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それが全能結晶の無能力者  作者: 詠見 きらい
episode-f. -それが全能結晶の無能力者-
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f-20 それが全能結晶の無能力者<10>

f-20 それが全能結晶の無能力者<10>


 その左腕は、結晶の頂たる異能(チカラ)の全てを封じ、破壊する。

 その右腕は、結晶の底たる能力(チカラ)の全てを封じ、破壊する。

 結晶としての存在を根底から否定し、破滅させるそのチカラ。そうチカラだ。それこそ兇悪たる力。

 時任理愛が持つ力。人外としての存在を滅亡させる力。それがきっと理愛の花晶としての力なのだろう。何より拒絶させることを恐れる少女の持つ異能は、自分自身以外の結晶という存在を葬り去る力。


「すごい、すごい、すごいぞぉ! やっぱりキミはすごい! キミは最高だ! キミは最強だ! キミがいないとやはり駄目だ! キミが欲しい! 欲しいなぁ! もっともっと、もっとこの力をモノに出来れば、きっときっときっとボクは、ボクはボクは無敵だ! 無敵なんだぁ!」


 凰真が手の平で炎を踊らせて放り投げる。だが雪哉はその炎を右手で消し飛ばす。

 凰真が手の中で風を躍らせて投げ飛ばす。だが雪哉はその風を右手で吹き飛ばす。

 水を流し、樹を伸ばし、雷を起こし、光を響かせ、闇を迸らせる。

 けれど、けれども、何もかもが雪哉には届かない。雪哉を殺し切れない。何も効かない。何一つ届くことはなかった。

 その右腕が、その光を纏った翅が――凰真の喰い潰し、己のモノにした多重たる能力を消していく。消去される凰真の異能たち。凰真は笑う。そのとてつもない力を前に愉悦した。あまりにもそれは凶暴で、ただ腕を振るうだけで削除するその右腕の力は凰真を奮えさせる。

「左腕じゃない。左腕は花晶に対して最強であり、その右腕は種晶に対して最強なんだね。すごい、すごいよ。やはり使われ始めてその凄さがわかる。キミの仲間の攻撃もこの右腕があったからどうにかできた。そして――」

 凰真の瞳が光る。雪哉はすかさず左腕を振り回す。結晶が埋もれた左腕が透明な輝きを放つ。凰真の左腕が雪哉を狙う。だが、それは、それもまた雪哉の左腕に宿る力!

「ああ、ああ畜生。キミのだった。それもキミのだった。キミのモノじゃないけれど、今はキミのモノだったッ!!」

 それは雪哉の能力(モノ)ではない。力を与えられ、ただ振り回すだけでしかなく、雪哉自身はただのヒト。

 そして凰真の左腕が雪哉に襲い掛かる。だが雪哉もまた自分の左腕を強く振るう。お互いの拳がぶつかり、二人はそのまま後退する。

「バラバラになれよ」

 凰真の手から風の刃が巻き起こる。だが雪哉の右手が光る。雪哉の後ろで理愛が守るように立っている。そしてその光が凰真の射撃を撃ち払う。

『兄さんを殺させはしません』

「ああ、そうかい……キミもそっち(、、)を選んでしまった。そんなところに何の意味もないのに。そんなところは冷たくて苦しいだけなのに。なのに、キミもそっちを選んだァッ!!」

 凰真の背後で闇が唸る。そして球体が作られ、一斉に不規則に動きながら雪哉を襲う。しかし理愛が手を広げ、雪哉は右手を掲げる。手に入れた種晶の力をどれだけ使用したところで雪哉の命には届かない。凰真の攻撃は理愛の光と雪哉の右手の前に阻まれる。

