺れている気がしてきて、思わず両耳をぎゅっと手で押さえた。

完全に聞こえなくなる訳じゃないけど、目を閉じて、この状況が早く過ぎ去ってしまえばいいと願いながら。


本当、こんなとこには来るもんじゃない。二度と来ない。賢も先輩も、今回の件で懲りただろうから今後俺を誘ってくることはないと思うけど。っていうか、何で日頃からこういうの避けてる俺が今こんな目に遭わなきゃいけないんだ。涙目になりそうだったけど堪えながら、耳に当てた手を更に強く押し付ける。ちょっとくらい痛くても、今は気にならない。帰るまで優には逢えないんだろうけど、ここに優がいてくれたら少しはマシなのに。

そう思った瞬間、


「かなで」


「……!」


耳元で、優の声が聞こえた気がした。

反射的に顔を上げて、窓の外を見れば渇望してた姿がそこにあった。

「優!」

「奏、開けて。一緒に帰ろう」

気がつけばさっきまでの音とか、女の子の姿なんかはどこにもなくなってた。優が、他に人がきたからどこかに行ったのかな。前の席にいた二人は気を失ってるみたいで、動かない。あれ程怖い思いをしたんだからわからないでもない。が、コイツら、怖いものが大の苦手な俺を無理矢理連れて来といて俺より先に気絶とか何なんだ、どついてやろうかと思ったけど、


「かなで」


再び俺を呼ぶ声に、待っていてくれる存在を思い出す。

取り敢えずロックを解除しようと思って手を伸ばして、指先がドアロックに触れた途端、左手につけていたブレスレットが急に弾けてばらばらと車内に散った。


「うわっ……何だよ、何でこんないきなり…」

折角優がくれたのに。暗い車内、しかも夜で、散らばったそれらを全部見つけ出すのは多分無理だろうと思ったら、若干泣きたくなってきた。

怖い目には遭うし、ブレスレットは壊れるし、優には迷惑かけるし、もう散々だ。そう思いながら、取り敢えず今確認出来るものだけは拾っておこうと思って屈んで足元に手を伸ばすとふと違和感がまた俺の頭を過ぎった。


優に電話したの、何分前だったっけ?


おかしい。

多分時計なんてよく見てないけど一時間もまだ経ってないはず。それに、車の外にいる優の側には車もバイクもない。なら、優はどうやってここまで来たんだろう。

暑いだけじゃない、嫌な汗が背中を伝う。


「かなで、あけて」


もう一度、優の声で俺を呼んだ。恐る恐る、顔を上げて窓の外を見てみると、

にたり。

そう表現するのが一番正しいくらいの、そうだ、あの女の子が浮かべていた笑みと同じものを『貼り付けた』優の姿をした、何か。これは絶対に優じゃない。おかしいことだらけの中で、唯一それだけが俺の中ではっきりしてた。


「かなで」

「お前、優じゃない…!誰だよ…!」


今日はどんだけ厄日なんだと思いながら、拒絶の意味で睨みつけながら叫んだ。

すると今度は、ドンという音と共に窓に叩きつけられていたのは、手。

優の偽物のものかと思ったけど違うらしく、大小いくつもの手が窓にびっしりと手形を残していく。

耳元で笑い声が聞こえて、ダンダンとまた、窓を叩く音もする。

そんな状況になりながら、冷静でいられるなら俺は怖いものが苦手だなんて断言してない。いつ止むのか分からない窓ガラスを叩く音と笑い声、痛いくらいに心臓の音が大きくなっていく。

俺の頭はこれ以上は無理だと判断したのか、ここから先はぷつりと糸が切れたかのように記憶にない。欲を言えば、村上兄弟と同じくらいの段階で気絶したかった。











その後はと言えば俺は帰りの車の中で目を覚ました。

「…ん……」

「奏、大丈夫か?」

「ゆ……ゆう…?」

瞼を開ければ優の顔があってほっとしたけど、気を失う前のことを思い出したら一瞬で体が強ばった。

「…っひ……」

「奏、落ち着いて。大丈夫、もう何もいないから」

そのせいで息が詰まりそうになったけど、優の手が俺の手を握って落ち着かせる。人の体温ってこういうときすげー落ち着く。よかった、本物だ、とか頭の中で思いながら、何度か頷いて大丈夫だと示す。優に膝枕状態だったことに気付いて、ああだから目が覚めてすぐに優の顔が見えたのかとちょっと納得。

