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それが全能結晶の無能力者  作者: 詠見 きらい
episode-f. -それが全能結晶の無能力者-
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f-24 歩幅を合わせて―― (終)

f-24 歩幅を合わせて―― (終)


「ねぇ、兄さん……」

「ああ」

 居た堪れない気持ちでいっぱいだった。

「残念だわ、兄さん……」

「ああ」

 正直このまま走り出して逃げてしまいたかった。

 だが逃げ場などない。何せ二人は――

「極光の煌きをこの目にしたかった……耀きはきっと希望を与えてくれるから」

「わけわからんこと言わないでください」

 そのまま思いっきり頭を叩かれた。

 叩いたのは時任理愛で、叩かれたのは時任雪哉だった。

 今、二人は北欧にいた。極寒の空の下を歩いていた。

「本当に何処まで行くのだろうな俺たちは」

「別にどこだっていいって言ったのは兄さんでしょう?」

 だからって、理愛の言う通りに来た場所は海を越えた遠い世界。そして見たいモノを見るために此処までやって来た。

虹壁(オーロラ)見たかったです」

「時期が悪かったか? 運も悪かったかな……」

 寒空の向こう、満天の星は見えてもオーロラは見れなかった。

 最後の戦いの後、雪哉と理愛は日常に帰ることが出来たのだが、そこに瀧乃曜嗣(たきのようじ)の姿はなかった。一切の書置きも無く、消えてしまったのだ。

 一つの革帳だけを残して。

「瀧乃さんは見たんでしょうね……オーロラ」

 手帳にはいろんな写真が貼られていた。そこに瀧乃の姿は無いにせよ、いろんな景色が映し出されていた。

「瀧乃さんは色んな世界を転々としてたってのは訊いたことあった。けれど瀧乃さんのことを知る気はなかったし、知ろうともしなかった。でもいなくなって解ったことがある。あのヒトはいろんな景色を見て来たヒトだ。それなのに一つの場所で留まって俺たちをここまで成長させてくれた。感謝したかった。けどもういない……だから探し出して文句言ってぶん殴ってから礼がしたい」

 雪哉と理愛の願いはそれだった。感謝の一言も述べていないままに消えてしまった。一つの場所に留まることは確かに危険だと思った。Arkは潰れても一部が終わっただけだ。まだ理愛を狙おうと刺客が襲い掛かるかもしれない。

 でもこれは逃亡ではない。たった一人の男に謝礼を述べる為の冒険。その役目を果たす為に世界の外へ飛び出したのだ。

「そもそもあのヒト……いいヒトすぎるんですよね。無言で出て行ったくせにわたしたちにいっぱいお金残して行って――」

「俺たちは所詮子どもだからな……こうやって外の世界に出ることも俺たちの力じゃない。結局は誰かの助けが無けりゃ何も出来ない子どもだろう。けれど、いつか全部返せれるように……」

 最初から最後まで雪哉は自分の力では進めなかった。

 戦うことも出来なかった。守ることも出来なかった。何一つ取り戻すことも、勝ち続けることさえ、そして外の世界へ飛び出すことも出来ず、最後まで無能力者だった。

「だから今は目の前のやるべきことを果たしましょう? 子どものままなら、大人になるまでに一緒に歩いて、一緒に瀧乃さんを見つけましょう」

 だけどまだ大丈夫。

 まだ時間はある。零じゃない。終わりじゃない。だからまだ進める。

 大人になるまでまだ少しだけ時間が残っている。だから、だから一緒に歩いて、夢を叶えたい。

「それに帰る場所もあるしな」

 こんな世界でも二人の為に歩いてくれる人もいる。

 革帳の最後のページには雪哉や理愛、切刃に逢離……ニアと全員が揃って立っている写真が挟まれている。

 失ったモノもあった。けれど、今はただ前へ進む。

「虹子は……やはり……」

「ええ、わたしの中にはもういません。行くべき場所を見つけたと彼女は言っていましたし、彼女もまた願いは叶ったんだとわたしは思います。だけどわたしも他の花晶を取り込んでしまう力もあったから……もしかしたら――」

 自分の欲するモノを内に寄せる。理愛の心もまたそうだった。

 しかしそれ以上、理愛に言葉を口にさせることはしなかった。

「それでも虹子は救われたんだ。お前は奪ったわけじゃない……お前は悪じゃないんだ」

 喩え悪だとしても理愛を守るのが雪哉の役目だ。どんな存在であろうとも、どんな位置に理愛が立っていたところで変わらない。

「ほんと言ってることがいつでも無茶苦茶ですよね……わたしが本当に何者なのかなんてわからないのに」

「何者であってもいいさ。俺は同じことしかしないし望まない。お前の手を繋いで歩くことしかしない俺は他のことはどうでもいいんだ」

 一緒に生きて、歩くことさえ出来ればいい。これまでも、これからもそうやって進んで来た雪哉だ。何も変わらない。

「それにいつかは帰らないといけないしな。お前が何であろうとももうそんなことどうでもいいと思ってるヒトがいることを忘れるなよ」

「そう……でしたね。わたしたちには帰る場所があったんですよね。わたしを待ってくれている友達がいる――早く帰って、みんなで一緒にご飯でも食べましょうよ」

「はは、そうだな……鍋がいいな」

「寒いからでしょう?」

「ああ、正直寒い……オーロラは見れなかったし、瀧乃さんはいないし……今度は何処へいこうか――」

 次に行く場所はまだ決めていない。町を出て三年が経過したが、本当に色んな地を踏み歩いて来たと思う。

 時任雪哉はこうして進むことしか出来なかった。

 無能の烙印を押され、妄言を吐き、偽りながらも戦い続け、ここまで歩いて来れた。それでもやはり無能力者のままなのだ。全て借り物。自身の力で得られたモノはなかったのかもしれない。それでも、それでも歩くことを止めてしまったらこうして理愛と一緒に歩くことは出来なかっただろう。