「時任、雪哉ァ……」

「お前が異能を得た人間から奪った力は俺には届かない。俺に届かないようになっている。俺が独りじゃないから。俺を独りにできなかったから、もう届かない」

「舐めるなぁッ!」

 凰真の左腕が光る。それは雪哉と同じく花晶を屠る力。理愛を喰い、盗んだ力。一度でも口内に入れてしまえばその能力を反映させる。そしてその力で理愛を狙った。

「理愛を、狙うな――俺を狙え」

「クソ変態嗜好のゴミクズ無能力者が、戦える力を貰ったからって粋がるなよ」

 凰真の拳は雪哉の拳で防がれている。

 そして凰真は毒を垂れ流しながら雪哉を威嚇する。雪哉も動くことはせず、迎撃の形を取るように凰真の攻撃を見てから動こうとする。

 しかしそれでは終わらない。どちらかが止まらなければこの戦いは終わらない。

 雪哉は動けなかった。

 いつものように動き回り、いつものように力を振り回し、敵を倒せばよかった。けれどそれが出来なかった。

『兄さん』

 そして理愛は気づいている。そんな簡単なこと、とっくに気がついている。

『わたしを気遣って戦いにくいならそんなこと止めてください迷惑です』

「り、理愛……」

『一緒に帰るんでしょう? 皆と還るんでしょう? だったら何を躊躇っているんです? くだらないことをしている場合じゃありません。さっさと倒して、さっさと終わりにしましょう。つまらない消耗を繰り返さないでください。死にたいんですか?』

 後ろから理愛の叱咤を受けながら雪哉は拳を強く握り締める。こんなことをしている場合ではない。一緒に戦って、一緒に帰る。それだけだ。それ以上を考える必要はない。余計なことを考える余力などなかったはずだ。

「わかった、理愛……跳ぶぞ」

了解(はい)、兄さんの……お好きなように』

 そして雪哉は強く地面を踏み抜くようにして、そのまま空中へ向かって跳んだ。凰真は両手を交差させ、そのまま大きく手を振った。

 凰真の内に潜む多重の異能が雪哉を狙う。だがそれが如何なる力であろうとも雪哉の身体に傷一つつけることはなく。そして雪哉はまるで一つの弾丸のように凰真に目掛けて落下する。

穿(うが)てッ!」

「貫けるものかよ――」

 雪哉の左腕が、その結晶を殺す力が、凰真の眼前にまで近付いていた。しかしその拳は凰真には届かず、虹色に輝く七色の壁に遮られる!

「月子の、花晶(チカラ)……」

「ああ、そうさ……虹壁は全てを遠ざける(レイン・ボネルファ)。それは全てを遠ざける」

 それは知っている。もう見ている。だが、何度もその力を使われるのは不快だった。

 理愛を喰った際にその身に宿る月子の力までも自身のモノにしたのだ。雪哉を助けた月子は半身だった。雪哉の左腕もまた理愛のモノならば、理愛が凰真について行った時に腕の中にその身を移したのだろうが、雪哉の左腕は一度凰真に喰い潰されている。そうして月子もまた凰真に喰われ、能力を奪われ、凰真のモノとなった。

「だが、それは力だけだ」

「なに?」

「お前のその腕、理愛の力、月子の力、花晶の力を自分自身のモノには出来たのだろう。それはおぞましいことだ。だがな……」

 雪哉の拳は遠ざけられ、凰真に届くことはなく、けれどその虹色の壁がピシリと音を立てている。

「どれだけ俺達を遠ざけても、必ずこの拳はお前を穿つ。力だけ奪っても心までは奪えはしない。お前が俺達を遠ざけたところで、俺達は何度でも進んで――」

 音が大きくなる。壁にヒビが入り、

「自分自身の力で歩もうとしない餓鬼が、一体どうやって俺達に勝つ!?」

 轟音を響かせ、虹壁(にじへき)が破砕する。そしてその拳は凰真の顔面を捉え、何もかもを否定し尽くし飛散させる。

 凰真の身体が回転しながら地面を転がる。そしてそのまま動かない。雪哉の倒れる凰真を見下しながら鼻で笑う。

「俺には何も無いさ。この力は理愛のモノだし、この道を作ってくれたのは仲間だった。なら俺は何をした? ただ歩いただけさ。これまで延々と拒まれ、否まれ、それが正しくないと、間違っていると言われ続けて尚、俺はただ歩いたんだ。俺が正しいと思ったからだ。俺が理愛と一緒に生きることを正しいと信じたからだ。それだけだッ! それだけしか、俺には出来なかったッ! それでも、それでも――――やっぱり、俺はこの道しか選べなかったんだ」

