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それが全能結晶の無能力者  作者: 待雪 妥当
prologue. -兄妹-
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1―8  希望だけは、忘れたくないから

1―8 希望だけは、忘れたくないから


 月下虹子に完膚なくまでに敗北した理愛ではあったがどうやら命だけは奪われずに済んだようで、こうして今日も学校へ行くことができる。


 どうして生かされたのか?


 こうして五体満足でいられたのか?


 何の気紛れで虹子は理愛に止めを刺さずに消えたのか。


 それは虹子にしかわからない。どれだけ考えたところで答えに行き着くことなどできないのだから、考えることはすぐに止めた。


 正直、学校へ行くような気分ではないし当分行きたくないという気持ちが強くなる一方だった。


 だがここで逃げてしまえば負けたような気がしてどうしてもその選択を選ぶことだけはできなかった。ここで逃げてしまえば、虹子の全てを肯定してしまうような気がしたから、だからそれは嫌だ。


 なんて昨日、人間を少し辞めてしまったわけだが。


 その代償として右手に裂傷を負ってしまった。絆創膏一つでは足りなくなるほどの傷が理愛の手を穢していた。


 持っていたカッターナイフが何かの力でいきなり木っ端微塵になりその破片で怪我をしたのだが、あの時はとにかく死に物狂いだったせいか感覚も鈍くなってしまっていたのだろう。痛みを全く感じなかった。


 それでもさすがにそのままにしておくわけにもいかないので、こうして右手に包帯を巻いているわけなのだが、これではまるで兄の真似をしているようだ。


 別にそんなつもりはないのに、それなのに雪哉はさっきから横目でチラチラと理愛の右手に視線を送っている。何か言いたげだったが、それを言わせてはいけない。


 きっと少しでもこの右手のことを話題に上げれば、雪哉はきっとわけのわからない謎電波を発信し続ける有害電波塔に変貌するだろう。

 

 だから、理愛は自分からこの右手とは別のことを話せば大丈夫だろうと思ったわけなのだが、


「兄さん、その頬にへばりついてる大きなガーゼはなんです?」

「これは闇黒竜グラディヌエルダに受けた傷だ」


 と、ごらんの有様である。


 理愛はもう何千回何万回と過言ではないほどに雪哉のこんな台詞を今日まで聞き続けてきた。それがもうこの兄のいつもの口調と思うと、本当に心配になってくる。どこにそんな龍がいた。そもそもそんなのがこの町にいたら普通に歩かれただけで大事件だ。


 それでも、そんな架空の幻想種が世界を飛んでいると思っているこの頭の中が万年妄想の兄のことでも理愛が知っていることがあった。


「あの龍の吐息ブレスには呪詛カース属性エレメント付加エンチャントしているからな、さすがの俺でもよく耐えられたと思う。状態異常として、生命の再生力を停止させる力が宿っている。負った傷が治らないとは厄介だ。早くこの呪いと解かねば俺の身体は忽ち壊死することだろう」

「なら、学校に行く場合じゃないでしょ。さっさとその謎ドラゴンを討伐しにいってくださいよ。でないとこの町どころか世界もピンチですし」

「ふむ、そうしたいところなのだがな……残念なことに俺はまだ『顎喰グルヌギニアス』を手に入れていない。あれが無ければヤツの纏った呪詛が破れない――」

「兄さん」

「なんだ?」

「何か誤魔化したい時ほど、そうやって謎言語、話すのやめません?」


 理愛の言葉に雪哉は一蹴された。完全に思考を読まれている。


 理愛は知っている。雪哉が何かを隠している時ほどにこうやって造語を並び立てることを。それを捲くし立てるように聞いてもいないのにしつこく言う時こそ兄の癖がよく見える。


 バレている。だから雪哉もそれ以上は謎電波の送信は止め、ゴホンと一つ咳をして理愛に話しかける。


「昨日はすまなかった」

「やめてください、すまないなんていう高校生いますか普通」


 ともかく堅いというかどこかズレているというか、そんな雪哉の言動に理愛は苛立ちを覚えていた。


 それもそうだ、昨日いざ虹子にズタボロにされた理愛はなんとか家に帰ることが出来たが、いざ家に帰ってみれば雪哉の姿は見えず、そんな雪哉は自分の部屋の中から「今日は疲れたからもう寝る」なんて、まだ夜にもなっていないのにそんなことを言って部屋から出てこなかった。


 そして今日の朝、いつもより少し遅れて部屋から出てきた雪哉は頬に大きめのガーゼと小さな絆創膏を貼って出てきたというわけだ。


 理愛も右手に包帯だが、怪我の大きさは雪哉の方が大きそうだ。もしかしたら服の下も酷いことになっているのかもしれない。


 それなのに雪哉は何も言わずにいつものように学校へ行こうと理愛と一緒に家を後にしたというわけだ。まるで数日前の理愛のような立ち回りに理愛自身立腹だった。


 理愛を助けに来てくれた時のあの勇敢な姿はどこへいった。今はとても小さくなってしまったように、あの時の兄はどこかへ行ってしまったようだ。


「昨日、いろいろあってな」

「そうですか、わたしもです」


 兄妹のそろって敗北した昨日。


 傷を手当てしたというのがはっきりわかる包帯やガーゼはまさに証明のようなものだ。だから二人は言及しない。互いに傷を負ってしまったのだが、その傷を互いに舐め合うような愚かなことはできない。