「あ、兄さん……あれッ!」

 理愛が大きな声で叫び、指を差す。

 理愛の指差す方を見上げれば、星の海と一緒に虹の布が掛かり始めた。理愛は目を輝かせて、雪哉もまた表情を綻ばせて、ただ無言のまま空を見上げる。

「綺麗なものだな」

「ええ、とても綺麗……」

 それは画面越しでしか見れなかったであろう神秘。空に浮かび上がる光を目の当たりにし二人は感動する。

「ねぇ、兄さん」

「なんだ」

 そんな光を見つめながら理愛は呟く。

「本当に、わたし……幸せです」

 (ヒト)で無く、(モノ)である理愛は未だに未知を内包しながら生きている。けれどそんな存在と共生する兄に感謝している。友だと言ってくれた逢離に感謝する。兄を守ってくれた切刃に感謝する。一緒に戦ってくれたもう一人の花晶(ニア)に感謝する。感謝しても足りない程に伝え切れない言葉も心の中に詰まっている。

 けれど今は言葉にはせずにただそっと心の中に留めて――

「わたし生まれてきてよかった」

 生きる理由なんて誰かが決めることではなくて、そしてそれは義務付けられたモノでもない。ただ生きて、その先の道中で見つけることが出来ればいい。

 生きる前よりも先にその理由を作る必要なんてない。理愛に手を差し伸べてくれたそのヒトたちと一緒にただ生きて、歩いて、進むだけでいい。

「理愛……」

 雪哉はそうやって理愛の名前を呼ぶだけだった。理愛は何も言わない。二人は顔を合わせる。そのまま無言は続き――


「へくちっ」


 理愛はなんだか可愛らしいくしゃみをした。そのまま耳まで真っ赤にして雪哉を睨んでいた。羞恥と憤怒が同時に湧き上がっているのだろう。ただ視線を逸らすこともできない理愛は雪哉をずっと睨んでいるのだがちっとも怖くない。それどころか雪哉はつい吹き出してしまった。そんな雪哉の態度が気に入らなかったのだろう。理愛は雪哉に背中を向けてそそくさと歩き出してしまった。

 失態。

 怒らせてしまった。いや怒っていたのだが……完全に怒らせてしまったのは雪哉のせいだろう。やれやれと小さく息を吐いて、雪哉は理愛の背中を追いかける。

 どれだけ速く歩いたところで雪哉と理愛ではあまりにも体格に差がありすぎる。雪哉はすぐに理愛に追いついて、そのまま追い抜いていく。

 理愛は頬を膨らませ更に加速。雪哉を追い越した。だがそんな差はすぐに縮まり、

「ほら、やっぱり……こうしてた方がいい」

 雪哉の歩幅が少し短く、理愛は速度を落とし、そうして同じ歩幅で歩き出す。

「イジワルな兄さん……死ね」

「何度、殺すんだ……お前の一言で俺は瞬殺するのか?」

「うるさい死ね」

「酷いことを平然と言うんだな……死んで、いいのか?」

「いいわけないです」

 雪哉は絶句した。

 いつものように軽口を叩いて、毒舌で返されて、そんな会話だと思っていたのに。あまりにも不意打ちめいたその返しに雪哉は何も言えなかった。

「行きますよ、兄さん……次は、海にでもいきましょう」

「ああ、そうだな……今度は南国あたりにでも行ってみよう」

 どれだけ速度を速めても同じ速度で、同じ歩幅で。

 それは無意識の内に行われる二人の秩序(ルール)。言葉など要らず、ただそれが当然と言わんばかりに行動する。

 どんな試練も困難も――苦境を進み、苦行だろうと立ち止まらず、危機さえ乗り越え、十字架を背負えど二人は歩く。歩いていく。


 半年にも満たない短すぎた小さな戦争だった。

 そんな無能な少年と、結晶の少女の戦いを知る者は少ない。寧ろ知らない者が大半だろう。けれど、そんな二人を待ってくれるヒトたちがいる。いつの日かそんな世界に帰る日まで果たしたい夢を見つけ出す。

 極光の下で二人は手を繋ぎ、何も言わずに歩き出す。

 知らないことがあまりにも多すぎて、知ろうとしても全てを知るにはまだ足りない。けれど歩いていく。二人は歩いていく。歩幅が違えど、二人は同じ。


 そして二人は――


「兄さん」

「ん?」

「大好きですよ」


 理愛は雪哉の顔を見ない。少し頬が赤くなっていたのがわかった。それが寒さなのか、それとも別の理由なのか――けれど雪哉も理愛の顔を見ていないからわからない。

 すると突然、雪哉が立ち止まった。どうしたのかと理愛も立ち止まる。そして理愛が振り向いた時、雪哉は理愛の頭を撫でて、


「――俺もだよ」


 時任雪哉は喜びの表情を浮かべた。

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