 雪哉の叫びに凰真はピクリと反応することも無く、そして、

「どんな壁も叩いて壊す。お前の盗んだ力は俺が砕いて壊す」

「キミだってその力はぁ――――――――――――――――」

 雪哉の拳は、その結晶が腕を模したそれは、凰真の絶対防護の壁を、

「これは理愛が俺にくれたものだ。お前とは、違うッ!」

 微塵に砕き、壊し、粉々に……そして凰真の顔面に雪哉の拳がめり込む。否応無くそれは凰真の身体を吹き飛ばし、雪哉の左腕は凰真の全てを否定する。

「ぐぅ……こ、ごんな、はずじゃ、ぼぐの……ボクのぉおおおおぉッ!」

「お前の価値など俺には不要だ。無用すぎる。だからお前はここで朽ちろ。お前の夢はもう終わる」

 鼻血を噴出しながら凰真は両腕を振り回し、聞き分けの無い我儘な子供のように雪哉に敵意を向ける。認めようとしない。その結果を認めることが出来ない。自分が今、何の能力も持たない人間に一撃を受けたことを。

 いや、これで二撃目だ。

 左腕を奪われる前、一撃はすでに与えている。無能な者から二発も攻撃を受け、凰真の心に強い精神攻撃(ダメージ)を与えたのだ。

 だからすぐには立ち上がれない。そしてこの攻撃は花晶にとっては毒である致死なる威力。

「があああぁつ! ぐ、が、がが……」

 花晶という存在を否定する力。花晶としての意思を拒絶する力。それが雪哉の左腕に、凰真の左腕に備わっている異能。そしてその威力をその身で受けたのだ。

「あの時は理愛を付加接続(エンチャント)していなかったからな……鈍器で殴った程度だったろうが、今度は違うぞ。これは激痛だ。何せお前という存在に対してはあまりにも効果的な攻撃なのだからな」

「ど、どきと……う、ゆぎ、やああああああああああッッッ!!」

 そして凰真は立ち上がる。殴られた頬にヒビが入り今にも砕けてしまいそうだった。そんな傷口を手で覆い隠し、雪哉を射抜くように睨んでいる。だが雪哉にとってそんな視線は何の恐怖も感じない。今はもう独りじゃない。今はもう全てをこの手にしているから。だから恐怖なんて感じるわけがない。もう終わる。そう、終わる――

「もう、いい……もういい。もうやめだ。こんな無様な醜態、屈辱だ。だから雪辱を果たす。キミを殺す。コロシテヤル……コロス!!」

 そしてその身から黒い霧が噴出している。いくらなんでも様子がおかしかった。だから雪哉は少し距離を置き、そのまま凰真を凝視する。

「わかった、もう、わかった……超越することにした。そうしようそうしなければならないキミを殺す、ぶっ殺すと決めたんだ。だから昇る。界層(かいそう)を上げる」

「……なに!?」

 さすがにその言葉に雪哉は反応した。

 花晶はヒトであって人ではない。生きている結晶。だから所詮は所持される側。使われる者。通常である第一界層。そして雪哉が今、理愛を装備しているこの姿が第二界層。付加接続(エンチャント)と呼ばれる装備方法によってその所持者に自身の異能を与え、戦うことが出来るが……

「おいおい、まさか付加接続(エンチャント)している者のみが使える限界突破じゃないよ? それは本質を理解している者に許された夢幻(ユメ)の姿。己が望む世界を築く。結晶に内包された最期の災厄、それが……第三界層だよ」

 黒い霧が噴きあがる。止まること無く白い世界を闇に染める。

「じゃあ、お前たちは……いったい……」

「何かと問うか? キミが問うのかい? それはキミの妹に問いかけるのと同義だ。それでも問うのか?」

 凰真の言葉で雪哉の心が揺れる。

 そして後ろを振り向こうとした時、理愛がそっと雪哉を抱きしめている。その両手は小さく震えていた。だから、雪哉はその手をそっと握った。何であっても、どんなものであっても雪哉にとってその答えを訊くことで結末が変わることなどないのだから。だから安心していい。何も恐れることはない。そう思いながら、その想いを込めて理愛の手を優しく包む。そうして理愛の震えは止まり、雪哉は凰真に向かい合う。

「結晶は力。この地の奥底で眠っていた願いの塊。その中に込められた願望は千差万別。そして生まれ出でた時、その願いを果たす為にボクらは活動する。さしずめパンドラ(、、、、)とでもいうべきかな?」

