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それが全能結晶の無能力者  作者: 詠見 きらい
episode-f. -それが全能結晶の無能力者-
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f-23 ここにあるセカイ

f-23 ここにあるセカイ


 あれから、三年の月日が流れ――


「あああ、あああ、ああああ、あ、あああああ、あああああああああ」


 室内では少女の呻き声が木霊していた。

 その声を耳にしていた夜那城切刃は顔を抑え、大袈裟に溜息を吐いたまま、ガックリと項垂れていた。

「やめなよ……そんなことしたって何も変わらないよ」

 あやすように切刃は言う。けれどそんなことはお構いなしに少女はただ呻き続ける。

 その屍の正体は藍園逢離だった。顔面は蒼白し、絶望し、瞳に光は灯っていない。だがそんな失望し死体と化した逢離の頭に小さな手でチョップする姿が。

「あいり……うるさいの」

 屍のような逢離を叱るようにして、手刀を浴びせたのはニアだった。

「ニアぢゃああああんあああああん!!」

 衝撃が脳天を走り、逢離はそのまま頭を抱えたまま床をのたうち回った。だがすぐに立ち上がると、先程の死んだような魚の目はどこへやら。生気が灯り、口元を緩め、左右に揺れながらニアに接近する。

「い、いや……あいりこっち、こないで」

「ふふふふほおおおー、そんなこと言わないで痛いことしないからぁー」

 そう言って一瞬でニアの背後を取り、そのまま後ろからギュっと抱きしめる。元々、身長の高い逢離が小さなニアの身体を後ろから抱きしめ、クルクルと回り始める。 

「く、くるしいぃ……き、きりは……あいり、こわい」

 逢離は笑いながら頬を赤らめてニアを抱かかえて回っている。逢離こそ幸せそうだが、ニアは苦しそうな表情を浮かべたまま切刃に助けを求めていた。

「やめなよ、ニア困ってるだろ。それにいつまでもそんなことしてないで手伝ってよ」

 切刃は面倒くさそうに山積みのダンボールを開封していく。だが切刃の声を聞かない逢離はそのまま自分の頬をニアの顔に押し付けては擦っている。ニアはとても嫌そうな顔をして、というよりほぼ一方的な暴力を前に今にも泣きそうだったので、

「ごめんね」

 そのまま切刃は逢離の頭をグーで叩いたのだった。ニアの微力なチョップよりは強めに殴ったので逢離は目から星が跳んでいた。痛みの余りに逢離は抱きしめていた両腕を離してニアは解放された。

「な、何するんですか!?」

「君こそ何をしているんだい……頼むから手伝ってくれないかな。邪魔をするなら出て行ってもらってもいいんだよ?」

 ニコリと切刃は微笑んでこそいるがどう見ても作られた表情というのは逢離もわかっていた。そしてそう言った笑顔を前に逢離は何も言えずに切刃の手伝いをすることにした。

 あれからもう三年も経ったと言うのに世界は何も変わらず、皇凰真が消えたところでこの世界から全ての結晶が消えるわけではない。何も変わらない世界がここにあった。けれどあの凰真(少年)が放った異能というものは世界を大きく変えてしまった。

 結晶を手にすることで異能を持つことが当然とされるこの世界で、切刃も逢離も生きている。そしてニアはそんな結晶の中で最高位とされる花晶として現存している。

「皇凰真が消えて実質Arkって解体されると思ってたんですけどねぇ……」

「Arkの一部が潰れたぐらいで組織が終わるわけじゃないしね」

 逢離の言葉に切刃はそう返した。

 この星の各地に結晶はばら撒かれ、手にしたモノは力を手にする。

「この町のArkが潰れたのはよかったけれどね……永遠の命を欲した老人の願いを叶える為に好き勝手していたなんて腹が立つし」

 いつか来る永遠の日(ファンタズマゴリア)などと不老不死という夢想を現実にしようとしていた老人たちの思想の為だけに力を与えられ、人外に頼った愚かな人間の物語に付き合わされただけだ。

「それでも他のArkは全て健全で善人の集まりとも言い切れないっすよ」

 逢離の言い分もごもっともだ。

 所詮は人間。感情に身を任せ、欲望に呑まれれば今回のようにまたヒトは過ちを繰り返す。いや、もうこの(パンドラ)を手にしたときから全ては変わってしまったのだけれど、それでも――

「僕らは待つだけだよ。あの二人(、、、、)なら上手くやるでしょ。Arkはまだ二人を狙っているのかどうかわからないけれど、ずっと同じ場所に留まるのはダメだと思って外に出て行ってしまった。なら帰って来れる場所を作るのが僕の役目さ」

