遅い昼ごはん。
「ちょっとぉ、まだ気にしてんの?」
放課後、佐織が話しかけてきた。
「……悪い?っていうか気にするでしょ、普通……」
机に顔をひっつける私。
「朝の意気込みはなんだったのよ?」
「……もう忘れて……」
弱々しい私。
「キヨと帰る約束してるんじゃないの?」
「……行かないと駄目かな……」
「当たり前じゃない!謝るのよ!」
「……行きづらいよ……」
「あのね……幼稚園児じゃないんだからさ……」
佐織がそう言った時、私の制服のブレザーの右ポケットが震えだした。
私は携帯を取りだし、新着メールを見た。
「何?メール?」
「……キヨからだ」
「ホント?何だって?」
「……校舎裏に居るって……」
「何で?」
「さぁ……どういうつもりかな……」
「とりあえず行きなさいよっ!」
バンッと威勢よく背中を叩く佐織。
……なぜかそれにとても元気づけられた。
「……ありがとう、行くよ」
私はカバンをつかみ、扉へ向かった。
「健闘を祈る!」
親指を立て、元気よく言う佐織。
「おうっ!」
敬礼して飛び出す私。
目指すは校舎裏!
風が冷たい。
マフラーに顔をうずめる。
私は校舎裏へ出る扉の前に立っていた。
深呼吸する。
……少し落ち着いた。
私はドアノブを手に取る。……手のひらが少し汗ばんでいる。
思いきって右に回す。
すると、目の前の木の下にキヨが座っていた。
「優秀じゃん。6分で来たよ」
ニカッと笑うキヨ。
「どのくらいかかると思った?」
うつ向き気味に聞く私。
「100分」
「バカッ」
プッと二人同時に吹き出した。
何故か心のわだかまりが取れた。
「キヨ、ゴメンね……お弁当……」
「あぁ、結局友達と食べたよ。気にするな」
「そうなんだ……」
……アッサリ言うんだな……。
私は少し拍子抜けした。心のどこかで、私とお昼を過ごせなかったことを残念がってくれるかも……と期待していた。
その時、キヨは手をこちらに伸ばして言った。
「弁当くれよ」
「……はっ?」
「あるんだろ。5時に起きて作ったやつ。お前の食べた余りでも良いから、くれよ」
……どうして?
「何で知ってるの?」
「いきなり一緒に弁当食うなんておかしいと思ったら、信子たちが教えてくれたよ。わざわざ早起きして弁当作ったんだろ」
「……そうだよ」
「オレ……今まで母さん以外に料理とか作ってもらったこと無いんだ。だから……何ていうか、その……嬉しくて……」
照れくさそうなキヨ。
そんなキヨを見ていると、嬉しさが込みあげてくる。
「実はね、昼ご飯イロイロあって食べなかったんだ。だから……いっぱいあるよ」
「マジで?」
「うん。ココで食べよっか?」
「食べる食べる!出してよ!」
私はカバンからお弁当を2つ取り出して、水色の包みの方をキヨに渡した。
キヨは嬉しそうに受け取ると、手早く包みを開きお弁当箱を出した。
「開けるぞ」
「どうぞ、めしあがれ」
お弁当箱を開くキヨ。
「すげぇ……ホントにお前が作ったのかよ?」
「そうだよ。……意外?」
「ちょっとな。でもうまそう。いただきます!」
キヨは早速オニギリを掴み、口に運ぶ。
「タラコじゃんっ!大スキなんだよ!……知ってた?」
「知らなかった……たまたまだよ。でも良かった。私もタラコ好きだし」
「そうか!やっぱりタラコはうまいよなぁ!」
まるで小さな子供みたいにはしゃぐキヨ。その姿は、到底プレイボーイには見えなかった。
私はその様子を見ながら自分の包みを開いて食べはじめた。
「―……あー、食った食った!」
腕を後ろで組み、寝ころぶキヨ。
「お前さ、料理上手いわ」
「そう?……ありがと」
そんな事言われたら……照れるよ。
「あのさ、明日から、こんな感じで作ってくれない?5時に起きるんじゃなくて……お前の弁当のついで……とかで」
「良いけど、そんなに気に入ったの?」
「久しぶりだよ。手料理。なんか懐かしかった」
そう言って、キヨは少し寂しい顔をした。
「お母さんは?今まで付き合ってた女のひとは?」
「母さんは家に居ないんだ。離婚してオレを連れて家を出たけど水商売やってるんだ」
「そうだったの……」
知らなかった……。
「だからさ、いつもコンビニで食事済ませてる。それに……」
キヨは起き上がり、私を見ながら言った。
「今まで付き合ってた奴らは、遊ぶだけだったから。メシ作ってくれるほどの関係にはなれなかった」
私はなぜか、キヨの心の声が聞こえた気がした。
キヨがプレイボーイなのは……寂しいからじゃないの?
お母さんは家に居ない。
他に頼る人も居ない。
……だから女の人と取っ替え引っ替え付き合ってるんでしょ?
キヨは木の幹に寄りかかり、空を眺めていた。
私はそんなプレイボーイの肩にそっと寄りかかって言った。
「明日から、一緒にお昼食べようね。私、キヨの好きなもの作るからね」
プレイボーイは答えるかわりに、私の肩を優しく抱きよせた。