「絶望だけをばら撒き、けれどその最奥には希望がある。けれど、お前のその喩えは間違いだろう?」

「何が言いたい?」

「お前が匣ならなぜ開けた? 匣が蓋を開くのか? 違うだろう? 開けたのはお前じゃない。匣なら黙って沈んでいろ」

「そうだね、その通りだ。けれど偶然にも窯は勝手に開いてしまっただけで、ボクの望みじゃなかった。黒幕がいるわけじゃない。ボクはただ海の底から勝手に陸に上がって来ただけさ」

 ヒトの形をした結晶だなんて目の前でこうして立って喋っているから信じているけれど、もし存在しなければただの妄言にされて笑われてしまったことだろう。だけどここにいる。花晶という結晶(ヒト)がいる。

 凰真が歩いて来た過程に興味はない。そして凰真はそれ以上語ることもない。ただわかっていることは結晶の中で永久に眠る悲しい存在が自由を望んだということだ。

「ボクがどうして生まれて来たのかなんてわかるわけがない。ボクが何者か教えてくれるヒトなんていないのだから。この答えを教えてくれるヒトはいない。けれどボクはこうして生きている。力を持っている。だから自由を手にし、世界を手にし、生きたいように生きる。だけどキミが邪魔なんだ。だからキミを倒すんだ」

 闇が凰真を包む。霧が晴れる。もう凰真の姿はそこにはなかった。いや、皇凰真という形をしていなかった。

「種晶は諦めた花晶なんだ。だからその中には花晶には遠く及ばない力しか眠っていない。ただ眠るだけだなんてどうかしている。死んでいるのと一緒じゃないか。生きているなら足掻いたっていいだろう? キミにわかるかい? 瓶の中に閉じ込められて一生をそこで過ごしてみればわかるさ」

 想像しただけで恐ろしい。何も無い虚ろで生き続けなければいけない狂気。そんな狂った世界でこの少年は生きていたのだ。

「キミの妹すらそれはわからないだろう。ボクが無理矢理起こしたようなものだ。でもお陰でこうしてキミはその子と出会えた。けれど……」

「目覚めたと同時に、その花晶は……望みを叶えなければならない――」

「そうさ。ボクは『自由』だった。その為に蓄えた憎悪だけで此処まで来た。じゃあその子はどうだい? その子の願いは? 何を、望んでいる?」

『に、兄さん……わたし――』

「なんだっていい」

 理愛が声を出そうとした時、雪哉は理愛の言葉をかき消すようにそう呟いた。理愛は目を見開いた。

「その願いがなんであっても、変わりはしない。何も変わりはしないんだ」

 その身に宿るモノがなんであっても雪哉には関係などなく、ただ雪哉は自分の願いを叶えればそれでいい。

『は、はい……』

 そして理愛は強く頷く。

「ワケがわからないな。生きるだけに何の意味があるんだ。生きているだけに何の意味があるんだ」

 凰真にはもう雪哉と理愛の生きる意味を理解できない。その価値を理解できない。だから、

『理解できないから、キミたちを排除しないと、ボクの心が狂ってしまう』

 闇が晴れ、霧は消え、その中から出てきたモノは、そう――

『これが、ボクの最期の姿だ』

「そうか、それがお前の終極(おわり)というわけか……まさに幻想の寄せ集め。夢想の成れの果てといったところか」

 まさしくそれは御伽噺の生物――竜、だった。

 それが凰真の第三界層。

『自身の願いを知る者。果たすべき夢を叶える為に昇った者。だからここまで来れる。本当の力を扱える。そしてこれがボクだ。喰い潰し続ける憎悪ヴァクヴァイク・モノンは願いを叶える』

「いやいや、これは驚きだ。まさかファンタジー小説の……空想の生物の姿をした怪物が俺の目に映ってる。それがお前の本当の姿ってわけか」

『憎悪そのもの。ボクの悪意。ボクのボクだけの世界の為にお前たちの欲望がボクの自由を築く。さぁ、喰い殺してやる』

「理愛……」

『はい』

 巨大な竜が、雪哉たちの前に立ちはだかり……その本当の姿は今や雪哉に真実を告げる。

「お前の、願いはなんだ?」

『わ、わたし、は……』

 理愛は言い淀む。

 そう、理愛もまたその身をヒト以外の形に変えることは知っていたのだから。


 雪哉が生きる目的。

 理愛の生きる目的。


 願望。

 花晶に宿る力の本質、それが本当の力。


『わたしの願いは……そう、拒絶だった』

 力が、意味を示す。

 花晶も種晶も何もかもを壊し、砕く力。封じる力。どんな異能も理愛の力の前では無と返す。それはそう、理愛の本質がそうだったからだ。

『わたしは最初から何も考えられず、怯え、怖がり、そう、全てを拒んだ。無理矢理、この世界に呼び起こされた。本当ならば眠っていた方がよかった。何も考えずに、結晶のままでいればどれだけよかっただろう』