「優……来てくれたんだ…」

「奏からあんな電話もらって、来ない訳にいかないだろ?」

苦笑して返されたけど、やっぱり申し訳ない気持ちになった。こっちに来るまでの間、優に何かないとは限らないし、こっちは三人いてあんな状態だったのに。

「…でも、さ…優のほうがああいう場所、危ないだろ?一人で来てた訳だし、…こっちは3人だし、朝になれば帰れるかもしれない、し…」

「奏、」

「う」

「本当はそんな風に思ってないくせに」

やっぱりというかなんていうか、見透かされててばつが悪い。

来なくていいなんて口ばかりで、迷惑かけて申し訳ないって気持ちはあってもそれって結局優が来てくれるだろうって思ってる自分も何だか情けない。いつまでも優にべったりじゃダメだって母さんにもよく言われるけど。直すつもりがないのって、優が直さなくてもいいって甘やかすせいもあるのであって、とか段々言い訳がましくなってきてるんだけど、今度は苦笑いじゃなくて普通に笑ってる優が、コツンと額に爪を当ててくる。

「優……来てくれて、ありがと」

「うん、そう言って貰える方がオレは嬉しい」

「あ、あと…ごめん、優から貰ったブレスレット…」

「ああ、もしかして壊れた?」

「う……」

言い当てられて視線を逸らしてしまった俺に笑うと、優の膝に乗っかったままの俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でだした。髪を掻き分けて、指の腹で撫でてくる。

「ちょ…っ、なんだよ、もー…」

「奏が悪いんじゃないよ。お守りだって言っただろ、奏を守ってくれたんだ」

「あ……」

だから、あの時壊れたのか。あの時壊れなかったら、頭が混乱したままきっとドアを開けてた。

開けちゃダメだって、きっと気付かせてくれたんだろうと思う。


「でも、折角貰ったのに壊れちゃったからさ…」

「そんなに気に入ったなら、またあげるよ」

「…そういう問題じゃない…」

いや、優から貰えるなら嬉しいけど、壊れたやつは戻ってこないなって話なんだけど。

優は多分そこまで分かってくれないだろうから、なあ…。

「賢ー、起きてる?」

「寝てる」

「…いや、起きてんじゃん。まあいいや、あのさ、車ん中に緑のちっちゃい丸い石が散らばってると思うんだけど、それ全部拾っといて」

「全部!!?」

前の座席にいるであろう賢に声をかけると、何か微妙な感じの台詞で返答されたけど気にしないで用件だけ伝える。

「…何か文句でもあるか?」

これだけ巻き込んで迷惑かけといて、こんな用件だけで済ませてもらえるだけありがたいと思え。そう言う意味を込めて言った言葉はちゃんと本人にも伝わったようで、

「拾わせていただきます」

「うん、よろしくー」


「ああ、そろそろ近いな。この辺で停めて貰えるか?」

優が先輩に声をかけると、了承の声と共に車がゆっくり停車した。

「ん、優んち?」

「そう。おばさんには連絡してあるからさ」

起き上がって軽く髪の毛を撫で付け、窓の外を見れば薄暗いながらも見慣れた住宅地が広がっていた。あー、やっと帰って来れた。たった数時間しか離れてなかったのに大分ホームシックな気分だ。車を降りて、後ろに乗っけてあった優のバイクを下ろした。近いしってことで、バイクは引きながら優の部屋まで行くことになって、先輩と賢に軽く挨拶しつつ、

「二度とあーゆーとこには行くなよ?」

「はい……」

優と二人で帰路についた。

後ろで見送っていた二人がやけに複雑そうな顔でいたなんてことは、当然けど全く気付いてなんかいなかった。



「あいつら、さあ…」

「あれで付き合ってないとか、嘘だろ」

「周り見えてませんな感じとか、自覚ない分こっちはどう入り込んでいいのかわかんねえっての」

「もういっそ早いとこ付き合っちまえよ、その方が自然だよ」




ぬるホラーでBLを書いてみたいと思って、所謂よく聞く怪談話として書いてみました。

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