仲直りはイチョウの木の下で。
別れる?
何で信子がそんなこと言うの?
そんなに私とキヨが付き合うのが気に入らない?
「信子…?どうしたの?…何よ…突然…」
戸惑いながら言う私。
信子は黙っている。キヨも…。
すると、さっきまで黙っていた佐織が急に口を開いた。
「信子はね…キヨに裏切られたのよ」
「違うっ!」
すぐさま反論するキヨ。
「裏切った…?」
…訳が分からない私。
「いよっちは…分かってるの?キヨがどんな男か…」
「…それって…キヨがプレイボーイって事?」
「そうよ。キヨはね、一人の女じゃ満足出来ないのよ。だからいよっちも、このまま付き合っているなら絶対に後悔する」
「…信ちゃん…」
私はキヨを見た。下唇を噛んでうつむいている。
「いよっち、私はいよっちが心配なの。私みたいになるんじゃないかと思って…」
「…信ちゃん…一体二人に…何があったの…?」
黙り込む信子。
「こらっ!お前ら、早く教室に戻らんか!」
皆が振り向くと、先生が立っていた。
「今はホームルームだろ。教室へ帰りなさい」
「…はぁい…」
先生に促され、私たちは教室へ向かった。
私たち3人が教室へ入ろうとしたとき、信子がキヨに一言言った。
「いよっちとのこと、考えてね」
キヨは何も言わないで自分の教室へ帰って行った…。
遅刻した私たちは後ろからそそくさと入った。
担任はカバンを置いたままで遅刻してきたことを少し不審に思いながらも、私たちは特におとがめ無しだった。
「信ちゃん…聞きたいことがあるんだけど…?」
私は昼休み、信子の所へ行った。いつもは弁当を食べるのだが、今日はそんな雰囲気ではない。
「…キヨの事?」
信子は意外と何でもない顔で言った。
「…何があったか…教えてくれない?」
その時、佐織がやってきた。
「…ねぇ…二人とも…昼ごはんにしない?」
気まずい雰囲気を察してだろうか?いつもより明るい声で誘った。
「…さおりん、話が終わったら食べる。…先に食べてて良いよ」
すると佐織は一瞬驚いた顔をしたが、何かを理解した顔をし、
「分かった。今日は夏奈子たちと食べる」
と言って去っていった。
佐織は分かったのだ。
信子が今、私と二人で話をしたいということ。
それを直接言わなくても佐織なら分かるということ。
…それは私にも分かった。…これが友達なんだな…。
私と信子は校庭の隅の大きなイチョウの木の近くに行った。
今は昼休みだから、生徒はいない。
「本当はね、裏切られたんじゃなかったんだ。キヨに…」
信子が口をひらいた。
風が冷たい。
風にのって、ツン…と銀杏の香りがする。
イチョウの葉が落ちる…。
私は黙っていた。
信子は私に背を向け、離れていくようにゆっくりとした足取りで歩く。
「片想いなのは分かってた。一緒に居たら好きになってた。…でも…」
振り返る信子。
「キヨには彼女がいた。その彼女は、恋人でもない私がキヨと居るのを見ていられなかった…でも…実はもう、二人ともキヨは何とも思っていなかった…」
「信ちゃん…」
「キヨはそういうヤツなのよ。片想いでもダメ、両想いになってもダメ…いよっちに…それが耐えられる?」
…風がさらに冷たくなる。
カサカサと葉が足元を舞う。
「…分からないけどさ…私でも…ダメなのかな?」
信子より小さめな声で言う私。
「無理よ。キヨはそういうヤツなのよ」
「…例外は無いの?」
「無いわ。…いよっちに…覚悟があるの?捨てられるのが分かってる相手と付き合うなんて…」
分かってる。
怖いよ。
悲しいよ。
情けないよ。
…でも…
「分かってるから。大丈夫だから。…キヨを…変えてやるから!」
私はさっきよりも大きな声で言った。
「…知らないよ?どうなっても…。後悔しても…」
「信ちゃん、後悔は後から悔やむから後悔なんだよ」
ニコッと笑う私。
少し目を丸くする信子。
「私、後悔したって良い。キヨが好きなの!信ちゃんが好きだったみたいに、今は私がキヨを好きなの!」
「いよっち…」
私は信子に近付く。
「私、キヨを変えるって決めた。プレイボーイなんてあだ名じゃなくなるくらい、イイ男にしてやるんだからっ!」
「…出来るの?いよっちに…」
「出来るかどうかは後。とりあえずしてみるの!二人でとびっきりの恋愛をするの!」
すると信子は小さくため息をついた。
そして少し微笑んでから、
「分かってたよ。…やれるところまでやんな。…私は見守っとく。…でも、これだけは忘れないで」
信子はポンっと私の肩を軽くたたき、
「私はいよっちの味方だからね」
と言って笑った。
私も笑った。
いつの間にか風はやんで、うろこぐもが空を漂っていた。でも、銀杏の香りはまだ残っていた…。