 解っていたことだった。

 理愛は解っていた。理愛の力が中途半端なものなのか。第三の界層に昇れたところで、たった一振りで終わってしまう剣の形。

『わたしは世界を憎んでも、恨んでもいませんでした。ただ怖かった。だからわたしは、わたしを怯えさせる脅威を突き放す為にこの力を宿していました』

 理愛は語る。自分自身の心を読み解く。開かれるその心を理愛はただ黙って聞き入れる。

『そんなわたしを受け入れたのは兄さんじゃないですか。わたしはそれが大事だから。わたしの願いは拒むことだけど、その逆も知ってしまった。大事だと思っているから、だから中途半端になっちゃいました』

「ああ、そうだ。お前は俺のモノだし、俺はお前がいればそれでいい。半端なんかじゃない。お前はいてくれればいい……だから前を見ろ。下を見る必要なんてない。そこにいろ。いればいい」

 理解して尚、到達は出来ない。

 たった一振り。それだけが限界。最初からそのまま(、、、、)でいればきっと理愛は勝てるだろう。けれどもう理愛はそこにはいれない。

 理愛にもまた大事なモノが出来てしまったから。

『このまま帰れないなんて、あの子(逢離)に怒られちゃいますからね』

「ははっ」

 こんな状況下だというのに、雪哉はつい吹き出してしまった。それでも笑わずにはいられない。

 拒絶を願う少女は、確かにこれまでも何度か拒んでいる姿を見せていた。けれど、結局それは恐れているだけだからだ。しかも雪哉に自分から干渉して来たじゃないか。家族を喪う前の雪哉こそが理愛を拒んでいた。

「拒絶がお前の本当の姿だというのに、それなのに自分の中に引き込んだモノを大切にする。だから、お前の力は要らないものを拒絶するだけなんだろう?」

『そう、みたいですね』

 考えることもせずに理愛はそう答える。

 手を差し伸べてくれたヒトの手を取った時、それが理愛の本当の力になる。拒んでいるのは、不要と思ったモノだけに対して与える別の力。

 時任理愛にとって『拒絶』とは、有象無象の区別もせずに何もかもをまとめて突き放すという意味ではないのだ。

 大切なモノだけを抽出し、大事なモノを要らないモノから守る為の――

「優しすぎるよ……お前は」

『兄さんほどじゃないですよ』

 それでも雪哉は理愛を拒んでいた。少なからずそんな過去がある。忘れてはいけない、消してはいけない過去がある。家族を喪ってやっと欲した。それまでは理愛の存在を憎んでいたモノだ。えげつなすぎた。独りになることを最も恐れていたのは雪哉自身だったから。

 理愛までいなくなって、それで独りぼっちにされることを恐れて拒んだ少女に縋りついたなんてあまりにも滑稽じゃないか。そんな醜悪な心の持ち主だと、恨まれても仕様が無い生き方をしているのに、それなのに理愛は雪哉を拒絶しなかった。

「どうして俺を選んでくれた?」

『どうして、でしょうね……?』

 理愛にとってもその理由は未だ不鮮明で、手を最初に差し伸べたのは雪哉ではなく、雪哉の父だった。

 拒むことは本質であった理愛がどうしてその手を取ったのかそれは……「家族になろう」というあの一言だけは、拒むことが出来なかった。

『皇凰真に願望によって強制的にこの世界に墜ちたわたしは何もかもを拒絶していました。それはわたしではなく、異能(チカラ)だけしか見ない全てを、わたしは見ようとしませんでした。でもあの人は、お父さんは……わたし(、、)を見てくれました。わたしを必要としてくれたんです』