 何故なら、徹底的に敗戦したものの心底負けを認めたくないのだ。兄妹揃って負けず嫌い。命のやり取りが行われていても、負けを認めることだけはしたくない。


「もしかして……理愛、その包帯は右手に巻かれているな?」

「いや、そんなの見ればわかるでしょ」

「俺とは対なる方、左ではなく右……神の力とは相反するのは一つ。理愛よ、まさかとは思うが俺の力に嫉妬し、神とは真逆となる魔の力に手を出したのではあるまいな?」

「あの、ホント度々お願いしてますけど日本語で喋ってくれませんか?」

「だから、俺の左腕とは真逆に包帯を巻いているだろう? それは神の左腕ではない……悪魔の、右腕なんだ――」

「よくそんなこと真面目な顔で言えますね、兄さん」


 ふざけるのではなく、それがいつもの兄の姿であることを理愛は知っている。


 しかしいつまでたってもその言葉の意味は何一つ理解できていないままだ。いや、理解する必要などないのだろうけれども。


「あれ、あれあれあれ? そこにいるのは出来損ないの時任くんじゃないか?」


 校門を抜け、校内に入った途端にそんな声が聞こえた。


 雪哉と理愛が立ち止まると、玄関前には月下雨弓が立っていた。しかし一人ではなく取り巻き連中を引き連れての登場だ。


 理愛は無意識の内に目先の威圧感に圧倒され、雪哉の後ろに。背の高い雪哉の後ろに隠れるだけで、理愛の姿は殆ど見えなくなる。元々、人との接触が苦行な理愛にとって異性はさらに苦手意識を強くする。


「マジで来やがった。お前、頭大丈夫か?」

「別に異常は」


 いたって平常だと、雪哉は言う。


 それを聞いて雨弓とその取り巻きは大声を上げて笑う。不快な声だと雪哉は思った。朝からこんな不協和音を聞かされるこちらの身にもなって欲しい。


「な? こいつおかしいだろ。昨日、あんなことがあったのに平気な顔してやがる。オレなら自殺もんだぜ」


 雨弓は自分の携帯電話を取り出し、それを開くとディスプレイが光る。そこには雪哉が土下座した姿が映し出されている。昨日、何度もフラッシュがたかれていたのは知っている。


 やはり写真を撮られていたようだ。そんなことはわかっている。どうせそうやって晒し者にして嘲笑することも知っているそれがどうした。雪哉にはどうでもいいことだった。


「兄さん……」


 理愛にもそんな不細工な体勢をする雪哉の写真を見て、悲哀の目を浮かべていた。


「理愛、こんな俺を軽蔑するか?」


 それだけは雪哉にとっての不安だった。


 だが、理愛は力強く首を横に振り、それを否定する。それだけは本当に救いだった。では、もうこの刹那的な苦悩は瞬滅したわけだ。まさしく、どうでもいいことになった。


「ここまで来て、遅刻したくないんで」


 だから、雪哉はそのまま理愛の手を取り雨弓の集団を横切ろうとした。


 折角、校門まで抜けたというのにこんなところでこんなつまらない連中に付き合って遅刻するだなんて愚かすぎる。何を言われようが、何を思われようが雪哉にとって瑣末なことにすぎない。


「ったく、つまんねぇヤツだな……お前は頭パニくってて妹は気持ち悪い髪してるしな、変態兄妹め」

「……ちっ」


 雪哉の頭の中で何かが切れたような音がした。


 玄関に入ることを止め、理愛の手を離し、振り向いて猪突の如き勢いで取り巻きの合間を潜り抜け雨弓に接近した。そして逡巡することなく暴力に走った。


 しかしそれは右拳によるただの正拳突きだった。なんの力も無い、ただの拳は雨弓の手の平に包まれていた。


「まぁ、そう怒るなよシスコンちゃんよぉ」

「撤回しろ、でないと殺す」

「うっせ、お前を殺すぞマゾ野郎」


 どれだけ力を篭めても、雪哉の拳は雨弓に握られたまま。


 周囲の空気が一気に下がる。嫌な予感がする。この感じ昨日と同じ。それでも雪哉は逃げようとしない。この拳を顔面に叩き込むまでは。


 だから妹を侮辱した罪を償わせる為にも。能力を使いたければ使えばいい。むしろ使ってしまえ。


「お前、有能力者に勝てると思ってんの?」

「思ってない。ならなんだ? 能力を使うか? 使えばいい。それでお前は社会の屑の仲間入りだ。とっくに法律も改正してるだろう? 能力者は、能力を使って一般人を傷つけてはいけない、知ってるだろう?」