 そう言って切刃はダンボールを開封していく。逢離の手は止まっていた。

「そういえば逢離さん……君、どうして残ったの?」

 切刃は問い掛ける。選択することは出来たはずだ。

「二人を追いかけることは出来ただろうし、二人は嫌がらなかったんじゃないかな?」

「でも、その優しさに付け込むことなんて……あたしには出来ないっすよ」

「どうして?」

「友達だから」

「なるほど……」

 大事な友達だから、大切にしたい。顔は見えない。声も聞けないけれど、それでも繋がりは切れない。

 三年が経過し、逢離と切刃は学校を卒業。

 切刃は玩具屋を経営していた。しかし――

「これ……売れるんです?」

「酷いなぁ。僕の家系は元々カラクリを作る家系だったからね、こういうのは作るの得意なんだけどダメかい?」

「いや、なんといいますか……今の子どもたちは喜ぶか微妙なデザインっす」

 棚に並べられたブリキの玩具たちは全て切刃が創作したモノだった。精巧に作られた玩具達、切刃はここで小さな店を開いていた。

「ショックだ……でも、別にいっかな。売れなくても食べていけるというか、生きていくには十分な貯蓄はあるし――お金には困らないから大丈夫だよ」

 元々汚れた仕事をしていた切刃だ。命を弄び回した穢れた金かもしれないが生きていくにはやはり金が要るのだ。そして十分すぎる資金は切刃のポケットに入っている。

「そんなことより先輩……いいんっすか? あたしなんか雇って」

「別にいいよ。そんなことより進学も就職もしようとしない君の立ち回りが心配だったよ」

「あ、ははは……だって――」

 逢離は言いかけようとしたがやめた。何故なら逢離もまた資金面に関しては問題なかったのだ。切刃と同じように汚れてはいるものの資金の蓄えはある。ただ生きるだけなら十分すぎる。元々は空っぽだった者だ。

「あたしって親を殺されてても独りで復讐してやろうなんてことも考えられなくて、ホント生きてるだけでどうすればいいかわかんなくて、そんなときに理愛に逢えたから今のあたしがいる。というより理愛のこと考えないとやっぱり空っぽで……どうしたらいいか――」

 それ以上のことを考えられないから。だから将来も夢も、何も。生きているだけだからわからなくて。

「だったら生きていればいいさ。僕だって復讐を果たす為だけに生きていた。でもそれはもう終わった。なら僕もこれからどうやって生きていけばいいかわからない。それでもさ……僕も君も、大切なモノがあるでしょ。それのことだけ考えて生きてればいいだけだよ」

 少しだけずれてこそいても切刃と逢離は同じ境遇だ。

 始まりは同じだった。奪われただから足掻いただけだ。

「無ければ作ればいい……友達の為だって、それだけでいいさ。いろいろあったけれど今はもう二人の為に生きればいい」

「……そうっすね、センパイの言う通りっす。あたしも二人の為に生きればいいだけか」

「一方的に依存されて二人には迷惑かな」

 笑いながら切刃は空になったダンボールを畳んでいく。

 それでも大切な友達だから、仲間の為に生きることを選ぶのも悪くない。

「あの……」

 そんな二人の会話に割り込むようにニアが声を出す。ニアは花晶で、ヒトの形をした道具。自分で選択することを願った結晶。そして逢離と一緒に生きることを選んだ。

「ニア……あいりと、いきるだけ……いきてるだけ。それは、だめ?」

「そんなことないよ」

 逢離はニアを優しく抱きしめて、

「一緒にいてくれるだけでいいよ。それだけでいいんだよ……」

「ニアこれまでずっとなにもかんがえずにいきてた……でもじぶんでえらんだ。はじめて、えらんだ。あいりといっしょにいきることえらんだ。まだそれしかえらべてない。でも――」

「いいんだよ、それだけでいいの。あとありがとね。あたしみたいなの選んでくれて」

「あいり、こわいときとかへんなときあるけど……だいすき」

 そう言ってニアは微笑んだような気がした。表情はまだ大きく変えることは出来ないけれど、それでも今のニアは笑みを浮かべているように見えた。

「嬉しいけど……怖いとか変ってのはショックだよー」

「怖いし変だよ」

 切刃がそのままツッコミをいれた。

「ひどっ! センパイひどぉ!」

「はいはい……手伝ってよ。もうすぐ開店するんだから」

「わかったっすよぉー」

 渋々、逢離は手を早める。

 いつか帰って来るであろう大切な友達の為に、その居場所を作っておく。笑顔で迎える為に。

「はやく帰って来なよ……雪哉」

「はやく帰って来てね……理愛」

「はやくかえって……きて……」


 三人はそれまでこの小さな世界を守るのだろう。

 ずっと……いつまでも――

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