 独りだった雪哉の為に、仮初めでも――家族を築く為に。

 そんな時任雪哉の為だけに理愛を必要とした父がいたから、必要とされた理愛は雪哉と家族になる為に選ばれた。

貴方(にいさん)と歩く為に、わたしは選ばれたから……だからわたしは、それだけは拒んじゃいけないって思ったんです』

「そうか、そうなのか、それはダメだ。大変だ。俺は本当に最低だ」

 そんな覚悟を抱いて生きた少女を拒んでいたのだ。裁かれるには十分だ。死罪に等しいその立ち振る舞いだった。殺されてもおかしくはない。

 それでも最後まで、そうこれからも最期までこうして手を握り、一緒に生きると言ってくれる少女が――今はこんなにも愛おしい。

『わたし、あの凰真(ヒト)と同じですね。自分の欲しいモノだけを選んで、自分のモノにして、自分のことばかり考えて。要らないモノは捨てて、嫌なモノは拒み続けて、それがわたしなんです。こんなわたしなんですよ』

「それは違う。凰真とお前が同じだなんてありえない」

 雪哉はきっぱりと断言する。

 そしてそれだけは否定する。

 そんなことあるわけがない。

 だから却下する。認められるわけがない。

「理愛……お前だけの幸福の為に動いているんじゃないだろう? お前の行動は自分以外も幸せにしてくれた。お前だけじゃない。考え、動き、こうして一緒にいてくれる。それを凰真と同じだなんて俺が認めるものか」

 自分だけの幸福の為。それ以外の存在を放置し、そして略奪し、願望の為だけに行動するその狂気が、理愛と同じなわけがない。

 自分の世界を創造し、人間に奇跡(チカラ)を与え、この世を別物に創り上げたこの敵と理愛の想いは違う。

 だから、

『こんな半端なわたしを――』

「半端な俺とお前、二人で歩けば完全じゃないか」

 理愛は言葉を失った。

 やっと此処まで来れた。雪哉を信じることが出来る。独りじゃない。一緒に生きていける。一緒に歩いてくれるヒトがいる。怖くない。何も、怖く無い。

『兄さん』

「ああ」

『終わりに、しましょう』

「そうだな」

 そして、雪哉の左腕に光が集う。

『兄さん、敵に終わりを上げましょう』

「ああ、壮絶な終末を」

『そう、凄惨な終焉を』

「敵に、与える」

『敵に、与えます』

「だから、俺は――」

『そして、わたしは――』

「お前を使う」

「わたしを使って」


 そう、その言葉(カギ)(トビラ)を開く。


禁忌解除システムアップグレード界層昇華(コマンドオーダー)顕現起動(セットアップ)――』


 そしてそっと世界から理愛が消え、


『――終焉完了(一つになりましょう)


 雪哉の手の中に理愛(ツルギ)が現れる。

 たった一振りの、たった一撃のみ、理愛の最大攻撃。

 その一振りのみが理愛の最強の一撃となる。

 最後の最期まで、独りでは完璧にはなれなかった。最後の戦いで尚、花晶としての異能を使いこなすことはできなかった。成長することができなかった。けれど、それでよかった。半端なまま、だから一緒に手を取り合って歩くことができる。だから構わない。それ以上は望まない。だって、雪哉は――理愛は――


『それがどうした、来なよ……喰い殺してやる』

 竜へと変貌した凰真が巨大な口を開け、そしてその口内には血の如く赤き憎悪が溜め込まれている。そんな赤い血塊(けっかい)が一斉に噴出する。悪意の波が、雪哉たちを呑み込もうと襲い掛かる。

 雪哉のツルギが光を放ち続け、その刃が凰真の力に斬りかかる。どれだけ離れていれも、どんな脅威であったとしてもそれが花晶ならば、結晶から撃ち出された狂気ならば、もう雪哉を阻むことは出来ない。

切断()るッ!」

 振り放つ刃が凰真の赤き暴力に向けて放たれた。

 だが、だが、それはまるで意思を持ったように雪哉の太刀筋から逸れたのだ。

『キミのその攻撃はボクを斬らなくてもボクを斬れる(、、、)んだろう? だったら当たらなければいい。この憎悪はボクの意思だよ? ボクの思い通りに動く』

 凰真が放出した攻撃は凰真の思いのままに動き続ける。直進することなく、不規則に動きながら――

「……くっ!」

 雪哉は走る。雪哉が立っていた場所に濁流が墜ちる。そして四散し、四つに分かれては蛇のように獲物を狙いながら飛び交う。理愛はツルギの形を留めている。光の翅で空へ逃げることは出来ない。