 能力を使用した犯罪や暴力行為はとても重い罪だと、前に言った。雪哉にとって最大の防御とは、自分が能力を使えないことを利用することだ。


 有能力者による能力行使での無能力者への攻撃は重罪だ。立派な犯罪で確実に法で裁かれる。

 

 昨日も散々能力で痛めつけられたのだろうが何分それを証明する手立てがない。だから黙殺を決め込んでいたが、今は違う。今は立派な程に人が集まっている。しかも学校だ。能力で危害を加えればその時点で雪哉の勝利だ。


 そんな雪哉はただ殴っただけだ。それでも十分過激な行為だ。だが、能力者ほどじゃない。


 どうなったっていい、ただ今だけは理愛を卑下したこいつが許せなかった。勝てないことは重々理解しているつもりだ。そもそも、もし戦うとしてもそんなわかりきった戦力差の前で何ができるというのだ。


 戦闘が開始されて、ものの数秒でケリが着く。そんな世界だ。それでも、能力が無いから、戦うことができないから、それで自分の世界を、理想を穢されるのに耐えろというのか? 


 そんな地獄、雪哉はいらない。この世界はとっくに獄中だ。ならこの檻の中で出来ることは何か? 逃げぬ、ことだ。


 ここで逃げたら、諦めたら、それこそ能力を持つ者の世界が大きなものに構築されていくだけだ。いつかもう無能力者は人間としての威厳そのものも奪われてしまいそうな気がして。


 同じ人間だろうに、たかだか空が飛べて火を噴けばそれで満足な人類がそもそもの気狂いだ。雪哉にとって本当にこの世界はおかしいものでしかないのだ。だからこそ妹がいてくれるだけでいい。


 二人でただ生きていければ、それを邪魔立てする輩を前に黙止を続けることなんて出来やしない。報復しろ、反撃しろ。そうでなければ、兄妹の世界は明らかに変化する。それを止める為に、雪哉は戦うのだ。だから――


「お前はいつか裁かれる、いつかきっと、足掻く俺たちに負かされる」

「はいはい、気色悪い病気患ってるヤツはとっとと去ねや」


 だからこの宣戦布告は、覚悟だ。


 希望だけは、忘れたくないから。


 それを願うことさえも失えば、きっと終わってしまうから。


 まだ諦めるわけにはいかない。好機はきっとある。だからそう信じて――


「はいはーい、やめやめー喧嘩はやめてー」


 そんな決意と意思だけを武器に、強大な敵に立ち向かおうとした雪哉を制止するように割り込む男が一人。


 白装束、無精髭、眼鏡、なんともまぁ、胡散臭いという言葉がよく似合う男が現れる。一触即発、むしろもう爆発していたはずのそんな空気が消散し、雪哉と雨弓はその男を睨み付けることしか出来なくかった。


「おーこわっ、視線で人が殺せるならぁなんて言葉聞いたことあるけどさ、それと今、同じかもぉ。でもでもぉ、死因が視線なんて、親不孝すぎ!」


 どれだけ怪しい風貌であったとしても、雪哉も雨弓も手は出せない。だってこの男は雪哉たちが通う学校の教員の一人なのだから。


「そこを、どけてください瀧乃曜嗣たきのようじ先生」

「雪哉くん、人をフルネームで呼ばないでくれないかな。先生、今ね、とぉぉっても怒っているわけだ」


 そこで気色の悪い声を上げて、一回転。そのまま一指し。


「はーい、雪哉くん指導ぉー。今から図書館清掃してきなさい」

「なんで……俺は……」

「行けよ」


 それまで腑抜けたような声を上げていたくせに、いきなり声のトーンが変わり、眼鏡の奥底に見える眼光。雪哉は無意識の内に図書館の方へ向かう。


 理愛は玄関の前で立ち尽くしたままだったが、理愛には何の罪もない。雪哉は理愛に何も言わずにそのまま玄関とは逆を歩く。


 そしてその場から消えた時任兄妹をジっと見つめる雨弓は獲物を逃げられたことへの苛立ちを曜嗣に向けた。それでも曜嗣はヘラヘラと笑ったまま他人の神経を逆撫でするような口調で、


「月下くぅん、お願いだからこんな人気のある場所で堂々と力見せ付けないでくださいねぇ。すごいパワァーを持ってるんだからあんまり見せ付けられても怖がるだけですぜぇ」

「……わかってるよ」

「それに、あまり表立って動くと、やり難いでしょ?」

「何が言いたい」


 曜嗣の言葉に雨弓は反応し、つい言葉を返してしまった。


「なぁぁんにもっ、なぁぁんにもっ、ないですよぉ? ないですともぉ。ああ、雪哉くんがちゃんとお掃除してるか見に行かないと」


 曜嗣はグルグルと腕を回しながら玄関から消えた。


 こうして騒動は収まり、誰もがいつものように登校する学

校の姿に戻るのだった。


 曜嗣は図書館へ向かう。眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、


「おもしろくない。なぁんにも、おもしろくない。雪哉くん、さっさと行動しないと、手遅れになるよぉ?」


 その言葉が何を意味しているのか。それは曜嗣にしかわからないことだった。

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