第5話 青春はプリンだ!
「亜理紗の馬鹿ヤロー!」
部室の空気は険悪だった。
「……」
「もう! 悪かったって言ってるじゃない!」
テーブルに突っ伏したまま動かない部長とその向かいで亜理紗さんが謝りっ放しだ。
「どうしたの?」
近くにいた遥ちゃんに二人の様子を尋ねた。
「亜里沙さんが間違ってお姉ちゃんのプリンを食べちゃったみたいなんですよ」
「……それだけ?」
「ええ、それだけ」
「おい、キョン。 それだけってなんなんだよ」
部長の頭部が動き、僕をキッと睨む。
「食べ物にこだわりが無いお前には解らない話だろうが説明しておいてやる」
「あぁ、はい。 お願いします」
「私がおやつに取っておいたプリンは有名な真夏堂のプリンなんだ、知ってるか?」
「まなつどう……? いいえ、全然」
「だと思ったぜ。 とにかく、私はそいつを亜理紗に食われたからへこんでいるんだ。 放っておけ!」
再びテーブルに突っ伏す。 えぇと、どうすればいいんだろう。
「で、どうするんですか?」
「ちょっと出かけてくるわ。 その間、環をお願いね」
そういうと亜里沙さんは鞄を手に部室を出て行ってしまった。
「部長ぉ……」
「うっさい!」
……怒られてしまった。
「……キョン君、キョン君」
「うん?」
エアコン下の冷蔵庫では遥ちゃんが僕を手招きしている。
「どうしたの?」
「これ、見て下さい」
差し出されたのは未開封のプリンのカップ。 いかにも高級そうな作りだ。
「これが真夏堂の?」
「えぇ。 それはそれでいいんですけど……ここ、見て下さい」
「どれどれ……」
遥ちゃんがカップの底を指差す。 そこには拙い字で『たまき』と書かれていた。
「……これって、えぇとその……」
「キョン君の考えている通りです」
「部長は知ってるの?」
「お姉ちゃーん!」
遥ちゃんの声にぴくりと身体を振るわせる部長。 あ、知ってるパターンだ。
「部長?」
「……」
「部長!」
「わーかったよ! 白状すりゃいいんだろ! 知ってたよ! 知ってた! 知ってました!」
やけくそになって告白する部長。 聞けば本当にうっかりして、亜里沙さんが食べていた亜里沙さん自身の分を自分のだと勝手に勘違いして、勝手に不機嫌になっていただけだった。
「ほら、亜里沙さんがもうすぐ戻って来ますから。 そうしたら、謝りましょう」
「そうですよ、お姉ちゃん」
「お、おう」
部長は怒られた子供のようにシュンとなる。 それと同時に部室の戸が開く。
「あっ、亜理紗! その、何だ……えぇと……」
「……どうしたのよ、環」
「え? あ、ぷ、プリンの件だけど、な?」
「あぁ、そのこと。 別に気にしてないわよ、知ってたし。 環が私と同じものを買ってて更にあそこまで怒るなんて思わなかったから悪かったって謝ったんだけどさ」
「知ってたんですか、亜里沙さんも」
「うん」
「じゃあ、どうして部室を出たんですか? 何か買ってきたわけでもないですし」
「先生に頼まれた雑用を終わらせてきただけよ。 来週の数学の授業で使うプリントのコピーを頼まれててさ」
「部長、良かったですね」
「……亜理紗、怒鳴って悪かったな。 次からはきちんと確認するからよ……」
半分涙目の部長が顔だけこちらに向けて謝って来た。
「謝るならもうちょっと真面目に謝りなさいよ……まぁ、いいわ」
遥ちゃんからプリンを受け取り、部長の隣に置く。
「今度は名前はきちんと解るところに書くのよ、いい?」
「おう……」
部長の言葉に亜理紗さんは妹を見守る姉のように笑った。