 右から来る赤い光を前転し、左から来る悪しき光は跳躍することで回避する。そして右から来た滅びの光にツルギを振るがそれはまた雪哉の太刀筋から逸れるようにして飛んでいく。

「当たらない……当たらなければ、意味がない」

 雪哉の言葉通りである。このツルギで花晶の異能を斬り付ければそれだけで本体にもダメージを与えることが出来る。しかし当たらなければその効果は発生しない。そして今の雪哉はもうただの人間と変わりない。

 絶対的な一撃と変わりにそれ以外の力を失うというリスク。それが雪哉と理愛の弱点。補いようにないこの欠点の前に雪哉は舌を打った。

『ははっ! 終わってしまえ時任雪哉ァ!!』

 四つに分かれた赤く黒く染まる暴力の光がまた一つに重なり、そして、

『さようならぁさようならぁああぁ!!!!』

 今度はもう数え切れない。数え切れない無数の光が雪哉に向けて注がれる。

 これ以上はもう雪哉には何も、何もできない。ツルギの柄を強く握り締め、どれでもいいどれでも、どれかを斬り伏せることが――


「いつから独りで戦えるようになったんだい? 君たちを支えるヒトのことを――僕たちのこと忘れちゃ困るんだよね」


 その声が雪哉の耳に届いた時、凰真の光が雪哉を貫くことはなかった。

 そしてその声のする方、その声は雪哉の前で消える。

「君たち二人で補えない部分を補うのが僕たちだ……そうだろ?」

 黒い扉が開き、その中に吸い込まれていく凰真の力。そしてその有象無象を吸い込む扉を開くことが出来るのは夜那城切刃ただ一人。

「切刃ッ!?」

「まだだ。凰真の放たれる異能(チカラ)を斬り付ける必要なんてない。ツルギならツルギらしくそのままの役目を果たせばいいんだ!」

 切刃の言葉で雪哉は理解した。

 何を勘違いしていたのだろう。

 花晶の異能を斬りつける必要なんてなかったのだ。そんなあまりにも簡単なことに気がつけないなんて――

 雪哉は駆け抜ける。切刃の横を通り抜ける。感謝したかったが今はそんな言葉一つ呟く余裕すらなかった。だけど、心の奥底で雪哉は切刃に感謝した。

「センパイッッッ!」

 そして今度は逢離が雪哉の横を走る。手を伸ばし、雪哉はただその手を握る。するとまるで人が走るよりずっと速いスピードで凰真目掛けて特攻する。

「あたしはセンパイと、理愛の為に戦えるっす……だから、あたしも二人の役に立ちたい。二人だけじゃどうにも出来ないとき、あたしも一緒に戦うから!!」

 逢離は靴を履かず素足だった。そして爪先だけで駆ける。全身が刃と化している逢離は地面を抉りながら、スケートシューズのブレード部分で滑るようにして常人とは思えぬ速度で突撃が可能となる。まさにその身が刃だからこそ出来る手段。逢離が自身の能力を攻撃以外で活用したのだ。

『バカが、バカが、ただの特攻、死にたがりめ。剣一本片手に向かって来やがって……そんなに皆殺しにされたいなら喰われて即死しろッ!』

 凰真の頭上で展開される憎悪の全てが転回される。だがそれが雪哉に向かって来る前に、突然凰真の身体が揺れる。

「ゆきや、ころ、させない…………あいりいいヒト。みんな(、、、)も。だから、あなたにみんなころさせてやる、もんか」

『このおおおおおおおぉッ出来損ないがあああああああああああああぁあああぁッ!!!!』

 花晶として生き、自分で選ぶことが出来ないままにただ生かされていた未熟な心を持った花晶(ニア)が凰真の足に触手を巻き付けバランスを崩したのだ。自動的に対象を狙うのならばそんなことをしても意味はなかっただろう。

