f-19 それが全能結晶の無能力者<9>
f-19 それが全能結晶の無能力者<9>
「喰われたから口の中から吐き出されると思っていたが、そうでもなかったな」
雪哉と理愛が白い空間へと戻って来た。凰真の中から脱出できた。もうここは外の世界だった。しかしまだ日常じゃない。
「真っ白な空間ですか……なんです、これ?」
「遮断封印空間――ここは俺たちを縛る虚偽の世界。黒幕を討たなくては俺たちに明日はない」
「はいはい、兄さんの適当な造語と設定は結構ですのでちょっと黙っていてくださいね」
それはいつものふざけた会話。
兄の妄言と、妹の毒舌。それが帰って来た。再び還って……仲間たちの元へと帰還した。
「雪哉ッ!」
「ああ、切刃……すまなかったな」
「いや、いい。帰って来るって信じてたからね」
「信頼されるのは嬉しいものだな」
「でもこんな博打はもうごめんだよ」
帰還と同時に切刃が雪哉に近付いて来る。そして安心したような表情を見せて、手を伸ばす。そのまま雪哉は切刃と握手を交わし、凰真に向き合った。
「どれくらい経った?」
「いや……正直十分も経ってない。僕も藍園さんも皇凰真とは対峙していただけで何もしてこないし、僕たちからも攻撃はしていない。状況は何も変わってない」
「変わったさ」
雪哉はニヤリと口元を緩め、理愛を切刃の前に立たせた。
「あ、ああ……まさか本当に取り戻して来るなんて」
「取り戻すさ。此処までの道を、其処までの帰路にお前たちがいた。俺が進めたのも戻れたのも俺が一人じゃなかったから、仲間がいたから。お前たちのおかげなんだ。だから諦めるなんて出来なかった。それだけなんだ」
孤独では奪還など不可能だった。何の力も持たない雪哉が己の力だけで全てを取り返すことなんで出来なかっただろう。それでも雪哉には仲間がいたから。だから理愛を取り戻すことが出来た。
「り、理愛……」
「……逢離」
理愛の前に現れたのは逢離だった。逢離の涙腺は今にも決壊しそうなぐらいに震え、涙は溢れていた。だけどそんな逢離の目元を拭うように理愛が指でその涙を掬っていた。
「泣いちゃだめです。みんなでここから出てから泣いてください」
「ご、ごめ……」
「ありがとう逢離……わたしは逢離と友達になれて幸せです」
「う、うん!」
言いたいことは山ほどある。溢れんばかりの言葉が口から零れ落ちそうだった。でも今はまだ駄目だ。その言葉は全部、後に回さなければならない。
「………………あ」
そして理愛はニアに視線を向ける。反応したニアが小さな声を上げる。
「わたしと同じですね」
ニアは頷く。
「一緒に戦ってくれるんですか?」
ニアが頷く。
「ならわたしは何も言いません。よろしくお願いします」
そしてニアはまた頷くのだった。
やがて最後の敵がゆっくりとこちらに近付いてくる。それは花晶。結晶の王。何もかもをかなぐり奪う最悪。災厄。何もかもを奪い去るはずだった、強奪し尽くすはずだったのに、
「キミだけは、キミだけは許せない。キミを殺す。殺してやる。そしてもう一度喰って、もう二度とと還って来れないように腹の底に沈めてやる」
皇凰真が雪哉たちの前に立ち尽くす。その背中からは光を撒き散らしながら天使のように立っている。けれどその天使は救いを齎さない。滅びだけを巻き上げながら、何もかもを喰い潰す。
しかし雪哉は腕を突き上げる。そう、左腕を凰真に向けて差し伸べる。無かったはずの腕を生やし、それはヒトのモノではなく、結晶の腕を伸ばし――
「舞い戻ったか出来損ない」
雪哉は何も言わずに前へ一歩。切刃や逢離たちも雪哉の背中を追うように進むが雪哉は右腕で制した。
「結晶の力は凰真に効かない。こいつは同じだ。だから、見ていてくれ」
理愛を喰らい、その能力を自身に移したのだ。ならどんな能力をその身に宿しているのかはわかっている。
花晶も、種晶もこの結晶には効かない。その両腕に宿る異能にはもう人外の力は効かない。
「はは、キミはついさっきまで後ろで観戦していたじゃないか。戦えるようになったらいいとこ取りかい?」
「違う。俺の大事なヒトは……理愛だけじゃない。お前に殺させたくない」
「ああそうかい。だったらキミをぶっ殺して後から全員殺してやるからかかってこい」
そして雪哉は腕を振るう。理愛が雪哉の背中を抱きしめるように立っていた。やがて光を放ち、それは凰真と同じように天使の翼を広げている。
「切刃、逢離、ニア……これで最後なんだ。お前たちが俺を此処まで来させてくれた。お前たちが俺にもう一度、力を与えてくれた。ありがとう、こんな俺に力を貸してくれて――だから全部終わらせる。こいつを倒して、みんなで帰るぞ」
前だけを見つめて、けれどその意志は確かに切刃たちに届いていた。切刃たちの力では凰真を倒しきれない。今はただ雪哉の背中を見つめて、雪哉を信じるしか出来なかった。
「センパイ」
後ろで逢離の声が聞こえる。
「り、理愛に何かあったらぶん殴ってやりますから」
「それは怖いな。でも、俺と理愛は揃って帰る。だから安心しろ」
切刃は何も言わなかった。ニアはコクリと頷いていた。
雪哉が歩く。凰真が歩く。
そして二人が対面し、目と鼻の先まで接近している。
「さあ、始めようか皇凰真」
「ああ、始めてやる時任雪哉」
互いに睨み合い、光の羽根を羽ばたかせながら、対峙し、そして拳を突き立てる。
「キミは時任理愛を取り返したつもりでも、その力は全てボクの中に残っている。キミの力をボクも使える。だからボクを消すことなんて出来ない。消滅するのはキミたちだよ時任兄妹」
「どんな御伽噺でもいつか終わる。お前が俺たちから何もかも奪えたとしてもやはり奪えないモノがあったというのがわかっただろう? 消滅させてやる。俺たちから全てを奪えぬままに消し去ってやる。それがお前の終わりだ」
いかに幻想であったとしても、やがて終結する。夢はいつか醒める。夜はやがて明ける。朝の陽射しが昇る。それは誰であろうとも、そう何者であろうがその日はやって来る。
終わりだ。本当にこれで全部が終わりだ台無しだ。
だから終わっていい。これでもう終わっていいのだ。
雪哉が睨み、凰真も睨む。
異形が二体、視線を合わせ、そして雪哉は呟く。
「お前は俺の大切なモノを奪い、大切なモノを傷つけ、今もこうして俺から奪おうと、壊そうとしている。そんなことさせるわけにはいかない。お前をここで倒さなければいけない。お前との決着を果たさなくてはいけない……そして……やがて、お前は――」
雪哉は左腕を凰真に向けて、
「贖罪え、罪を背負い、ただ罰を受けろ」