 だが、この行為に意味はある。

「ココロ、みだれて……チカラつかえないから。アタシもリアもみんなそう。だから、そうやっておこって、チカラつかえるの?」

 ニアの言葉に凰真は目を見開く。そして隙が生じる。ニアからすぐに視点を変え、そこにはたった一本の刃を持つ無能力者の姿が映った。

「逢離、俺を……俺をッッッ!!!!」

「はい!!」

 逢離に手を引かれたまま突撃する雪哉が叫び、逢離は頷く。そして逢離はそのまま雪哉の手を更に強く引き寄せ、

「凰真ァアアアアアアアアアアァッッッ!!!!」

 逢離の手が離される。

 そして雪哉は突きの姿勢のまま、凰真を特攻する。

『死ねえええぇぇえぇぇ時任、雪哉ァアアアアァ!』

 バランスは崩したものの凰真はすかさず上空で漂う憎悪を雪哉目掛けて墜落(ついらく)させる。そして雪哉はツルギを振り上げる。凰真の憎悪を斬りつけようと――

『だから、当たらないって言ってるだろう!!?』

 そうして四散する凰真の憎悪だった。雪哉の太刀筋を躱すはずだった。はず、だった。

『なに、を……』

 雪哉は振り上げた。ツルギを振りかざしたように見えた。しかし違った。最初から雪哉はそんなことをするつもりなどなかった。

 そのモーションこそが引っ掛け(フェイク)であり、雪哉はただ――雪哉が本当に切断すべき対象は――

喰い潰し続ける憎悪ヴァクヴァイク・モノンッッッッ!!』

 凰真は絶叫した。

 だが四散し、雪哉自身を回避してしまったその憎悪が再び旋回し、雪哉を呑み込むには時間と速度が余りにも足りなかった。

 そして凰真の瞳に純粋な決意が広がっている。それは大きくなり、そして時任雪哉はそのツルギを振り上げ、

「――咎めてやる、お前の心を(しょ)するそれだけだッ!」

 一閃が煌いた。

 光の刃が竜を切り裂いた。凰真は咆哮することも、慟哭を叫ぶことも無く、ただ瞳孔を開いたまま動くことが出来なかった。そして竜は倒れ、バラバラに砕け散った。雪哉の手の平でボロボロに崩れていくツルギ。そして全てが地面に落ちた後、雪哉の両手の中で眠る理愛の姿があった。

 真っ白な世界が崩壊を始める。

 雪哉たちを閉じ込めていた結界が解かれる。そしてついに日常へ帰還する。虚偽からの脱出。雪哉たちが生きる世界へやっと帰還した。

 凰真はもう動かない。動けるわけがない。

 異能を斬りつけるだけで花晶自身を切断する理愛の最後の一撃。その一撃をその身で受けたのだ。肩から腰に掛けて深い傷を負い、そのままうつ伏せのまま動くことなく沈んでいる。

「雪哉」

 理愛を抱き締めたまま立ち尽くす雪哉の肩をそっと切刃が触れる。雪哉はゆっくりと切刃の顔を見つめ、

「帰ろう、疲れたよ」

「ああ、そうだな……」

 賛辞、賞賛も何も無く、ただそう呟いた。終わった。何もかもが、終わった。決着がついた。皇凰真の活動が完全に停止した。死んだ。殺してしまったのだろう。

「俺が殺した。理愛のチカラで、俺が殺したんだな」

「雪哉……」

「俺も自分の為、だからな……エラそうなことなんて言えないよ」

「……それでも」

 雪哉の横にいた逢離が口を開く。

「やっぱりいけないことなんっすよ。自分の為に誰かを困らせたり、奪ったりなんて……やっちゃダメなんっす。センパイは違う。理愛の為に戦っただけ。それだけなんっすよ」

 理愛の言葉に対して雪哉は何も言わずにただ黙って首を縦に振ったのだった。そしてニアが雪哉の足を引っ張っていた。

「もう、かえろ……」

「ああ、帰ろう……そうだな、帰ろう――」

 雪哉は力強く何度も頷いて、理愛を抱き締めたまま最後の戦いの場を後にした。御伽噺のように言葉を発しながら消えていく悪意はそこに無く、ただ敵であった皇凰真という存在は一言も発すること無く、断末魔一つ挙げることなく虐殺されたのだ。

 終わった。

 そう、これで終わりなのだ。

 時任雪哉は大切なモノを取り戻し、仲間と共に戦い、そして勝利した。

 これでよかった。やっと終わった。今すぐこのまま倒れてしまいたかった。だが倒れたまま動かない皇凰真を見た瞬間、今すぐこの場から逃げ出したい気持ちが生じた。

 ここにいたくないと、そう雪哉は心の中で呟いた。勝てば、負ける者が生まれる。だけどこれ以上考えることはやめた。

 そして全能結晶の無能力者は本当の安息が待つ日常へと終に帰還した――

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